日経ビジュアルデータは、いかに衆院選を報じるのか?:データジャーナリズムの現在

日本経済新聞社は10月19日、「衆院選ライブ」という「日経ビジュアルデータ」の新しいコンテンツを公開した。10月22日の第48回衆議院選挙向けの特設コンテンツとなるこのページでは、当日の投開票の様子をスマホ時代に即した形で、視覚的にスピーディに報じていく。

いま多くのパブリッシャーは、デジタル化によって、かつてないプレッシャーにさらされている。画像や動画、アニメーションなど、コモディティ化した表現方法を駆使して、ユーザーニーズに即する形での情報提供が求められているのだ。さまざまなビッグデータをビジュアライズして、楽しくわかりやすく社会情勢を理解できる「日経ビジュアルデータ」は、日経によるそうした需要への回答のひとつだ。

「衆院選ライブ」ができるまで

思い返せば、兎にも角にも慌ただしい選挙戦だった。解散から投票日までは、わずか25日。そのあいだに、新党結成、離散集合、第三極の台頭など、めまぐるしく状況が変化した。「選挙は、はじまったときにはすでに終わっている」という考えは、今回ばかりは通用しない。

「このスピード感で対応することは、かつては不可能だった。昔だったら設計図や見積もりの話しか出来ていない」と、日経ビジュアルデータのプロデューサー(デジタル・チーフ・デザイナー)を務める鎌田健一郎氏は、今回の制作過程を振り返る。「いまは部署が編集局に組み込まれていることもあり、状況に応じて、臨機応変に対応していくことができる」。

DIGIDAY[日本版]は10月16日、鎌田氏とともに同社常務執行役員・デジタル事業担当の渡辺洋之氏に、日経ビジュアルデータの取り組みについて、そして今回の「衆院選ライブ」が立ち上がるまでの経緯について聞いた。まずはこの25日間のあいだに「衆院選ライブ」がどんな変遷をたどったのか、特別提供されたデザイン案で振り返ってみよう。


9月28日:衆院解散当日/デザイン原案

提供:日本経済新聞社編集局メディア戦略事業部

この時点ではまだどんな状況でも使えそうなデザインだが、よく見るとすでに「希望の党」の議席数枠が中央右寄りに挿入されている。9月25日、東京都の小池百合子知事が国政政党の新党「希望の党」を結党し、全国で候補者を擁立する意向を示したことを受けている(日経9月26日『小池氏、「希望の党」代表に 衆院選で全国に候補者』)。


9月29日:民進党、事実上の解党/二極化を表現

提供:日本経済新聞社編集局メディア戦略事業部

踏み込んだ修正。与党対野党の背景が、安倍晋三首相と小池百合子東京都知事の横並びに。さらに野党側のグラフが、希望の党のシンボルカラー、グリーンに変更されている。実際にこの前日、民進党・前原誠司代表が小池百合子氏率いる「希望の党」へ合流をめざす方針を正式表明し、希望の党が民進党に代わる野党第1勢力として有力視されはじめた(日経9月28日『前原氏「名を捨てて実を取る」 希望への合流正式表明』)。


9月30日:小池氏、野党再編をリード/対立構図を強調

提供:日本経済新聞社編集局メディア戦略事業部

さらなる大胆な変更。安倍氏と小池氏が横に並んだ構図から、真っ向対決する構図に。小池氏は前日、前原氏との会談後、記者団に対して民進党の議員を希望の党に「全員受け入れるようなことはさらさらない」と断言し、野党再編をリードしはじめた(日経9月30日『「小池1強」の野党再編 民進・連合と極秘会談 』)。


10月9日:枝野氏率いる「立民」が台頭/デザイン大枠の決定

提供:日本経済新聞社編集局メディア戦略事業部

要素配置が微修正され、デザインの大枠が決定。この時点で「民進」の枠が消失、代わりに「立民」が登場。このころ、枝野幸男氏が10月2日に結成表明した新党「立憲民主党」が、ソーシャルメディアなどで存在感を増してきた(日経10月7日『衆院選、ネット戦も熱 立憲民主、フォロワー15万 』)。


10月12日:希望の党の失速/野党のカラーがレッドに

提供:日本経済新聞社編集局メディア戦略事業部

一転。野党側のカラーが、希望の党のグリーンから、従来野党側に使用されてきたレッドに戻された。おそらく、直前の10月10~11日に日経が実施した世論調査に基づき、希望の党と立憲民主党が野党第1党・第2党になる可能性があることが分かったことを受けている(日経10月11日『与党300議席に迫る勢い 衆院選序盤情勢』の「序盤情勢調査に基づく各党の予想獲得議席」)。


10月17日:三極化、鮮明に/野党側に枝野氏登場

提供:日本経済新聞社編集局メディア戦略事業部

キメの一手か。安倍氏対小池氏の対決構図のなかに、枝野氏の横顔が追加された。日経編集局は翌日、報道各社が枝野氏率いる立憲民主党の善戦を伝えていることを、記事のなかに盛り込んでいる(日経10月18日『党首駆ける 立憲民主党 枝野幸男代表 背中押され街頭に』)。


