そのカスタマージャーニーマップは、なぜ機能しないのか?:有効性の高いCJMの作り方

本記事は、WPPグループ最大のデジタルエージェンシー、VMLの日本法人の代表と、株式会社FICCの代表取締役を兼務する、荻野英希氏による寄稿コラムとなります。

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カスタマージャーニーマップ(CJM)は、無形のサービスをデザインするために、IDEO社が1990年に開発したフレームワークです。サービスに関わる一連の顧客体験(CX)を可視化し、改善箇所を特定するその手法は、マーケティングコミュニケーションの設計と管理にも応用されています。情報過多な現代の生活者に、さまざまなメディアで一貫性のあるCXを提供する統合型マーケティング(IMC)や、その効果を定量的に検証し、改善し続けるデータドリブンマーケティングには、もはやCJMの活用は欠かせません。

マーケティング従事者にCJMの重要性を問う必要はないでしょう。では、その有効性はどうでしょうか? CJMのマーケティング活用が進むアメリカでも、2016年時点の調査では、CJMが収益成長に貢献していると答えたマーケターはわずか5%に留まりました。これほど重視されている手法でありながら、CJMは何故成果を出せないのでしょうか? 元P&Gの音部大輔氏は、有効性の低いCJMを「飛行機の絵」にたとえて説明します。

飛ばない飛行機の絵

機体や翼、エンジンなどの部品を相対的に配置すれば、誰にでも飛行機の絵は描けます。しかし、その絵から飛行機を再現しても、決して飛ぶことはありません。マーケターが主張したい内容を、AIDMAなどの規定の枠に書き込めば、CJMらしいものは出来上がります。しかし、所詮「飛ばない飛行機の絵」のように描かれたCJMからは、効果的なマーケティングコミュニケーションが再現されることはありません。マーケティングに有効なCJMを作るためには、実在する態度変容プロセスにフォーカスしなければなりません。

態度変容を軸としたCJM

CJMの本来の目的は、顧客の体験を理解・管理することです。しかし、マーケティングは市場の認識を理解・管理することであり、その活動は主にメディアを介して行われるため、直接的に反応を得ることは容易ではありません。マーケティングに有効なCJMは顧客の体験ではなく、見込客の態度変容プロセスと、その要因となる知覚刺激を表さなければなりません。

音部氏によって考案され、FICCが推奨するパーセプションフローモデリングは、見込み客がリピート購入や推奨に至るまでの態度変容プロセスを、要因となる知覚刺激とともに可視化します。また、パーセプションフローはAIDMAやAISASのような、認知から購入という限定的な枠組みではなく、現状から目的達成までの生活者の認識を描き、その理解と管理を可能にします。

実在する購買行動の描写

マーケティングに対するCJMの有効性が低いもうひとつの理由は、その多くが空想の産物であることです。自らの力でカスタマージャーニーを制御できると勘違いするマーケターは、理想像を描こうとします。しかし、生活者の購買行動はマーケティング施策以外にも無数の知覚刺激に影響されるため、主観で描かれたCJMを再現することはほぼ不可能なのです。

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しかし、実在する態度変容プロセスに基づくカスタマージャーニーであれば、マーケティングコミュニケーションで再現できる可能性があります。カスタマージャーニーは発見するものであり、決してマーケターが創り出すものではありません。

マーケターは、生活者が購入やブランドスイッチに至ったプロセスを再現し、スケールさせれば良いのです。そのためには、いろいろな調査データのツギハギではなく、シングルソースのデータから、個々の完全なジャーニー把握する必要があります。しかし、これも決して容易なことではありません。カスタマージャーニーには、同じものはふたつとなく、百人百通りのものが存在するのです。

コレクシア社が提供するカスタマージャーニーの調査ソリューションは、独自のアンケート手法を用いて100名ほどの態度変容プロセス含むCJMを個別に生成します。それらの共通点と相違点を分析し、ひとつのドキュメントに集約すれば、異なる段階構造や態度変容プロセスを網羅するCJMが出来上がります。

実在する態度変容プロセスを網羅的に俯瞰できるマップがあれば、粒度の細かい効果測定とマーケティングコミュニケーションの微調整が可能になります。四半期ごとにマーケティングプランを作り直す必要はなくなり、リソースを戦略的な市場拡大や、顧客生涯価値(LTV)の向上に充てることができるはずです。そして、継続的な運用を通じて、CJMはその有効性を次第に発揮するようになります。

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実在するカスタマージャーニーの網羅的な調査から、異なる段階構造や態度変容プロセスを俯瞰するCJMを作成したあとは、定量調査でコミュニケーションの優先順位を決めます。マーケティング施策を実施したあと、マーケティング施策との接触を示す行動データを収集し、ブランドリフト調査から態度変容の有無を確認します。これでマーケティング予算を効果的なジャーニーに集中的に投資し、効果の低いコミュニケーションの内容を改善することができるようになります。精度と網羅性の高いカスタマージャーニーの仮説を、繰り返し検証することではじめて、私たちは飛行機の絵ではなく、空を飛ぶための図面を手に入れることができるのです。

Written by 荻野英希
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