「うまくいくまでは、うまくいっているふりをする」:ある元アドテク幹部の告白

プログラマティック広告はビッグデータへの信頼を前提としているが、あるアドテク企業の元幹部は、他社サービスとの差別化を追求するあまり、データをいい加減に扱うベンダーが多く存在すると語る。今回の「告白」シリーズでは、その人物のインタビュー抜粋をお届けする。

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――デジタル広告はどうしてそこまで崩壊したのだろうか?

消費財を扱う大手企業は、「消費者向けの販売価格を上げることはできないが、利益はもっと上げる必要がある。エージェンシーに払う料金をカットしたい」という。そうすると人材は雇えない。少人数で何もかもやらなくてはならないので、大量の作業はこなせない。一方でブランドは、デジタル化には実験が必要だと主張しはじめる。

私は最初、エージェンシー側にいて、増額を求めてもクライアントが料金を下げ続けたときに、どうすればいいかの実験をはじめた。人件費が安くて済む大学新卒を雇い、ベンダーに彼らを夕食会に連れ出させることで彼らの収入を補い、ベンダーが提供するビールで自社のマージンを補うのだ。こうしてトレーディングデスクができ、ジーンズパーティーがはじまる。

――アドテク業界に入ったとき、期待していたことは?

ビッグデータの話が突然出てきて、データがすべてを解決するという発想に私は魅力を感じた。非常に見通しの悪いメディアの世界で、データは物事を明確に見せるレンズになりうると思った。

――それでわかったことは?

その中心にいるのはたくさんのペテン師だということ。「うまくいくまでは、うまくいっているふりをする」というアプローチをとる新興企業がとても多い。そのほぼすべてが、「十分なスケールやデータを手に入れる、あるいはアルゴリズムがもっと賢くなるまでは、上手くやれているふりをしよう」と、考えているようだ。

――それは実際にはどういう意味か?

言っていることとやっていることが合致していない。差別化を図ることは本当に難しいのだが、その理由は、差などないからかもしれない。適切性の問題を解決できるアルゴリズムがあるという魔法めいた信念があり、だからもっと上手にリターゲットできるという人がいる。

だが、気がついてみると、誠実とはほど遠いことをたくさんやるように言われている自分がいる。業界標準のクリック率やコスト・パー・リード(CPL、見込み客獲得単価)、顧客獲得単価(CPA)がより優れていることを、我々は示して見せなくてはならない。すべては、ステートメントや資料。何もかもが自己申告なのだ。

――エージェンシーはそれを受け入れる?

エージェンシーの判断は、雰囲気に基づいているからね。

――アドテク側へ移ったとき、接待について学んだことは?

エージェンシーにいたとき、毎週金曜日にはパートナーを招待して「ビール・フライデー」を開いていた。アルコールや食べ物の費用と引き替えに、販売担当者が我々と話をしていく機会だ。私が販売サイドに回ったときは、ありとあらゆるエージェンシーが接触してきて、いろいろなことを要求してくる大胆さに驚かされた。

――それが極端に走るケースもあると?

接待を依頼してくることと、接待を要求してくることには違いがある。我々が相手をコンサートに誘った場合、会場までリムジンで連れて行ってもらえないかと頼まれることがある。我々が同行するというと、相手は驚く。

我々はクリスマスにはちょっと変わったプレゼントを贈る。私が贈るのは全体のうちの100人だけだ。ビジネスの世界で有名なある人物がいて、彼はうちのクライアントではなかったのだが、うちに電話をかけてきてプレゼントが欲しいと言ってきた。それ以来、彼に対する私の見方は変わった。

――ジェネレーション・ギャップを感じることは?

ある。特に、自分の半分ほどの年齢のCEOと仕事をするときには。年齢が半分の相手とは、音楽の話をするといいようだね。

――アドテクの現状について、かなり幻滅しているようだ。ブランドに対してアドバイスをするなら、いま、どこにお金をかけるべきだろうか?

差別化ができていないこのビジネスにおいて、ほとんどの人が売っているものは、色の違うボタンだ。そのボタンはインプレッションをもたらすが、無視していいインプレッションでしかない。こんなことを話すと、心が張り裂けそうだが、私ならFacebookとGoogleにお金をつぎ込む。このふたつには、ほかのところにはない、リッチで詳細なデータがある。

――Facebookの支配が続くことは、パブリッシャーにとっては良くないのでは?

パブリッシャーがFacebookから離れたら、我々にはお互いのステータスの更新しか残らないようになる。それは急速に、非常に退屈なものになる。

より質の高いプロフェッショナルなコンテンツを取り戻すようなパブリッシャーは、全員にとって、文化的にも社会的にも、広告主にとっても、良いものだ。多すぎる広告インプレッションは、ひとつひとつのインプレッションの価値が低いことを意味する。メディアの民主化は良いことではない。

Lucia Moses(原文 / 訳:ガリレオ)
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