「デジタルに言論空間をつくることがレガシーの責務」:読売新聞 取締役メディア局長 福士千恵子氏

海外の新聞社が着々とデジタル化を進めるなかで、国内各紙もデジタル分野での活路を見出そうと新たな取り組みをはじめている。

140年以上の歴史を持ち、世界最多、900万部以上の発行部数を誇る読売新聞。2012年から新聞購読者への付加サービスという形で、定期購読型のデジタルサービス「読売プレミアム」を展開する同紙は、女性向けサイト「大手小町」や掲示板コンテンツ「発言小町」などでも、大きな存在感を発揮してきた。

次の5年を見据え、読売新聞は新たなテクノロジーやメディアプラットフォームとどんな関係を構築し、デジタルの世界でどのように存在感を示していくか? 読売新聞東京本社取締役メディア局長、福士千恵子氏に聞いた。

デジタル時代の新聞の取り組みについてどうお考えですか?

読売新聞のデジタルの取り組みは、他紙に比べると慎重な印象を受けるかもしれません。

1995年にスタートした「YOMIURI ONLINE(ヨミウリオンライン)」は、広告モデルの無料ニュースサイトです。また、2012年にスタートした「読売プレミアム」は、紙の購読者に対する付加サービスという位置づけで、購読料に150円上乗せする定期購読モデルです。

どちらも、ビジネスとして大きく儲ける位置づけではないのが現状です。「レガシーメディア」と呼ばれる新聞は、これまでの取り組みから、パッケージされた商品(=紙面)を提供することに強みがあると考えます。1本1本の記事のクオリティを保ちつつ、それらを組み合わせたパッケージとしてもおいしい、いわば「質の良い、老舗の弁当屋」のようなものです。

また、全国的な販売網という資産も有します。地方や地域の疲弊が指摘されるなかで、リアルな宅配網というのは今後、ますます重要性を増していくでしょう。

私たちのメディアビジネスは、紙メディアを届けるとともに、ほかのビジネスをどう展開していくかを総合的に考えなければなりません。ひとつひとつのコンテンツの取材力、編集、編成力という強みを生かしながら、多様なコンテンツを皆さんに見ていただきたい。こうした姿勢が、デジタルに対して読売新聞が慎重に映る理由ではないかと考えています。

新聞の平均読者層が高齢化するなかで、メディアの消費の仕方は年齢層によって異なります。世代間のギャップ、利用デバイスのギャップをどう乗り越えますか?

若い層が新聞を読まなくなっているのは事実です。しかし、それがなぜかを考えていくと、私たちの情報行動、すなわち、日々、起こっていることを意味づけ、価値づけ、受容していくリテラシーについて、私たちはまだ憶測で語っている部分があると思います。

これまでの新聞を中心とした情報行動が変容しているのであれば、新たな情報の需要、消費の仕方を研究する必要があるでしょうし、また、リテラシー教育という点でも、既存メディアが果たすべき役割はあるでしょう。

私たちレガシーメディアは、デジタルの技術革新、進展に追いつくことで精一杯というのが現状です。その部分では反省もありますし、もう少しデジタルビジネスで儲けていかないといけないとも考えています。

アメリカの新聞メディアで起きているような「デジタルファースト」の波は、今後、日本にも押し寄せると思われます。

アメリカは国土が広く、日本とは新聞の宅配網も異なります。たとえば、ワシントン・ポストが地域紙、地方紙と連携するサービスを提供していますが、国土の広さをデジタルで補う形で、さまざまなサービスが生まれた背景があります。ですから、一概に、日本もアメリカと同じように進んでいくとは思えません。

読売新聞は、ワシントン・ポストと連携し、英字新聞「ジャパン・ニューズ」を新規購読していただいた方に、ワシントン・ポスト電子版を1年間、無料で購読していただけるサービスを展開しています。デジタルの取り組みは、欧米の動向をただ追随するのではなく、読者にとってどんなものが必要なのか、読売新聞として利益があるのか、そういう観点で慎重に見極めたいです。

