米国の公共放送PBSのデジタル部門、PBSデジタルスタジオ(PBS Digital Studios)の代表、ブランドン・アロルフォ氏は6月、米DIGIDAYのイベント「DIGIDAY U」に登壇。スクリーンの垣根をこえたコンテンツ制作にフォーカスする当イベントで、同社のYouTube戦略について語った。
PBSデジタル(PBS Digital)は、米国の公共放送、PBS(Public Broadcasting Service)が所有するデジタルチャンネル向けの中尺以上の番組を開発・制作している。また、加盟局や提携企業、外部制作会社などからのコミッションのないオンラインコンテンツの監督も行っている。さらには、PBSデジタルがライセンスしたり、買いつけたりするコンテンツもある。
おおむね18から45歳という幅広いオーディエンスに向けて制作されるさまざまな番組は、PBSデジタルのいくつかの異なる「コンテンツのバケツ」、つまりYouTubeチャンネルやFacebook、OTTなどの形式で世に送り出される。PBSデジタルスタジオ(PBS Digital Studios)の代表、ブランドン・アロルフォ氏は、「PBSは多くの点で非常に優れているが、そのひとつはコンテンツに対する考え方だ」と述べる。いわば、分類して戦略化すべき「コンテンツが大量に」あるということだそうだ。
アロルフォ氏は6月、米DIGIDAYのイベント「DIGIDAY U」に登壇。スクリーンの垣根をこえたコンテンツ制作にフォーカスする当イベントで、同氏は米DIGIDAYのシニアメディアエディター、ティム・ピーターソンとの対談を行った。以下はそのサマリーである。
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PBSのミッション:PBSの番組でオンラインチャンネルを成功させる
01:YouTube戦略
PBSはYouTubeに対して、いわゆるYouTubeフォーミュラ(公式)を適用している。アロルフォ氏はこう語る。「若いオーディエンス向けのつくりになってはいるが、質感はPBSのそれだ。PBSがYouTubeで運営しているチャンネルの数は、10を超えている。自然科学や歴史といったテーマごとのチャンネルや、単独もののチャンネルなど、さまざまだ。すべて合わせると、2800万人近くのチャンネル登録者がいる」。
アロルフォ氏は、ブランドを個別のYouTubeチャンネルに分割するという決断は「難しかった」と認めたが、この決断に至らせたのは、すでに特定のチャンネルに愛着を持っている登録者をつなぎ止めるための戦略の一環だったという。
これら300万人のチャンネル登録者の獲得にリソースと時間と費用が注ぎ込まれたものの、このままでは「ただじっとしているだけ」だと、チームは気づいたのだとアロルフォ氏はいう。チームはチャンネルを別番組にも使おうとしたが、アロルフォ氏は「オーディエンスには百害あって一利なし」だった、「怒らせてしまうのは当然だ」と、語る。「ある意味、おとり商法なのだから」。
いま、PBSデジタルはより慎重なチャンネルづくりを心がけるようになっている。「我々はこの決断を軽んじていない」と、アロルフォ氏は語る。
新しいチャンネルの開設に際して、さまざまな自問が行われる。このシリーズにシーズンを重ねていくポテンシャルはあるか? このジャンルはニッチなオーディエンスで複数のエピソードを制作するのに十分な規模か? 実際に続けるとなった場合、継続的な拡大が見込めるオーディエンスはついているのか? このチャンネルをテーマチャンネルにすべきか?
「難しい決断だが、我々はテーマチャンネル内に収まるミニシリーズの制作、さらには長編シリーズの制作に取り組むべきだと学んできた。単独のYouTubeチャンネルよりも、テーマチャンネルを中心としたオーディエンスの拡大に意義を見出したほうがいいからだ」と、アロルフォ氏は語る。
アロルフォ氏はいう。いつものように例外はあるが、それは「ますます稀になってきている」。
02:戦略の実践法
PBSデジタルは3つの部署に分かれている。番組編成部、アーティスト養成部、業務部の3つだ。つねに部門間の協力体制が敷かれているが、アロルフォ氏によると、部署を分けたことでチームは「デジタルトレンドやデジタルオーディエンスへの対応」に素早く動くことができるという。
コンテンツが柔軟なように、チームもまた柔軟だ。「我々はこのIP(知的財産)を、ある特定の人物やプロデューサーを中心に構築しようとしているわけではない」。
PBSデジタルは、PBSの大型イベントに関連する限定コンテンツやミニシリーズも制作している。そのひとつが、オーディエンスに宇宙のあらゆることを知ってもらう目的で、2019年の夏に放送された、その名も「ザ・サマー・オブ・スペース(The Summer of Space)」だ。PBSデジタルは、これとの連動企画としてYouTubeのトップスター3人がそれぞれ全米を旅して、さまざまな研究所を訪ねるというミニシリーズを制作した。
