カッコつけたがる人間は、どの業界にも一定の割合でいる。だが広告業界がいささか特徴的なのは、誰に聞いても、その手の人間が必要以上にいることだろう。さらにデジタルメディア(特にソーシャルメディア)の隆盛によって、もっともらしい話をする人が、ますます増えているのだ。
広告業界には、とあるインチキがはびこっている。ただし、これはボットによるイカサマでも、見えないインプレッションによるペテンでもない。
この業界に長くいる人たちに聞いてみればいい。そのようなインチキに手を染めているのは、掲示板サイトのレディット(Reddit)で1日中議論しているクリエイティブディレクター、カンファレンスで休みなくしゃべり続けるストラテジスト、遠く離れた場所で賞を獲得した広告の批評ばかりしているクリエイティブ責任者だと答えるだろう。カルチャー誌「フェイダー(The Fader)」のスタイルを追いかけたり、クリエイティブ・ビジネス・フェスティバルの「SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト:South by Southwest)」に顔を出したりすることに、もっぱら時間を費やす「プロのクールガイ」であることは、言うまでもない。
「インチキの横行は、業界の危機的状況を現している」と、アンドリュー・ペイトン氏はいう。同氏は、デジタルエージェンシーのR/GAに5年間勤めたあと、いまはフリーランスのクリエイティブディレクターをしている人物だ。「そのうえ、ビジネスの落ち込みが加速しているため、我々の誰もが愚かな人間になりつつある」。
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カッコつけたがる人間は、どの業界にも一定の割合でいる。だが広告業界がいささか特徴的なのは、誰に聞いても、その手の人間が必要以上にいることだ。業界はいま、大きな変革の苦しみにあえいでいる。そのため、ポートフォリオのなかに優れた印刷広告がひとつあるだけでは、「業績」として十分ではない。デジタルメディア(特にソーシャルメディア)の隆盛によって、もっともらしい話をする人がますます増えているのだ。
彼らは、やれユーザーを呼び込めだの、釣りは魚のいる場所でせよだの、コンテンツが王でコンテキストが女王であることを思い出せだの言いながら、いかにも新しそうなマーケティングメッセージを駆使して、自分のブランドを売り込んでいる。だが、デジタルメディアで実際に行われていることは、Facebookの投稿であれ、SEOであれ、広告の際限ない入れ替え作業であれ、決してそれほどカッコいいものではない。行動より口先だけの人が多いのもうなずけるというものだ。
「私が知っている人はみな、同じ不満を口にする。我々のいる業界では、自分たちはいまや、作り手というよりコンサルタントになっているというのだ。具体的な物を作っていないときには、中身のない話が役に立つことがある。すると、人々はますますそうせざるをえなくなり、もっともらしい話によって自分を大した存在に見せかけようとするのだ」と、ペイトン氏は述べている。
創造性という呪縛
広告は、どうしてもこの仕事に就きたいと思う人がきわめて少ないという点でユニークな業界だ。エージェンシーにいるクリエイターは、本当なら映画監督か次世代の偉大な米国人小説家になりたいと考えているのが普通だろう。だが、クリエイターが実際に取り組んでいるのは、そんなことではない。シリアルを食べる人々に「チェーリオ(Cheerio)」ではなく「コーンフロスティ(Frosted Flake)」を買ってもらうことなのだ。「創造性」という大きな布が、この仕事の不愉快な商業的側面を覆い隠す役割を果たしている。そればかりか、この仕事を本当にうまくできるのは誰なのかを見えにくくしている。
