媒体社はなぜ、体験型マーケティングに進出するのか?:NYTやコンデナストはエージェンシーを買収

ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)はここ数カ月、韓国の自動車メーカーである起亜(Kia)自動車が販売する「カデンツァ(Cadenza)」の最新モデル車を、さまざまな場所でお披露目してきた。ときには同社のデザイナーによるARを活用したプレゼンテーションの場で優美な姿を見せ、またあるときにはアーティストと共演させ、さらに米国のシェアオフィス「ノイエハウス(NeueHouse)」ハリウッドのナイトイベントで主役として登場させたりしている。

数週間にわたって各都市で展開されたこの一連のキャンペーンを手がけたのは、ニューヨーク・タイムズが昨年買収したフェイク・ラブ(Fake Love)だ。同社は、仮想現実(VR)やARにフォーカスしたデザインエージェンシーで、現在50人ほどの規模。パブリッシャー各社は、ブランドやマーケターとの事業の幅を広げるなかで、体験型マーケティングに生き残りをかけている。

ニューヨーク・タイムズとコンデナスト(Conde Nast)は最近、既存のエージェンシーを買収し、この分野に参入した。ほかのパブリッシャーは自社で専任の人材を雇い入れたりしている。たとえば米総合出版社メレディス(Meredith)は7月、オムニコム(Omnicom)が所有するエージェンシーのセリーノ・コイン(Serino Coyne)からクリサン・ガスパロ氏を引き抜き、自社のブランデッドコンテンツスタジオであるスタジオM(Studio M)内に体験型マーケティングサービス部門を立ち上げた。

テレビ広告より体験型

「かつては、最高マーケティング責任者(CMO)との会合でメディアについて語り合ったものだ」と、ニューヨーク・タイムズの広告担当シニアバイスプレジデントで、ネイティブアド制作部門 Tブランドスタジオ(T Brand Studio)を率いるセバスチャン・トミッチ氏は振り返る。「今日、バナーの話をしたがるCMOなどいない。話題にしたいのはサービス、つまり体験型、戦略、クリエイティブだ。いまやメディアは下流の要素であり、もはやマーケティングに必須とは思われてない」。

ジョン・レジェンドのパフォーマンスが聴けて、しかも車を演奏できるの!? 楽しい夜になりそう。呼んでくれてありがとう、@kiamotorsusa! #ad #KiaCadenza
Kina Grannisさん(@kinagrannis)がシェアした投稿 – 2017年1月24日

体験型マーケティングは、パブリッシャーのコア事業とかけ離れているように思えるかもしれないが、パブリッシャーが注目する理由は容易に理解できる。ブランドマーケティングエージェンシーのフリーマン(Freeman)の調査によると、CMOの3人のうち1人は、今後3年〜5年内に体験型マーケティングが、マーケティング予算の20%以上を占めるようになると考えている。「体験型」に含まれるのは、イベント、見本市、スポンサーシップ、展示会、常設のインスタレーション、VRやARの体験、ポップアップストア(期間限定店舗)だ。

イベント・マーケティング・インスティテュート(Event Marketing Institute)が2016年に実施した調査では、9割のCMOが翌年のイベントや体験の予算を増額すると回答した。この調査によると、同カテゴリーに使われる広告費の総額は、今年11%増加する見込みだという。

こうしたトレンドは、ニューヨーク・タイムズ傘下となったフェイク・ラブの業績にも好意的に働いている。ニューヨーク・タイムズの広報担当者は、具体的な数字は伏せつつ、フェイク・ラブの事業規模は前年比で倍になったと明かした。フェイク・ラブの創業者ジョシュ・ホロウィッツ氏は、成長は続くと見込んでいる。「来年、CMOはますます体験型にシフトし、テレビよりも優先することになるだろう」。

効果測定に壁

ブランデッドコンテンツと同様、体験型マーケティングはパブリッシャーにとって困難な面もある。イベントは毎回ユニークであり(企画書の決まり文句は「これまでにない」だ)、イベントごとに新しい美術、デザイン、出演者、備品が必要となるため、かなりの出費となる。このビジネスに詳しい情報筋によると、体験型マーケティングのエージェンシーでは粗利益率30%が相場であり、ビジネスのスケールも難しい。

体験型マーケティングではさらに、パブリッシャーとブランドが直接つながる必要があるため、あいだに立つエージェンシーは快く思わない。「メディアエージェンシーを通して広告事業を手がける場合、彼らのビジネスや予算の関係で、イベントへの大きな投資は簡単にはいかない」と、コンデナストの体験部門を統括するジョシュ・スティンチコーム氏は語る。

これもまたネイティブ広告と同じだが、体験の効果を実証するのは難しい。リファイナリー29(Refinery29)のイベント「29ルームズ(29Rooms)」は大量のインスタグラム投稿を生んだかもしれないが、それがブランドイメージの向上や商品購入につながったことを証明するには、往々にしてミルワードブラウン(Millward Brown)やニールセン(Nielsen)といったサードパーティーサービスに頼らねばならない。

「ROIが簡単に測定できるようにはなっていない」と、体験型マーケティングエージェンシー、ソーホー・エクスペリエンシャル(SoHo Experiential)を2005年に創業したパートナーのリック・カイリー氏は語る。「私はアドインプレッションをあまり信用していない」。

イベントからコンテンツに

完全にブランド主体の体験は、必ずしもパブリッシャーのコアプロダクトと折り合いがいいわけでもない。パブリッシャー主体のブランドイベントであれば、広告主にメリットもあるが、その逆は考えにくい。パブリッシャーのなかには、体験型マーケティングを大口顧客との提携の枠を広げる布石と捉えているところもある。

「我々の仕事の大部分は、マーケターのための総合サービスだ」と、メレディスのデジタル担当シニアバイスプレジデント、マーク・ロスチャイルド氏は語る。「体験型だけを求める顧客は少ない」。

そのため、パブリッシャーはブランドのイベントや活動をコンテンツを制作するために利用している。「ブランドイベントは、効率的にコンテンツを作れるエンジンとなる」と、コンデナストのスティンチコーム氏は語る。つまり、コンデナストのコンテンツスタジオ「23ストーリーズ(23 Stories)」が、自動車ブランド「リンカーン(Lincoln)」用にサウスストリート・シーポートで開催したイベントに出演する、ブルース・リバイバルの旗手ゲイリー・クラーク・ジュニアの取材を行う、あるいはそのインタビューにコンデナストの編集スタッフが参加するかもしれないということだ。

Always the plus one, never the plus. #NavigatorExperience

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いつもプラスワン! #NavigatorExperience
Chloe Kentさん(@thefakechloe)がシェアした投稿 – 2017年9月7日

体験型さまざまに活用

ブランデッドコンテンツにさまざまな形があるように、体験型マーケティングサービスもパブリッシャーによってさまざまだ。たとえばインテリアサイト「ドミノ(Domino)」は、コンドミニアムのホームステージング事業を開始した。コーコラン(Corcoran)など不動産業者と提携し、地元のインテリアデザイナーの協力を得てコンドミニアムの内装を演出するというものだ。

演出が完成すると、ドミノは撮影を行い、写真は編集記事の素材として使用される。また、ニューヨーク市内の読者にディスプレイ広告が表示され、メールのニュースレターでコンドミニアムの購入情報を伝える素材にも使われる。

「活気のないホームステージング業界をディスラプトする絶好のチャンスだ」と、ドミノCEOのイサン・コール氏は語る。「この業界では我々以外、誰もこうしたサービスを提供できない」。

Max Willens (原文 / 訳:ガリレオ)