デジタル事業の新しい取り組みについて教えてください。

2015年末から首都圏の一部地域で行っているタブレットサービスがあります。これは、購読者に5000台のタブレット端末を貸し出すもので、通信料に応じていくつかのサービスプランを用意しています。通常のタブレット端末として使用できるだけでなく、その日の紙面も見られますし、中央公論新社のオリジナル小説作品を読むこともできます。

こうした取り組みを通じて、販売店による地域密着型の情報サービスにつなげていく可能性を実証しているところです。

また、新潮社が2015年12月に「Book Bang(ブックバン)」という書評サイトを開設しました。これは、新聞社や出版社、取次の書評が読めるポータルサイトで、読売新聞も書評コンテンツを提供しています。

紹介された書籍はAmazonで購入することもできます。新聞と同様に、本を読まない時代に、新しい読書体験へのきっかけを提示する業界全体の取り組みといえます。

また、現実とデジタルをどう結びつけるかという点もポイントです。新聞社はさまざまな事業があり、グループにはテレビ局もあって、商業ビルまで持っています。新聞社のデジタル事業は、PRの役割だけでなく、リアルの場を活用して、現実を良くしていくというのが考え方のベースにあります。

新しい新聞表現のひとつとして、動画への取り組みは?

イマーシブ(没入型)コンテンツに取り組んでいます。メディア局が作る独自コンテンツのひとつに、いわゆる全天球カメラを使った「360度動画」があります。

「ヨミウリオンライン」の「デジタルストーリー」のなかに、東日本大震災の特設サイト「震災5年 再生の歩み」があり、航空写真と360度動画で被災地の歩みを確認できます。

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読売新聞が制作したイマーシブコンテンツ「震災5年 再生への歩み」

航空写真は震災後に撮りためた被災地の写真から5年間の軌跡が見られます。航空写真なので定点写真ではないのですが、位置情報を計算して、きちんと重なるように調整しています。

また、360度動画は、実際に記者が被災地で動画を撮影したものです。空間が見えるというのはなかなかスチールの写真では難しく、こうしたコンテンツは、紙だけでは伝えられない、また、テレビでは得られない映像体験が提供できると思います。

動画はYouTubeにも投稿され、数万回再生されました。また、Facebookにも投稿したところ、こちらも約2万回再生され、大きな反響がありました。オーディエンスの属性は30代、40代が中心でした。

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被災地の映像を収めた360度動画を紹介する福士氏

メディア局に移り2年経ちますが、デジタルの世界は動きが早く、トレンドに合わせて開発したときには、すでに状況が変わっています。その意味から、ひとつひとつの施策をスモールスタートで展開し、柔軟に方針を転換しながら、少しずついいものに育てていきたいです。

デジタルで存在感を示していくための直近の課題は何ですか?

インターネットが出現したときは、インターネットが新しい言論、表現空間を作るという期待感がありました。しかし、現状をみると、どうもそうなっていないという思いが個人的にはあります。

デジタルの世界は、いい意味での普及、大衆化が進んでおらず、誰もが技術革新の恩恵を受けられるような、ひとつの社会基盤と呼べる段階には至っていません。こうした社会の共通基盤となるような表現、言論空間を作っていくのは、私たちレガシーメディアの使命でもあると考えています。既存のレガシーメディアと新しい技術を持ったメディアが、連携、協力していくことが欠かせないのではないでしょうか。

具体的には、どんな立場、役割を果たしていくのでしょう?

メディア局は、インターネット情報サービスのほかに、関係するテレビ局との交流などもあります。新聞社は、情報のハブ、結節点として、情報交換のための役割を果たしていけるのではないでしょうか。

メディアの歴史は、さまざまな社会の問題に直面するたびに、それまでの価値観や文化とのせめぎ合いのなかで、人権や報道の倫理に関するルールや規範を作ってきた歴史といえます。私たちメディアが有するノウハウや基準、規範は新しいメディアにとっても参考になるのではないでしょうか。たとえば、私たちが広告と編集をどう切り分けてきたかという経験は、いまのネイティブアドとステマの問題にも通じるものがあると考えます。

Facebook「インスタント記事」をはじめとする、プラットフォームへの対応についてはどうお考えですか?