「創造性はグラフで示せるものではないし、いつでも分析して評価できるものでもない」と、R/GAでコピーライティングのマネージングディレクターを務めるチェーピン・クラーク氏は言う。同氏によれば、クリエイターを管理する立場の人間にとって、誰がどんな能力をもっているのかを判断することはとても難しいという。判断の手がかりがポートフォリオや受賞歴しかない場合にはなおさらだ。それに、ポートフォリオはたいていゴマカシが効く。それに値するほどの働きをしていなくても、プロジェクトのクレジットに名前を加えてもらえるのだ。
さらに、賞の存在がある。広告業界にはさまざまな賞があふれている。そして、エージェンシーは全部門を挙げて、キャンペーンを賞レースにエントリーするしかない状況に追い込まれている。賞が重要な評価基準となるからだ。クライアントからいつでも取り替えがきくと見なされることの多いエージェンシーにとって、こうした賞は評価してもらえる基準となる。また、クリエイター自身の評価基準にもなる。ご存知のとおり、この業界では、それ以外の方法でクリエイターを評価することは難しいのだ。
「我々は病的に賞を追い求めている」と、あるメディアエージェンシーの創設者は匿名を条件に話してくれた。「これはなんともバカげた状況だ。人々は賞をもらおうと画策する。彼らが仕事をするのは、クライアントのためになるからではなく、賞を勝ち取るためだ。カンファレンスに参加するのも、より多くの賞を獲得するためだ。私なら、自分がいかに多くのカンヌ広告賞を獲得したか語るようなクリエイターに仕事を与えることはない」。
有名人を崇拝する文化
これはより根深い問題であり、(最近の)歴史に根ざした問題だと、匿名希望のあるエージェンシーのCEOは言う。「ジェフ・グッドビー氏をはじめ、エージェンシーのビジョナリーや業界の有名人があまりにもたくさんいる」と、この人物は語る。「本当に優秀な人々はいまどこにいるのだろうか。(デイビッド・)ドローガ氏(ニューヨークの有名代理店、Droga5の創設者)のような人だ。我々の誰もが、ドン・ドレイパー(テレビドラマ『マッドメン』に出てくる敏腕クリエイティブディレクターの主人公)を待ち焦がれている。あるいは、ドン・ドレイパーになりたがっているのだ」。
ティモシー・ド・ワール・メルフィット氏は、「広告が、それ自体で確固たるものや実体のあるものを生み出すことはない。広告が生み出すのは、象徴的なイメージ、ライフスタイル、そして感じ方だ」と述べている。同氏は、企業人類学を専門とする臨床准教授だ。BBDOなどのエージェンシーで10年に渡って仕事をした経験もあり、広告エージェンシー内で見られるパーソナリティに関する問題を幅広く研究している。
メルフィット氏の学生にとって、大成功を収めた人を見ることは、それがたとえカンファレンスでの話であっても、大いに士気を高めるきっかけとなる。同氏が受けもつ学生は、全員が広告業界志望だ。そうした学生にとって、「巡業中」の人たちはビジョナリーに見えるのだという。「有名人がもてはやされる文化があるのだ」とメルフィット氏は言う。
アドエージェンシーのトラクション(Traction)でCEOを務めるアダム・クラインバーグ氏も、この意見に同意する。多くの執筆もこなすクラインバーグ氏によれば、パーソナルブランドとして自分が成長することが、自分の会社にも影響を与えているという。「会社の評判と社員のやる気にプラスの影響をもたらす」そうだ。ブランドコンサルタントのネイル・コーエン氏は、若い人たちはなにかと刺激を受けやすいと言っているが、できることなら「良い見本」、すなわち物事の仕組みを本当に変化させている人たちから刺激を得てほしいものだと語る。「ソートリーダーになろうとしている人は、何らかの考えを示してほしい」。
ただし、そこには線引きがある。すでに仕事をしている人や、このような手段でトップに登りつめた人たちにとっては、その線引きが特に重要となる。「あまりに士気をそぐような話もある。悪い話というわけではない。時代遅れで、悲惨で、どうにもならない話があるのだ」と、あるエージェンシーで多くの若い従業員を指導しているベテラン社員は言う。また、この業界にやって来る若い人々は、「トップに立つ人々によって士気をそがれている」という。
巧妙なごまかし
また、発言する側の人たちの不満は、業界が彼らにもたれかかっていることだ。
