「いまは キャッシュフロー が王様だ」:広告主から支払期限延長を求められるエージェンシーたち

広告エージェンシーにとっての「ニューノーマル」とは、広告主たちが支払期限を先延ばしにすることで、需要の減少に必死で対処する彼らにさらなる重荷を課すことだ。

今回取材を行ったメディア幹部12人によれば、多数の広告主が同意済みの支払期限(30~90日)に最長で90日の延長を求めているという。支払いを遅らせることで、広告主は実質的にその金を借りているのだ。この現状は、2008~09年にはじまったそれのまさに再現だ。当時起きていた広告主による支払い期限の延長要請に対し、WPPの当時のCEOだったマーティン・ソレル氏は2013年に「我々は銀行ではないのだが」と不満を漏らした

「支払期限が45日だったら、広告主はそれを60日に延ばそうとしている。60日だったら、90日に延ばそうとしている」と、エージェンシー・シェルパ(Agency Sherpa)の創業者で、4A’sの元プレジデントであるナンシー・ヒル氏は語る。「間違ったことだが、その理由はわかる。誰もが現金を手元に置いておこうとしているのだ。1社を名指しすることなどできない。文字どおり誰もがそうしているからだ」。

業績の良い企業であっても

エージェンシーをとりわけ苛立たせるのは、これを行っている企業の懐具合が、彼らよりもはるかに良い場合だろう。

この件にくわしい2人の消息筋によれば、ファイザー(Pfizer)はエージェンシー各社に、支払いには最長で120日かかる場合があると言い渡しているという。ファイザーは通常、エージェンシーへの支払いを60日以内に行なっている。同社の時価総額は2127億ドル(約22兆7100億円)だ。

クライアントの規模が大きくなればなるほど、それが許されることも増えるようだ。結局のところ、ファイザーに嫌われたいエージェンシーなどほとんどいない。統計調査データプラットフォームのスタティスタ(Statista)によれば、同社の2019年の広告費は26億ドル(約2776億円)だという

「支払期限の話は抜きにして、エージェンシーは今後もファイザーとの仕事を望むだろう。抜群の安定感を示している同社が、新型コロナウイルスの影響を受けることはないであろうからだ。たとえ受けたとしても、良い方向に作用すると思われる」と、あるエージェンシー関係者は話す。

だが、この決定をそう簡単には受け入れられないエージェンシーもなかにはいるだろう。そのようなエージェンシーに対しては、ファイザーは解約権を与えている。別の関係者によれば、もし支払期限の延長を呑めないのであれば、ファイザーとの関係を自由に解消できるという。

米DIGIDAYはファイザーにコメントを2度にわたって求めたが、回答は得られなかった。

「いまは親身になることが大事」

新型コロナウイルスのパンデミックによる打撃をもっとも受けている、旅行や小売などの業界が、真っ先にエージェンシーに支払期限の延長を求めているという現状は、驚くに値しない。イギリスのTKマックス(TK Maxx)は、エージェンシーを含むサプライヤーに対する支払期限を30日から120日に延長している。ドイツのバイエンコルフ(Bijenkorf)も、サプライヤーに対する90日の支払期限に60日の延長を加えている。こうした要請が行われる頻度に、エージェンシー幹部は気をもんでいる。長期化する遅延のコストを確保できない場合は、特にそうだ。TKマックスとデ・バイエンコルフの両社にコメントを求めたが、回答は得られなかった。

「いまはキャッシュフローが王様だ。我々のところにも、クライアントが支払期限の延長や変更を求めてきている」と、ティピグループ(TiPi Group)でCEOを務めるオリバー・ビショップ氏は語る。同社は小売や外食、D2C(Direct-to-consumer)などの業界に属するクライアントを何社も抱えている。

ある企業の支出が別の企業の収入となるため、こうした議論は波及効果を生む。広告主が現金をつかんで離さない期間が長くなればなるほど、エージェンシーがほかから資金を調達しなければならなくなる、あるいはサプライチェーン上の他社を圧迫せざるを得なくなる確率も高まると、ビショップ氏は述べる。

「『社員のことを第一に考えなければならない。だから、いまは払えない』とクライアントから言われたら、どう反応すればいいのか?」と、米国、英国で事業展開しているメディアエージェンシー、インキュベータ(Incubeta)でCEOを務めるルーク・ジャッジ氏は語る。「インキュベータの場合、できるときには支払期限の延長を受け入れる。可能であれば、期限を迎えている支払いに少しずつ金が行き渡るように計画を整える。いまのビジネスの秘訣は、親身になることだ」。

資金不足で支払えない企業

その一方で、広告主がもっと思い切った策に出てコストを抑えなければならないケースもある。その一例が旅行セクターだ。旅行に対する規制が拡大するに従い、航空会社の売上も徐々に減少している。なかには、資金不足でエージェンシーに料金を支払えない企業もある。

KLMは当面、追っての通知を行うまでメディアエージェンシーへの支払いを停止していると、同社を担当するある広告担当幹部は語る。この決定と時を同じくして、渡航の禁止と景気の減速による売上の減少に打ち勝つために、KLMはバランスシートの強化にも取り組んでいる。

「KLMは従業員の40%にレイオフを実施しており、請負業者やメディアエージェンシーなどの外部サービスプロバイダーには、支払う金はないと言い渡している」と、同幹部は話す。

この件に関して、KLMにコメントを求めたが、回答は得られなかった。

「皆が粗末な船に乗っている」

不利な支払期限を呑むことに怖気づくエージェンシーが多い一方、その対処法を見つけたエージェンシーもなかにはある。期日通りに料金を支払えないクライアントが出てきた場合には、エージェンシーの年間料金の一定割合と引き換えに、信用保険会社がそのコストをカバーしてくれるのだ。

「クライアントが我々の信用保険の対象外である場合、話は難しくなる」と、ビショップ氏は語る。「こうした企業を助けたいのは山々だが、保険がかかっていない場合には、延長を認めることはできない」。

その一方で、支払いの遅れがエージェンシーを限界点に押しやるのではという懸念もある。現在、我々が直面している危機の前から、プログラマティックやプロダクション、エージェンシー料金、ソーシャルメディアなど、さまざまなサービスに対する支払いは、その金をほかのプロジェクトに回すことを望む企業によって、すでに期限を延長されていた。全米広告主協会(Association of National Advertisers:ANA)がクライアントサイドのマーケター109人を対象に行なった調査によれば、広告エージェンシーに対する支払期限の延長は、2013年は平均46日だったが、昨年は27%増の58日だったという。

「当社にも、支払期限の延長や料金の減額を求めてくるクライアントがいる」と、あるエージェンシー幹部が匿名を条件に語ってくれた。「そのせいで、我々は自社の従業員を解雇しなければならなくなることを、彼らにはわかってもらいたい。皆が粗末な船に乗っている。助けてはあげたいが、それを許せば我々が余波を受けることになる。これは罪なことではない。現実なのだ」。

執筆協力:Kristina Monllos

Seb Joseph (原文 / 訳:ガリレオ)