社内の関係者が送ってくるRFP(提案依頼書)に応えるようなものとはまた違う、番組制作の仕方もある。PBSデジタルは今後、PBSキッズ(PBS Kids)などの、助成金を受けてデジタルシリーズを制作するブランドとのコラボレーションも視野に入れている。セールスについても同様だと、アロルフォ氏は話す。たとえば、ターゲット(Target)などのブランドがプロジェクトの費用を負担している場合、そのパートナーシップから生まれたメッセージング(さらにはデジタルコンテンツ)の微調整をアロルフォ氏のチームが行うという。
だが、そのプロジェクトに特定のニーズがあることがわかった場合、そのプロジェクトがほかへ回される可能性もある。特定のRFPがデジタルよりもテレビ向けである、あるいはテレビよりもデジタル向けであると思われる場合、番組編成部は話し合いを行い、必要に応じて軌道修正を行う。
「我々はつねに、こうした大きな疑問を自身に投げかけている。PBSがそうしているように」と、アロルフォ氏は語る。
03:「プライドランド」から見えてくること
同じ番組でも、PBSのYouTubeコンテンツはほかのチャネルとは違って見えるかもしれないと、アロルフォ氏は語る。その戦略は、費用や目標、プライオリティなど、さまざまな要因に左右されるという。
それがデジタル番組の場合、チームはオーディエンスセグメントを分析する。そして第1のプラットフォーム(たとえば、科学番組なら、YouTubeのテーマチャンネル)と第2のプラットフォームをそれぞれどれにするか決める。各エピソードが制作されると、複数のバージョンがほかのプラットフォームに向けて最適化される。
「とはいえ、それほど大きく変わるわけではない。インタビューがカットされることもあれば、部分的な入れ替えが行われることもある。フォーマットをスクエアにしたり、バーティカルにしたりすることもある。あえていうなら、第1のプラットフォームに向けた最適化が行われる」と、アロルフォ氏は語る。
いったん動き出せば、第1のプラットフォームにはほかのチャンネルよりも多額のマーケティング費が投入される。
その一方で、PBSのデジタルチャンネルとテレビ放送チャンネルでコンテンツが被る場合もある。そのひとつが、アメリカ南部のLGBTQ+の人々に関するドキュメンタリーミニシリーズ「プライドランド(Prideland)」プロジェクトだ。このミニシリーズで、PBSデジタルはYouTube向けに6エピソードを制作した。それに対してテレビ放送チャンネルでは、長尺版の制作が立案された。それぞれのオーディエンスの年齢が偏っているのがわかっているからだ。番組制作を成長させていく上で、中心にいたのはこれらのオーディエンスだった。たとえば、テレビのオーディエンスにはLGBTQ+の意味を説明し、オンラインのオーディエンスには説明しないことが決められた。
「もしデジタルのオーディエンスに『LGBTQ+とは……』といった説明を展開していたら、悲惨な結果になっていただろう」と、アロルフォ氏は語る。「彼らは(テレビとは)まったく違うオーディエンスなのだ」。
各エピソードには、インタビューなど、被っているところもあったかもしれないが、「限界まで知恵を絞って、これら2つのプラットフォームそれぞれに合ったつくりにしたつもりだ」と、アロルフォ氏は語る。デジタルからテレビ放送への変換を測定する手段は見つかっていないが、そんなことは彼らの「心配」事ではない。
「オーディエンスを食い合うことを恐れたくない。各プラットフォームのオーディエンスそれぞれに特有のIPとクリエイティブな考えを提供したい。それが我々の目標だ」と、アロルフォ氏は語る。
04:アドバイス
オーディエンスに目を向ける。ニッチなコンテンツが良い結果を残せる場所を見極める。競合分析を行い、このテーマについてほかにどんなコンテンツがあるのか、どこがそれを配信しているのか、どのチャネルを使っているのかを知る。オーディエンスマッピングを行ったのち、オーディエンスターゲティングを行えば、トピックエリアがわかると、アロルフォ氏は話す。
「我々はどんなときも、変化に合わせてやり方を変えることを厭わない」。
05:次の目的地
パフォーマンスが異なるさまざまなコンテンツに対して、特定の戦略の舵取りを行っていくことは必ずしも順風満帆ではない。「たしかに大変だ。とくに、PBSのコンテンツのとてつもない量を考えると」と、アロルフォ氏は語る。
たとえば、2つの番組がともに良い結果を残せば、3つ目の番組でも同じ司会者が続投する。しかし、だからといって、成功が保証されるわけではない。もし成功しなければ、チームはそれ相応の判断を下さらなければならない。番組の打ち切り、あるいはどこかへほかへ回すことなど。
「駆け引きの連続だ。これをいつ配信するのか? 配信しないのか? 我々はいまも、これらさまざまなチャンネルの個性の把握に努めている」と、アロルフォ氏は語った。
SARA JERDE(翻訳:ガリレオ、編集:小玉明依)