「企業は何度も、PR会社にひどい目に遭わされている」:PR担当者の告白

ブランドはいま、クリエイティブやメディアバイイングだけでなく、PRのインハウス化も進めており、取引先から人員を雇うこともある。

匿名性を保証する代わりに本音を語ってもらう告白シリーズ。今回は、さまざまなPR会社で10年働いたあと、クライアントからインハウスにスカウトされた広報担当者に話を聞いた。

以下、会話の抄訳である。読みやすさを重視し、少し編集してある。

――ブランドがPRのインハウス化を拡大させていると考える理由は?

企業はPR会社になんどもひどい目に遭わされている。エージェンシーの偽装や虚偽は多い。クライアントはいつも実際にはできない約束をされている。私はとても大きなPR会社で働いてきた。大きなPR会社は大物を投入してビジネスをまとめ、その仕事を若いものたちに回す。幹部たちは信頼を勝ち取ると夕日のなかに去っていき、大手クライアントが相手であっても、アカウント・エグゼクティブやアカウント・スーパーバイザーに担当させる。これにいつも違和感があった。私の場合はほとんどがこうだ。

――なんらかのPR業務のインハウス化は、いつの時代もあった。いまは何が違うのか?

私はPRに携わって10年になるが、いまは途方もなく拡大している。以前は、なんだかんだを扱う1〜2名のチームがあって、そこが散発的にPRをやっていた。いまは武器を備えた人たちがいる。インハウスのメディア広報だったり、パートナーシップとコラボレーションだったり、インフルエンサー広報だったりを専門とする人がいる。

――あなたはPR会社で働いていたとき、クライアントにスカウトされた

そう。当時の会社のいちばん大きいクライアントのコミュニケーション責任者と親しくなった。このPR会社で働いて約1カ月のころだったか、そのクライアントがインハウスチームのコミュニケーション担当ディレクターとして、私を引き抜こうとしはじめた。エンターテインメントとストリーミングの分野について、自分たちのことがわかっている人間を必要としていて、それでオファーをしたのだ。

――しかし、あなたは断った

そうだ。社内政治がかなり激しい会社で、サメの水槽のみたいなところが少しあることを聞いていたし、「投げてみて刺さるかどうかだ」といった、ダーツボードの考え方をしているように思った。それでおびえた。結局、自分にとって最善の決断ではないとの判断になった。当初、しばらくどっちつかずだったのは、会社を移ることで訴えられたくなかったからというのもある。このときに働いていたPR会社で、競合禁止契約にサインしていたのだ。

――そのブランドは、競合禁止契約を懸念したか?

ブランドはこの点について、金銭的に考えるという構えだった。必要があれば前の会社の創業者たちにお金を払っただろう。このブランドは、このPR会社の最大のクライアントだ(取扱高ではそうだった)という視点で考えていた。また、私がこのブランドで働けば、内情を知る人間が手に入り、会社にはプラスだろうと考えていたのだろう。この会社は、まだ経験を必要としていた。

――インハウスで働くと、何が魅力なのか?

無理をして5社を超えるクライアントを相手にするよりも、ずっと仕事がしやすいという話は、ことあるごとに聞く。私は一時期、あるエージェンシーで同時にクライアント12社を担当していた。なんとか円滑に進めようと、年中無休で狂気の沙汰だった。あと、インハウスになれば、普通エージェンシーよりも稼ぎが少し増える。

――そのクライアントに移っていたら、稼ぎはいくらくらい増えたのか?

私へのオファーは、17万5000ドル(約1900万円)とボーナスというものだった。このオファーをもらったときに働いていたエージェンシーでは15万ドル(約1600万円)もらっていた。

――クライアント側に行こうと思うか?

PRの人間は、誰もがこの選択のときを迎える。エージェンシー側でがむしゃらに仕事をする。食物連鎖を遡って有名ブランドと仕事をして、30歳を超えたころ、エージェンシー側に一生をささげてSVPやパートナーに昇進したいのか、インハウスで楽しく仕事をしたいのかを決断するのだ。しかし、私がインハウスに行くとすれば、準備万端できっちり運営されている会社とでなければならない。仕事が理想的で金銭面も妥当という話はまだ舞い込んでいない。これまでのところは、どちらか一方というものしかない。

Ilyse Liffreing (原文 / 訳:ガリレオ)