まずはスモールスタートして、試行錯誤を繰り返す段階と認識しています。さまざまなプラットフォームに記事を配信し、多くの人に見ていただくことは大事なことです。一方、広告モデルの観点からは、プラットフォームに記事を出して、こちらのサイトに戻ってこなかった場合を考えると、どうしても「PV至上主義」の広告モデルの枠組みのなかでは、難しさを感じるのも事実です。

いずれにしても、見る側にとってはどの記事が新聞社のオリジナルで、どれがプラットフォームに配信した記事かは関係のないことです。その意味からも、プラットフォーム側も私たちもさらなる試行錯誤が必要でしょう。

また、広告テクノロジーの面では、「ターゲティング」という手法がどこまで効果的かという議論があります。従来のメディアでは、新聞記事であれ広告であれ、紙面が誰の目にも触れるということがひとつの強みでした。テクノロジーの進化によって、決まった人にだけ届くメリットがあれば、決まった人にしか届かないデメリットもあり、広告業界でも両者を測りきれないジレンマがあるように思います。

新聞の優位性というものがあるとすれば、情報の総覧性、いわゆる「偶然で情報に接すること」の面白さです。ネットでは見たくないものを簡単に排除、遮断できますが、これがひとつの情報行動のあり方として正しいのかというのは、自問自答を続けていきたいです。

ご自身の記者経験のなかでは、生活情報部での経験が長いのですね。

入社して山形支局に赴任して、その後、婦人部(1992年、生活情報部に名称変更)に配属になりました。生活情報部は80年代当時、どの新聞社も「婦人部」と称していました。配属当初は、同期が政治部、国際部と華やかに活動するなかで、料理記事を作っていました。

生活情報部では、食、家族、教育、女性問題、「人生案内」欄などを担当しましたが、生活情報は、ほかのページよりも、常に読者に何が求められるかを考えなければなりません。起きたことを報道するよりも、企画色の強いページなので、考えて発信する必要がありました。

たとえば、料理のレシピは、手順をわかりやすく伝える必要があります。それに加え、料理記事は、ニュース記事と違って、内容がわかりづらいと読者からクレームが入ります。

こうした実用、ハウツー情報を扱う経験を通じて、わかるように書くための勉強をし、考えて工夫したのは、後から考えると大きな経験でした。いま、デジタルメディアの部署で仕事をして、読者の皆さんが、情報をどう読み、利用しているのかをきちんとつかむことの難しさを実感していますが、読む人の立場に立った情報を発信していけたらと思います。

生活情報は、インターネットコンテンツのジャンルとしてニーズが高いですし、メディア消費時間は男性より女性のほうが長いです。

いまは、情報を探すというよりも、膨大な情報のなかから「絞り込む」ことが重要です。その意味で、キュレーション、エディティングという役割がメディア作りには必要だと思います。

限られた枠のなかで、その日に読んで欲しい、必要な情報を、バランスよく組み入れてきた新聞にとって、編集、編成作業は一番の技術であると考えます。読売新聞には、「大手小町」という女性向けサイトや、15年続く「発言小町」という掲示板コンテンツの財産があります。これらは強みである一方、まだまだ伸ばしていく余地もあります。女性向けの情報、サイトに求められるニーズや可能性を広げていけるよう、これからも取り組んでいきたいです。

▼福士 千恵子digiday2016_0434_fin
読売新聞東京本社 取締役メディア局長

1983年、読売新聞社入社。山形支局を経て、編集局生活情報部、読売ウィークリー編集部などで、食、家族、教育、女性問題などを取材。生活情報部長、編集局次長兼文化部長などを経て2014年6月から読売新聞のインターネットサイトの運営管理、外部メディアへのニュース配信などデジタル情報サービス全般を担当するメディア局長に就任。現在に至る。

Written by 阿部 欽一
Interview by 吉田拓史、阿部 欽一
Photo by 渡部幸和