ワクチン接種の開始を年末に控え、雇用主たちは出社と在宅というハイブリッドな働き方を模索している。彼らの多くは、間仕切りのない開放的な空間に、いくつものデスクが整列する従来的なオフィスレイアウトは、早晩姿を消すだろうと見ている。
これほどの悪夢があるだろうか。大金をつぎ込んでボルティモアに3万2000平方フィート(約2972平米)の新オフィスを確保するや、新型コロナウイルス感染症の大流行が勃発。なんとかオープンにこぎつけても、オフィスに来られるスタッフはほんの一部だけ。そこにまたもや不測の事態が発生する。「オープンから2週間後、清掃業者のコロナ感染が判明して、オフィスを閉めざるをえなくなった」。そう嘆くのは、デジタルエージェンシーのジェリーフィッシュ(Jellyfish)で、オフィスと施設の管理を担当するバイスプレジデントのマーク・ディープローズ氏だ。「スタッフの士気に関わる状況」であり、「コロナ禍は多くの問題を突きつける」と同氏は言う。
オフィスの管理を任されている多くの人々と同様に、ディープローズ氏も頭の痛い問題に直面している。現在、多くの従業員が在宅勤務を余儀なくされている。ファインダー(Finder)の調べによると、英国における在宅勤務者の割合は成人人口の60%にのぼる。オフィスの役割に照らして、この事実はどんな意味を持つのだろうか。
「我々はコロナ禍によって再考を迫られている」と、ディープローズ氏は話す。「誰もが自分のデスクを持つという伝統的なアプローチは消滅した。1年のうち40%が空席となるデスクなど、もはや許容できない」。
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ジェリーフィッシュは、従業員の勤務時間の40%を在宅勤務としている。来年1月には、彼らの出社頻度と在席状況を把握するために、デスクブッキングソフトウェアの導入を予定している。ディープローズ氏によると、このソフトウェアを活用して、出社する人数を管理し、清掃が必要なデスクと24時間後に使用可能となるデスクを特定するという。
オフィスの再構築が必要
ワクチン接種の開始を年末に控え、雇用主たちは出社と在宅というハイブリッドな働き方を模索している。彼らの多くは、間仕切りのない開放的な空間に、いくつものデスクが整列する従来的なオフィスレイアウトは、早晩姿を消すだろうと見ている。
「かつて職場は単に働くための場所だった。ひたすらデスクに向かい、時間通りに出退勤する場所だ」。こう語るのは、ロンドンに拠点を置くソーシャルメディアエージェンシー、ウイアーソーシャル(We Are Social)のニューヨーク担当マネジングディレクター、ベン・アーノルド氏だ。「この9カ月間で、従業員に対する雇用主の信頼は大きく伸びたと感じる」。オフィスの役割についても、抜本的な見直しが必要だろう。
企業は物理的なオフィスのメリット、たとえば、対人関係や社交的な要素、偶発的な要素などを検討し、再構築する必要があるとアーノルド氏は指摘する。今日、デスクや個室スペースが整然と並ぶレイアウトは職場の間取りの典型だが、これも占有時間を軸として、もっとインフォーマルでカジュアルな、グループ単位の使用に適した設計に変更されるかもしれない。
その結果、コラボレーションを促す、従来よりもくだけた環境が生まれるだろう。「たとえば、四方の壁を取り外し、あちこちにホワイトボードを置いて、什器も自由に配置できるようにすればよい」と、アーノルド氏は説明する。
新たな検討事項も浮上
デジタルマーケティングエージェンシーの英国ヴェイナーメディア(VaynerMdeia UK)でマネジングディレクターを務めるサラ・バウマン氏は、コロナ禍以前の年初に60人だった従業員が90人まで増えたため、新たなオフィスを物色していた。ところが、コロナ禍のおかげで、新たな検討事項が浮上した。
「通勤経路が豊富で、柔軟に通勤できる場所選びは基本だ」とバウマン氏は述べている。「駐輪スペースとシャワーは常に重要だったが、自転車通勤が増えそうなので、その設備の安全を確保することも優先事項となっている。空調システムと質の高い改修技術もこれまでになく重視するようになった」。
MDCパートナーズ(MDC Partners)でオペレーション担当のシニアバイスプレジデント兼グローバルヘッドを務めるジェイソン・カモラータ氏は、同社が最近、提携するエージェンシー13社をニューヨークのワンワールドトレードセンターのひとつのオフィスに統合したことについて、幸運だと感じている。
「もともと融通の利く、柔軟な環境を想定して設計されたオフィスだ」とカモラータ氏は話す。新しい働き方に適した特徴のひとつが技術インフラで、同氏によると完全なワイヤレス環境であるという。「会議システムは以前から音声で操作できたが、キッチンや洗面所もすべてタッチレスに改修した」。
