日経、若年層向け新デジタル媒体ローンチ、加速する広告戦略:電子版役員渡辺氏インタビュー

老舗パブリッシャー(媒体)の勢いが増している。老舗パブリッシャーがデジタル媒体のノウハウにキャッチアップしているからだ。日本経済新聞社は「日経電子版」を成功させ、デジタルサブスクリプション(定額制)モデルの最先端を走る。2015年7月に行われた、英「フィナンシャル・タイムズ(FT)」の買収は業界に衝撃を与えた。

そんな、同社デジタル関連事業の中、デジタル編成局の中心的存在が、電子版担当執行役員の渡辺洋之氏である。デジタルに強い老舗パブリッシャーの代表として、いかに生き残り、戦略をしかけてきたのか聞いた。渡辺氏は今年をデジタル広告の強化の年とし、2016年2月14日にBtoCの若年層向けデジタル新媒体を立ち上げることを明かしてくれた。

モバイルの力が強くなっています。Facebookをモバイルだけで利用する人が半分を超えていますが、どう見ていますか?

現状「日本経済新聞 電子版」において、ページビュー全体におけるスマートフォンの割合は20%ぐらい。いまでも読者のメインはデスクトップです。これは、日経が読まれている領域が、他紙と異なるということでしょう。ビジネスアワーの閲覧が圧倒的に多い。そこが我々の強さだと認識しております。今後は、デスクトップ流入を減らさずに、そのままモバイル流入を増やすイメージを描いています。

会社で、仕事をしているときに日経を開いていても、文句を言われることはないと思います。確かに日々流れてくる情報をキュレーションで読むかもしれませんが、日経のサイトを直接大きな画面(デスクトップ画面)で見ていることは、引き続き維持されている。我々は今でも他が真似できない強さだと思っています。

もちろんFacebookなどに記事を出すようにしていますので、サイトを直接訪問する比率は少しずつ下がっていますが、今でも半分以上がトップページへの直接訪問です。検索流入よりも多いのです。これは昔からやっているブランドの強さで、日経電子版は読者にブックマークされていると考えています。

ビジネス用途という強みを、デジタル広告戦略のなかでどう活かしますか?

広告主が参考にするデモグラフィック(人口統計学)データは、日経IDを基本にします。IDの保持者は基本ビジネスパーソン。年収を含めて、ある程度、アッパークラスの方々を確保しています。基礎データにログなどを含めると、いろいろなことが実施できるでしょう。

それをさらに拡張していくためにデータマネージメントプラットフォーム(DMP)を導入、活用していこうと考えています。クライアントの皆さんと話しながら支援をしていきます。ビジネスパーソンとしてターゲットになるのは2000万人ではないかと聞いています。将来リーダーとしてマネージメントに入ることを考えている人は1000万から1500万ぐらい。1000〜1500万分人の700万人(50〜70%)をユーザーとして確保している。かたまりとして非常に大事にしたい。

IDを利用していると便利なのが、プラットフォーム経由でも、PCやスマホ経由でもログインしてもらえること。ユーザーの動向を、しっかり追いかけられます。

※編集部捕捉:日経新聞は2016年1月28日、米クラックス・デジタル(Krux Digital)のDMPを「電子版」に採用すると発表している。

日経IDが広告の基点にもなるのですね。

広告に関しては、単なるディスプレイではなくて、いわゆるコンテンツマーケティングにも力をいれたい。読者をナーチャリングして、貴重な情報をスポンサーに返すことまで視野に入れているのです。今年それが、DMPが入ってどんどん加速します。

外部のデータ企業と連携は見据えてらっしゃいますか?

個人情報利用の範囲内に限られますが、外部データとの連携は視野に入れています。特にクライアント企業との連携にはできるだけ対応できるようにはしていこうと思います。さらに、そのなかでデータの分析・活用に強い人を養成、育成していってマーケティングを一貫して支援できる体制を構築していきたいと考えています。

パブリッシャー(媒体)が自分で積極的にマネージしていく姿勢は素晴らしいですね。

これからはDMPのほかにも、アドサーバーの強化や、システム管理なども含めた読者分析を、今年はそこをしっかりやっていこうと思っております。自分たちの読者は自分たちが一番知っている、という状態を、デジタルの中でも引き続き維持していきたいのです。その上でいろんなマーケティングに使ってもらえるような、状況を、商品をさらにつくっていきたいというのが今の目標です。

メディアに関してどのような展開を考えていますか?