外部リソースに頼る体制では、ここまで踏み込んだ変更をクイックに加えていくことは難しい。だが日経ビジュアルデータのチームは明らかに、編集局の取材結果や世論調査に基づき、そのつど伝えたい政治の構図に焦点を合わせて、デザイン案を作り直している。

3年間に渡った試行錯誤

これほどの即応力を備えた体制は、もちろん一朝一夕で築かれたわけではない。日経ビジュアルデータの発端は2013年。全産業でビッグデータ解析に関心が高まった当時、報道の領域ではデータジャーナリズムが脚光を浴びていた。2014年2月のソチ五輪における羽生結弦選手の妙技を分析結果に基づくグラフィックで伝えたニューヨーク・タイムズの成功例などもあり、世界的にビジュアルデータへの関心が強まった。

そのさなか、日経常務執行役員である渡辺氏も、「日経的」データジャーナリズムのニーズに気づいたという。「読者へのデプスインタビューをしているとき、はっきり言われたわけではないが、端々から聞こえてきた」。そこで2014年5月、他社も着手しはじめるなかで、日経ビジュアルデータのデザイン・開発チームを同社編集局の内部に設置した。

社内の他部署から移ってきた鎌田氏は「当初はかなり苦労した」と語る。当然ではあるが、編集サイドはデジタルコンテンツのデザイン・開発の事情をよくわかっていなかったからだ。「ただ漠然と『なんか、かっこよくやってよ』と言われていた。だが一緒に仕事をしていくうちに、相手もこちらのできることを理解し、デジタルならではの可能性の広げ方を提案してくれるようになった」。

デザイン・開発チーム自体も、3年間の試行錯誤のなかで方針を変えた。「はじめはPCでとにかく派手にやろうとしていた」と鎌田氏。だがエフェクトに凝ったコンテンツを作り上げても、スマホでは見られないケースや、かえって伝わりにくくなることもある。

「スマホ時代に合わせ、デザインをまずスマホ、次にPCの順でつくることにした。それで一貫性を持たせると同時に、余計な要素を削ぎ落とした。この3年で、伝えるために必要なものを選び出せるようになった」。

ビジュアルコンテンツの効用

現在インハウスの少数精鋭チームには、デザイナー3人、エンジニア2人が所属。「いまではさばききれないほどの注文が編集サイドから寄せられる。なので、取捨選択しながら制作している」と鎌田氏は語る。基準は、資料価値が高いコンテンツが作れるかどうかだ。

たとえば、2年前、2015年8月14日に公開された「衆院解散・総選挙にみる新党と自民の盛衰」が、いい例だ。ただ眺めているだけで、戦後日本の政界における栄枯盛衰がわかるこのコンテンツは、更新していけばいつでも「使いまわす」ことができる。「2年前に出したコンテンツだが、数カ所修正して、今回の衆院選に合わせて再公開(10月9日更新)したところ、13万件のアクセスがあった。4年後もきっと見られると思う」と、鎌田氏はいう。

日経が2015年に買収した英フィナンシャル・タイムズ(Financial Times:以下FT)とのコラボレーションも行っている。2017年4月22日に公開された「わたしの仕事、ロボットに奪われますか?」では、米マッキンゼー・グローバル・インスティチュート(McKinsey Global Institute)のデータに基づき、日経とFTが同一のコードでそれぞれコンテンツを制作した。プルダウンメニューから自分の職種と担当業務を選択すると、将来ロボットに奪われるかもしれない担当項目がどれだけあるかが表示される。日経版では、表示方法、配色、フォントの選択など、デザインが日本の読者にとってより親しみやすいものに設定された。

左:FT《Can a robot do your job?》(2017年4月7日公開)/右:日経『わたしの仕事、ロボットに奪われますか?』(2017年4月22日公開)

左:FT《Can a robot do your job?》(2017年4月7日)/右:日経『わたしの仕事、ロボットに奪われますか?』(2017年4月22日)

紙面との連動が今後の課題

蓄積したノウハウをスポンサードコンテンツ(一例)にも応用しはじめている。「いわば、日経的ネイティブ広告。こういうことは弊社にしかできない」と、渡辺氏は自信を見せた。

「紙面と連動するためのいっそうのスピーディ化が今後の課題」と鎌田氏は語る。「そのうえで、データジャーナリズムをさらに追求していきたい」。

状況へのスピーディな対応と、高品質なコンテンツ制作。両立が難しい2つの目標を、「内製化」によって達成することで、日経ビジュアルデータはデジタル時代のジャーナリズムの可能性を切り開き、2017年度グッドデザイン賞「グッドデザイン・ベスト100」に輝いている。

Written by 長田 真原口 昇平
Image courtesy of 日本経済新聞社