商才ゼロのパブリッシャー、俺たちに明日はあるのか?:音楽業界の次に救いがない業界

本記事は、男性ライフスタイルのデジタルマガジン、「チートシート(Cheat Sheet)」創立者CEOであるダミアン・ホフマン氏による寄稿です。

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昨今における、業界のホットな話題といえば、「どれほど儲かっているか」ではなく、「どれほどすごい指標を達成したか」というものばかりだ。BuzzFeedが業績予想を下方修正するなど、ビジネスモデルの欠陥を示唆する危険信号が出まくっているのに、プラットフォームビジネスを煽る傾向を「ニューメディア」パブリッシャーたちはおかしいと思わないのか? それとも自分が歳を取っただけか?

我々パブリッシャーは、数十億ドル規模の問題を抱えている。経済の基本に立ち戻らない限り、我々には救いがない。

デジタル色眼鏡をはずし、ビジネスモデルの歪みを直視すべし

指標データに目が眩んでいるデジタル業界を覚醒させるには、アナログな譬え話がいいのかもしれない。業界全体がこぞって Facebook(などのプラットフォーム)に対し、何百万ドル分にも相当する動画をタダで作ってやっているという状況は、言うなれば、メーカーや卸売り業者が、ウォルマートやAmazonに無料で商品をくれてやっているのと同じことだ。

いったい、どの世界でこんなビジネスが成立するというのだろう? 機会を逃したら負ける、というFOMO(Fear Of Missing Out – 「乗り遅れ不安」のこと)に取り憑かれたベンチャーキャピタルや戦略投資家が、投資という名の生活保護でタダ動画のコストを補助する一方、生活保護が貰えないパブリッシャーにはFOMOを植え付けて馬車馬のごとく働かせ、プラットフォームのキャッシュフローが滞らないようにしている。これがビジネスと言えるのか?

つまり、経済的な視点から言えば、Facebook動画は、年金とか機関投資家のまっとうな資金を、Facebookのバランスシート上に移していることを意味する(Facebookを儲けさせている)。資金パイプの役割を果たしているのがベンチャーキャピタルと戦略投資家、そしてパブリッシャーである。

この異常事態は誰の責任?

言っておくが、Facebookを責めることはできない。マーク・ザッカーバーグと彼のブレーンたちは、自分らの資産をマネタイズする最善の方法を追求しているにすぎない。

パブリッシャーたちが、「クラウドソースモデルで無料のコンテンツを差し上げます!」と迫ってきたら、Facebookとしては「まあ、あなた方が採算を度外視して平気だというなら、うちは全然かまいませんけど」というしかないだろう。

業界の大手人気パブリッシャーに、多少なりとも常識と矜持があったなら、小売店(つまりFacebook)に対し、メーカーや卸売り業者(つまりパブリッシャー)にきちんと利益が出るまともなビジネスモデルを持って出直してこい、というはずだ。しかし残念ながらメディア業界は、商才の無さにかけては、音楽業界の次に救いようがないのだ。

ウォーレン・バフェットに嘲笑されているこの状況は、10年後に振り返ったとき、パブリッシャーの黒歴史として記憶されていることだろう(メディアが受けるべきマージンをアドテクに吸わせっぱなしにしている状況も然り)。

パブリッシャー本来の価値を取り戻すには?

眼科医もビックリするほど「人間の目」が大事になってしまったメディアは、ビジネスモデルの面でバカを見ているという事実に気づかねばならない。最低限必要な知恵として、「ニュービジネスのインターフェイス」にも、昔ながらの商学が必要である、と肝に銘じるべきだろう(「ニュービジネスのインターフェイス」とは、要するにメディアの根源的な価値を提供する新しい方法のことだ)。

人目に触れる機会に投資するのではなく、メディアとしてのプライドを取り戻し、配信やアドテクのパートナーたちに、「コンテンツは王様」であるということを思い出してもらおう。優れたコンテンツを生み出すクリエーターが生活していけるだけの報酬を確保するには、コンテンツにきっちり対価を払ってもらわないと困るのだ。

業界のパートナーたちは、50%以上のマージンが可能だと自慢している。それなら、「メーカー」にまっとうな対価を支払う余裕があるはずだ。

パブリッシャー諸君。好むと好まざるとにかかわらず、我々は同じ業界に属している。エコシステムにおけるメディアの「代えの利かない」ポジションを守り、メディア本来の商業的価値を取り戻そうではないか。

Damien Hoffman(原文 / 訳:片岡直子)
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