ビジネス向けの日経電子版に加えて、新しい「NIKKEI STYLE」というコンシューマー向けのサイトを、2月14日から始めます。ビジネス向けの日経電子版に加えて、新しいコンシューマー向けのサイトとなります。ビジネスを切り口に、コンシューマーにも役立つ、ライフ及びマネーなどの情報を届けていきます。

2月14日にはPC版とモバイルブラウザー版でローンチ予定。春にはネイティブアプリも加えフルスタートする予定です。コンテンツも順次追加していきます。月間ページビューも1億が目標。日経BPとも連携して、ひとつのカテゴリーにこだわることなく、流行をうまく採り入れて展開していきます。

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BtoCのメディアは、いま運用するのは大変だと思います。競合も多く、果てのないページビュー競争になっている。そこに我々がそのままやっていっても、長い戦いは難しいです。BtoBにしっかり根ざしたうえでのコンシューマー向けの情報を提供するつもりです。

日経IDと電子版を起点として、縦横へ連携を取りつつ、新しいマーケティングプランを提供したいと思っています。

分散型メディア戦略をとるメディアが内外で増えてきました。プラットフォームとの連携は、どのような方針ですか?

基本的に流入経路は、直接流入が半分以上という状態を保っておきたいですね。日経電子版はそういうサイトだという強さを意識しながら、必要に応じて連携していくのが理想です。逆にその強みをなくすと、極めて危険かもしれません。外部条件が我々に影響を及ぼすという状況からできるだけ距離を置いておきたいと思います。

Facebookのインスタント記事やGoogleのAMPなどがあります。プラットフォームがモバイルのロード時間・ユーザー体験を改善する手立てを用意していますね。

結局、相手がやり方を変えたら、例えば広告のレベニューシェアなどを変えたら事業の運営が非常に難しくなります。ですからインスタント記事もまだ試験的に参加しているという立場です。「インスタント記事」のような機能が必要かどうかも環境が変われば変わるかもしれません。長期的な視野を持つことが重要です。

モバイルは東京オリンピックの時は、4K映像が普及しているかもしれません。CPUも当然4倍〜8倍くらいは早くなると思いますから、ある性能がボトルネックになった問題は、数年後には間違いなく、何もしなくても解決されているはずだと思います。

私はパソコンの取材をずっとやってきました。ムーアの法則(集積回路の性能が18カ月ごとに倍になる法則)を目の当たりにしてきたのです。昔、Windows95が発売されたとき、インテルのプロセッサは、20センチ角のサイズでした。いまは5ミリ角ですよ。だからIoT(Internet of Things)になるわけじゃないですか。

そのうち、有機ELも採用されるでしょう。きっと、2020年のモバイルは、ものすごいことになっています。通信速度も少なくとも4、5倍にはなっているでしょう。だから、逆に言うとコンテンツのディストリビューションに関する問題は、インフラがある程度カバーしてくれるはずです。それを意識しながら、いまは投資を振り分けています。なにより、我々は自身の技術を磨くことが、もっとも大事です。

FTの買収は、どのようなシナジーを生み出しています?

2015年の11月をもって、やっと買収を完了したばかりなので、これからですね。FTのCEOや編集局長も参加する共同イベントの実施も仕込んでいる最中です。ディスプレイ広告の表示時間をベースにしたCPH(Cost-per-hour)パブリッシャー広告連合などの取り組みについても、いま一生懸命教えてもらっているところなんですよ。特に、やっぱり広告業界はこれからハードなマーケットになっていきますので、人材の交流を深めて、課金を含めた新しい考え方を話し合っていきます。

日本との違いは何でしょうか?

