年が変わればそれまでの問題が解決する、などということは起きえない。今回の告白シリーズは、あるグローバルメディアエージェンシーのマネージングディレクターに、契約価格の不平等問題および、それがなぜ解決せずに何年にもわたって続いているのかを聞いた。見えてきたのは、広告主とエージェンシーのあいだの歪な関係性だ。
年が変わればそれまでの問題が解決する、などということは起きえない。あるエージェンシー幹部は、広告主との契約価格の問題が2021年も引き続きセンシティブな課題として残り続けるだろうと語る。
業界関係者に匿名で本音を語ってもらう「告白」シリーズ。今回は、あるグローバルメディアエージェンシーのマネージングディレクターに、契約価格の不平等問題および、それがなぜ解決せずに何年にもわたって続いているのかを聞いた。
なお、以下のインタビューは内容を明瞭にするため若干の編集をおこなっている。
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――広告業界に身を置いていれば、契約価格の問題は常に付いてまわる。しかし、2020年はいくつかの課題について光明が差すなど、ほんの始まりに過ぎないかもしれないが、転換期となった。それにもかかわらず、あなたが懐疑的なのはなぜか?
我々がプレゼンをする際、必ずといっていいほどコンサルタントが間に入っている。彼らは顧客、つまり広告主の意向を聞くことよりも先に、まずは我々の労働時間とメディア価格を記入しろと指示してくる。これは公平なやり方ではないと、直感的にわかった。フルタイム換算といった指標は短絡的で、当社がおこなったキャンペーンのパフォーマンスや、顧客が我々との契約から得られたビジネス上の成果とは一切関連付けられていない。
2020年は1年全体を通じても、今ほど対価について話題にはなっていなかった。一部の大手企業と信頼関係を構築し契約できたときに、その広告主からはより細やかな支払いモデルへと移行してもらえた。だがその程度で、この問題にまつわる「雑音」が消えることはないだろう。
――雑音、とは?
広告主、特にそのマーケティング担当者のなかには、言うことこそ響きが良いものの、5000行におよぶテンプレートに記入させようとするところもある。このテンプレートを通じて、エージェンシーごとのメディア価格の比較一覧を作成しようとしている。そしてこうして収集された価格に関するデータは、広告主あるいは広告主が契約するエージェンシーとともに、業界全体に広がっていくことも大きなポイントだ。それが契約価格の下落に拍車を掛ける。またメディアへの投資を、単にコストと考える広告主も多数存在する。
パンデミックが本格化した2020年3月以降、そのようなテンプレートへの記入を指示された回数は数えきれない。だが、それを通じてほかのエージェンシーに切り替えた顧客(広告主)はあまりない。我々にとって、Zoomで見込み客と一気に距離を縮めるのは大変だ。また、リモートでコンセプトのプレゼンをするのも相当に難しい。だから、広告主がこういった比較調査を通して「現在のエージェンシーから、より有利な契約条件を搾り取ろうと考えているのではないか」という疑念はぬぐい切れない。
――広告主は契約価格について対話する用意があると思うか?
戦略的マーケティングを強化するための専門知識をはじめ、データを収集・処理しアクティブ化を強化する製品など、新サービスを求める見込み客に対して数え切れないほどの提案をおこなってきた。だが彼らは契約価格について、常に画一化された指標に基づいたものしか出してこない。
必要なのは、機密保持契約を結んだうえで、広告主のマーケティング担当者に、私のチームがどういった仕事をしていて、プロセスやサービス内容から、その広告主がどういったメリットを享受できるかを説明する機会。あわせて、それによるコスト削減効果を説明することだ。公平な価格設定を考えているならば、この方がテンプレートに記入するよりはるかに効果的だ。
――提案に対する比較検討は、広告主のなかでも、主にプロキュアメント(調達)部門が主導しているのか?
そういう場合も少なくない。本来であれば広告主のマーケティング部門、特に決定者にとってはもちろんのこと、エージェンシーにとってもプロキュアメント担当の関与は悪いものではないはずだ。しかし、我々エージェンシーの提案内容に少なからず悪影響をもたらすことは間違いない。現在のやり方では、メディア価格からエージェンシーへの対価に至るまであらゆる面に影響がおよび、最終的には底値への競争になってしまうかのように感じられる。非常に苛立たしいことだ。我々は長年かけてやり方を進化させてきた。
顧客の事業を成長させるうえで必要とあれば、我々のやり方がもたらす効果をよりロジカルに説明することもできる。だが現在、大抵の提案の場でこうした説明ができない状況となっている。また、顧客自身が掲げた目標について達成する自信がない場合も少なくない。そこでコンサルタントを雇って、指南された「客観的に比較する手法」によってエージェンシーを選択しているのだ。
比較検討は当然のことだが、問題なのはその比較内容が間違っていることだ。顧客とエージェンシーがお互いの目的に基づいて関係性を構築することにより、双方がWin-Winになれるようにすべきだ。代替可能なパートナーではなく、重要なビジネスパートナーとして見なされるように、我々の側も当然やり取りを変えていかなければならない。
――エージェンシーが内容の如何を問わずに、どんなチャンスも逃すまいとしているような状況下で、どうすればそれを達成できるのか?
我々のような大手ネットワークは、あらゆる機会に対してしらみつぶしにアプライするのではなく、むしろ強い意志を持って我々が顧客を選別するような、どの顧客となら、あるいはどのマーケティング担当者となら仕事をするかを、もっと必死になって考えるべきだ。広告主のなかには、エージェンシーがメディア投資をおこない、得られた利益を顧客と折半する広告商品に対して批判的な態度をとる一方で、エージェンシーへの支払サイトを180日に設定するよう求めるところもある。そういった、我々を銀行のように扱う広告主と仕事する余裕はないのだから。
――かなり見通しが暗いように聞こえるが、ポジティブな兆候はあるか?
数年前から関係を築いてきた顧客との関係は、今のところ安定している。こういった顧客は、我々の価値を単なるメディアや人材の価格ではなく、多角的な視点から捉えてくれる。特にコロナ禍のような危機が訪れると、エージェンシーと顧客の距離が縮まる傾向がある。危機のなかで我々が採ってきた対応内容について、「柔軟性がある」というよい評価をいただいている。
――そのような関係性を育むために、今のエージェンシーができることは?
広告主に先手を打って、サービス内容を進化させていくほかないだろう。これまでも一部サービスの自動化や特定業務のオフショアリングなど、ビジネスモデルの開発と改善に向けた継続的な取り組みがおこなわれてきたが、これがパンデミックにより加速している。顧客に対して「一定水準のパフォーマンスを保証する。これにより料金を具体的にこれだけ削減できる」と言えるようにしたい。だが今や技術革新もあり、業務ではさまざまなものが複雑に絡みあっている。そのため、労働時間のみで単純に業務の質や能力を測るのは適切ではない。つまり、我々は結果に対してこれまで以上に大きな責任を負う一方で、広告主も我々がよりよいパフォーマンスを提供できるビジネスモデルへ最適化を図る自由を許容すべきだ。こういった計画の一部はすでに検討が始まっている。2021年の第2四半期には、顧客に対してそのための話し合いを開始する予定だ。
[原文:‘Marketers talk a good game’ Confessions of a senior agency exec on being paid fairly]
SEB JOSEPH(翻訳:SI Japan、編集:分島 翔平)