たとえば、石鹸は手をかざすだけで出てくるセンサー式だし、コーヒーメーカーはアプリで操作する。
「強制的に思いもよらぬ道を」
従業員の出勤を再開している企業の多くは、感染のリスクを減らすために、オフィスに復帰させる人数を制限している。
「我々のスタッフのなかには、在宅勤務になじめない者もいる」。クリエイティブSEOエージェンシーのライズアットセブン(Rise at Seven)の共同設立者、スティーブン・ケンライト氏はそう打ち明ける。同社のオフィスでは、清掃の回数を増やし、出社できる人数を従業員の最大15%に制限している。
どのエージェンシーも、コロナ禍によって、従業員やクライアントとのコミュニケーション方法が大きく変容するだろうと見ている。
「大方の予想とは裏腹に、リモートワークは複数のオフィスを地理的に隔てる境界線を取り払い、いろいろな意味で人と人との距離を縮めている」。メディアエージェンシーのスペースアンドタイム(Space & Time)のマネジングパートナー、エド・ヒル氏はそう指摘する。「私自身、英国中の同僚と話をする機会が以前よりも増えた。クライアントにも同じことが言える。関係者を国内のあちこちから出張させるよりも、オンライン会議を開くほうがスピーディで簡単だ。結果的に、みんなと顔を合わせる頻度が以前よりも増えている」。
いまだコロナ禍のただ中にあって、多くのエージェンシーは日々の対応に追われる毎日だと認めている。
「何が起こるか本当に分からない」とディープローズ氏は言う。「変化には適応するが、ある意味エキサイティングなのは、我々がなかば強制的に思いもよらぬ道を歩んでいるということだ。出社して、1日中デスクに向かって仕事をすることよりも、オフィス空間の活用やコラボレーションの可能性について再考する必要があるだろう」。
[コラム:3つの質問] リモートワークに伴う管理職者の課題について
回答者 – ミロマ(Miroma)傘下のエージェンシー群を統括するグループCEO、マーク・ノア氏
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ーー100%画面越しにチームを管理することは、どのくらい難しいか?
誰かが悩みを抱えていて、無言の合図を発していても、そばにいなければその合図を拾うことは難しい。また、誰かを安心させるにも、その人とのあいだに絆を感じる瞬間が必要だ。Zoomでこれをやるのは難しい。優れたリーダーや管理職者には、相手の立場を思いやれるだけの器量が必要だ。
たとえば、夜の7時に残業中の上司が部下に電話をかけるときにも、相手に対する敬意を忘れてはいけない。上司が残業していても、部下が残業しているとは限らない。そこで必要なのは「いま、ちょっと時間をもらえるだろうか」のひと言だ。それはひとえに、人としての共感力の問題だ。人の上に立つ者は、管理する対象が人間であり、部下には部下の都合があること、1日のうち、生産的に働ける時間は限られていることを肝に銘じるべきだ。彼らには休みが必要で、それぞれに人間関係があり、感情的な欲求もある。彼らをロボットのように扱うことはできない。
ーー人事部の重要性は?
いまこそ、人事部がその真価を発揮すべきときだ。体調が悪くても休めないなどの悩みを察知できるように訓練を受けている人、口が堅く、その問題について切り出すときにも相手の尊厳を守れる人。そのような人材はたいへんに貴重だ。
ーーリモートで活動するチームをより効果的に支援するために、エージェンシーの幹部たちにできることは?
物理的な近さがないところでは、ひとつの儀式を別の儀式に置き換える必要がある。儀式があることで、物事はパターン化あるいは定型化しやすくなるからだ。たとえば、誰もが直接会えない状況なら、定期的に部下の所在や安否を確認し、様子をうかがうことが上司の責任となるかもしれない。私の知るチームリーダーは、どの会議の冒頭でも、天気予報と称して必ずみんなの調子を確認する。あまり一般的ではないし、最初は場が和むと感じることもあるが、それもやがて儀式化され、誰もが「昨日はたいへんだったけど、今日はそうでもない」などと答えるようになる。この会議では、誰もが言うべき言葉を用意している。
[原文:Touchless bathrooms, desk-booking tools, cleaning rotas: Agencies outline the future of the office]
SUZANNE BEARNE(翻訳:英じゅんこ、編集:長田真)
Illustration by IVY LIU