日本とイギリスの大きな違いのひとつは、日本は広告の単価が低すぎるということです。だから、日本の大手プラットフォームに対して何度も「お願い」をしたことがあります。やっぱり在庫を抱える人たちが価格を握っているため、全体がそれに引っ張られてしまうのです。

そこを是正したいですが、パブリッシャー同士で連合すれば好転するかといえば、そこは状況がヨーロッパとは違うかもしれません。相手がFacebook、Googleになると、連合したとしても大したシェアではないという面もあります。もうひとつ工夫がいると思うので、そこは情報交換しながら、時にこっちが実験台になったり、時に向こうが実験台になったりしながらやっていくのでしょう。

今後の生き残りは、どのような戦略を考えていますか?

媒体社にとってイベントが重要になるでしょう。記事で広めるという時代から、「それをベースにリアルでなんかしようよ」というカンファレンスに広がりそうです。ネットだけにとどまらない展開は、逆説的ですが、ネット時代の面白さと言われます。

それから「ウォンテッドリー(Wantedly:日経は2015年6月同社と資本業務提携している)」。これまではキャリアアップをするなら、人材会社を頼りましたが、いまの若い人たちは「『ウォンテッドリー』をちょっと見に来てよ」というふうに、どんどん繋がっていきます。読むだけではない世界をどこまで広げられるかということですね。一緒に遊ぶとか参加するってことでもいい。

エイトとの提携(Eightに登録した名刺に関連した記事を、日経電子版の中から自動的に選んで知らせるサービスを始めた)に関しては、違うアプリを立ち上げる時も日経の情報を消費してくれることを期待しています。朝刊夕刊だけじゃない世界観をもっと広げたいと思います。

どのように戦略を立てていますか?

私はテクノロジーオタクなところがあります。スマホでもなんでも、たいがい自分で使ってみますから。紙の手帳は使いません。そういうとこから自分で努力してるってことですね。

メンバーが「これやりたいんです」と言ったときに、いいか悪いかわかんなくなるとまずい。デジタルのマネージメントはそれじゃダメだと思いますよ。だから一生懸命頑張ってやってますよ。健康管理とかも、Fitbitを利用しています。自分自身もデータで見える化することは大事だと思います。購入して、まだ1カ月くらいですが、新しい発見があることを期待しています。

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リストバンド型活動量計「Fitbit」で健康データを計測し、体調を管理している。

アプリも自前で作ってます。そういう意味では、指標も含めて、内製化していますね。これからもっと外注化して、稼働を軽くすることもあるとは思うけど、しばらく変わらないと思います。

データサイエンティストはいますか?

なかなかいないですね。これから育てていかないといけない。新聞社のなかで、そういう職種のキャリアアップのイメージがないので、採用は難しいと思っています。いまのスタッフを育てて、キャリアアップさせていくことを考えています。

組織としては、実は前は編成で企画を立てる人と商品企画、エンジニアの開発とで分かれていましたが、数年前に一緒にしました。ひとつの組織の中で、全部混じっているというので、例えばプロジェクトではエンジニア兼リーダーを据えたり、マーケティング担当者が一緒に開発をやったりと「一緒くたにする」ことをしています。組織の長になるというよりは、組織を回せる人ということです。

IT企業を意識はしています。エンジニアがエンジニアのままではつまらないでしょうし、それだと、いつか技術が変わった時に通用しなくなります。やっぱりプロジェクトとしてPDCAを回すことを経験するのは、大事なことでしょう。

チーム内での連絡は、2年くらい前からメッセージングアプリ「Slack」を使っています。うちの会社は定期的にシリコンバレーに行く機会がある社員がいます。どうやら向こうではこれが流行っていると聞いて導入しました。「Eメールが業務妨害」という話もありますからね。

 

▼渡辺洋之digiday2016_0076_fin
日本経済新聞社 電子版担当執行役員

1961年生まれ。85年早稲田大学卒業、同年日経マグロウヒル社(現日経BP社)入社。以来、経営及びIT関連の専門媒体の編集記者及び編集長として従事。2005年からインターネットの事業開発を担当する。一般の速報ニュースがコモディティ化するにつれ、今後ますます的確な解説情報を提供する専門媒体がより有利な地位を得るというのが持論。2009年から日本経済新聞社の電子版開発のプロジェクト運営を責任者の一人として担当し、電子版の創刊後は電子版事業運営とデジタル新事業開発を担当する。

 

Photo by 渡部幸和