広告業界でビジネスに勝つために必要な説得力を身につける方法を解説した有名な書籍『ピッチの技術(原題:The Art of the Pitch)』の著者ピーター・コフター氏によれば、エージェンシー内でどのような地位にいる人であれ、もっともうまくプレゼンテーションできる人が、売り方を知っている人だという。あとはおそらく、実践できるかどうかだけだ。自分自身を売り込める人は、クライアントにも売り込むことができる。問題は、自分のエージェンシーを「PR」する手段としてはじめたこと、具体的には、自分をソートリーダーと位置づけたり、カンファレンスで講演したり、LinkedIn(リンクトイン)で記事を書いたりすることが、フルタイムの仕事に変わってしまっていることだ。
「我々は業界のへき地にたどり着いてしまったようなものだ」と、アクセラレーターエージェンシーのバリッシュ(Bullish)でマネージングディレクターを務めるマイケル・ドゥーダ氏は語る。同氏が仕事をしている金融などの業界では、成果を判断するもっと明確な手段がある。広告業界の問題は、線引きがあいまいなことだというのが同氏の指摘だ。「我々のビジネスにとって、それは新しいビジネスになる。それだけだ。したがって、問題は、エージェンシーにとって欠かせない存在になるにはどうすればいいのかということだ」。
場合によっては、自身のブランドを成長させることがその方法となる。発言する立場にある人たちの多くは、自分の所属するエージェンシーから、何がクールで何ができるのかを伝えるマスコット的存在として扱われている。クライアントにとっては、何か新しくて画期的なことを行うときに、エージェンシーの誰かに、クールなカンファレンスにしょっちゅう顔を出してもらい、クールな新しい話をしてもらうことが効果的な場合がある。たとえそれが意味のない話であってもだ。
これは、プレゼンテーションビジネスなのだ。クライアントは、それぞれのエージェンシーがどのように違っているのか知らないことが多い。彼らが知っているのは、カンヌで見かけた受賞作や、業界誌で読んだ話だ。そして、マージンが低く、エージェンシーが必ずしも必要とされていない状況によって、この手のことがますます重視されるようになっている。
ファストフード「タコベル(Taco Bell)」の元CMOで、現在はプロクター&ギャンブル(P&G)のマーケティングディレクターを務め、カリフォルニア大学バークレー校で教鞭もとっているビル・ピアス氏によれば、このようなことは常に起こっているという。しかし、それではビジネスを勝ち取るために役立つほど十分な「説得力をもてない」とピアス氏は考えている。エージェンシー幹部がカンファレンスで行うプレゼンテーションは、いろいろな点で巧みだとピアス氏は語る。彼らの話す内容は、その人が日常的に行っていることと関係がない。
ピアス氏は、自身がP&Gでディレクターに昇進したときのことをいまも覚えている。そのとき同氏は、ある人物からメモを受け取ったのだが、それが「政治的活動のはじまり」だった。その人物は、さまざまな場所で話をしたり、物を書いたりしていた。だが、ピアス氏にとって、それは「中心から離れる」ような感じがしたという。「その人の話はブランドについてのことであり、ブランドの構築に関する話だった。だが、私に影響を与えた人たちは、自分たちのアプローチについて話をした人ではなく、私のビジネスについて話してくれる人だった」。
ここでひとつの疑問が生まれる。ある幹部が尋ねた。「あなたが買っているのは、エージェンシーのブランドなのだろうか、それとも人なのだろうか」と。場合によっては、人を買っていることがあるのだ。サービス業界やコンサルティング業界の企業は、どこもPRを通じてマーケティングを行う。そのため、報道を頼りにする状態がいつまでも続いている。「その当然の結果として、クライアントは、どこと提携すべきか考えるときに、報道された記事を読んで判断するのだ」と、このエージェンシーの創設者は語った。
Shareen Pathak(原文 / 訳:ガリレオ)