ベゾスとともに「ワシントン・ポスト」復活を牽引した女性、コリー・ハイクのデジタル革命

ウエストビレッジレストランにて、ランチが1人の女性のテーブルに置かれたが、コリー・ハイクはすぐに食べようとはしない。いまどきの20代がやるように、「Snapchat」でランチの写真を投稿してから食べ始めるのだ。本来、彼女の世代の女性たちは「Snapchat」を日常的に使いこなすことはない。しかし、現在38歳のコリーは、臆することなく、10代に人気のSNSを使いこなすのだ。

「このSNSサービスに興味津々なのよ」と、コリーは続ける。「『Snapchat』が潜在的にもつサービスのストーリー性、それにユニークなユーザー体験、ほかのSNSみたいに他人と繋がることができない特性など、類するものがない独特な魅力が『Snapchat』を引き立たせているの。私はいつでも自分のアカウントのストーリー展開を気にしているくらいよ」。

「ワシントン・ポスト」のニュースプロダクト部門において、ディレクションの役員を務めるコリーの仕事は、新たなコンテンツディストリビューションのための情熱をニュースルームにもち込むことだ。

デジタル化が進む「ワシントン・ポスト」

「ワシントン・ポスト」は、2013年にAmazonの創業者兼CEO、ジェフ・ベゾス氏に2億5000万ドルで買収されて以来、社内に豊富なリソースを与え、事業の大幅拡大に注力している。確実に復活の兆しを見せたのは、ベゾス氏のテクノロジーに関する強い意見が社内にも影響しているからだ(実際に同氏の意見のもと、テクノロジーチームが250人に拡大された)。その一方、「ワシントン・ポスト」のブランドをより広いオーディエンスへ届けるための権限は、社内のジャーナリストたちに与えられているという。

伝統あるメディアがテクノロジーへとシフトしていく過程には、必ず不協和音がついてくるものだ。しかし、ディレクターのコリーは、ジャーナリストたちへのリスペクトを忘れずに、新しい技術への情熱をうまく社内へと浸透させている。その証拠に、彼女が推し進めた、スーパーボール(アメフトの試合)のテレビ中継で流されるテレビCMの映像をスナップチャットで投稿しあう実験的SNSキャンペーンを2014年の初めに実現させている。

「コリーは我が社でもっともクリエィティブな人材だ」と話すのは、コリーを現在の職に推薦したマーティン・バロン氏。同氏は続けて、「彼女は、いまメディア業界で何が起きているのかを的確に把握することができ、いつも新しいものに目を輝かせている。それに、世間のニュース消費者は、従来とはまったく違う形でニュース消費を行っていることを認識している。現在、新聞はさまざまな変化やいままでにないつながりに直面しており、その課題の最前線に立ってくれる彼女はニュースルームにとって重要だ」と語った。

激変したニュースの消費スタイル

人々は、ニュースメディアのホームページで直接ニュースを消費するよりも、FacebookやTwitterなどのプラットフォームを通してニュース消費をする割合が格段に高まった。幸いにも「ワシントン・ポスト」はその変化に遅れることなく、付いて行こうとしている。

米マーケティング調査会社コムスコア(comScore)によると、毎年40%の伸びを示し、2015年9月には5910万人の各種プラットフォームからのユニークビジター流入を獲得した。この数字では、「ニューヨーク・タイムズ」のユニークビジター数6670万人と、「フォックスニュース・デジタルネットワーク」の6140万人と、それほど差はなくなってきている。

このようなデータは、実際に広告を観てもらえる潜在的な数字としても受けとれる。同紙は、ソーシャルプラットフォームに掲載するコンテンツを、プラットフォームへの最適化に努め、ソーシャルでどのように効果を上げていくかを分析した結果、2015年6月、Facebook上でもっともエンゲージメント率の良いパブリッシャーのランキングにおいて、20位に入った。

これには、その月の同紙の2つの記事がもっとも高いFacebook上でのエンゲージメント率を獲得したことが貢献している。なお、上位1位〜3位は、「ハフィントン・ポスト」、「BuzzFeed」、「フォックスニュース」となっている(ニュース記事リサーチ会社Newswhip調べ)。また、「Apple News」、Facebook「Instant Article」、そして「Snapchat」のように、新しく登場したプラットフォームの活用法も模索中だ。

モバイルニュースを再考する

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「ワシントン・ポスト」のモバイルサイト

「ワシントン・ポスト」が、より広範囲のオーディエンスを獲得しようと、もっとも力を入れて促進してきたプロジェクトが、「Rainbow」というAmazonのKindle用アプリだ。このプロジェクトは、ベゾス氏がAmazonを利用して「ワシントン・ポスト」再建にテコ入れをしたもののなかで、一番わかり易いものだっただろう。その後、「Rainbow」はAppleデバイスでも利用可能になり、その他にもまだ活用していないプラットフォームを検討している。

本来、ニュースメディアにとって、アプリはユーザー数の広がりを求めるのが厳しいため(アプリユーザーであれば頻繁にアプリを活用するが、その全体数は圧倒的に少ないのが課題)、アプリ開発に尽力している「ワシントン・ポスト」はメディア業界でも稀な存在だろう。しかし、2015年9月、同紙のデジタルコンテンツへの流入元の70%はモバイルからという調査結果によれば、モバイルニュースのエクスペリエンスを最優先課題とするのは、自然なことかもしれない。

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Kindle用の新しいアプリ「Rainbow」

通称クラシックアプリとは違い、「Rainbow」は大胆な変革を試みた。ベゾス氏の「モバイル上に溢れるほど存在する情報のなかで、さらにニュースを探そうという行為は、ユーザーにとって楽しいことではない」という意見から、従来のホームページとフィードページを、雑誌のような光沢感のあるディスプレイに仕上げた。また、雑誌のようにストーリーを1つずつ見せるフォーマットにし、全国的なニュースのみを配信することにした(地方のローカルニュースは取り上げなくなった)。

このような大胆な変化に対して、ニュースルームは反対の意を挙げるかもしれないとコリーは予想したが、驚くことに彼女が予想したような不協和音は起きなかったという。

コリーによると「編集者や記者たちは新しいアプリによって、自分たちの仕事が綺麗にディスプレイしてあることに満足した」という。「このようなことは彼らにとって初めてだったの。いままでデジタルのもつ技術に対してあまり目が向けられていなかったということ。これがきっかけで『ユーザー視点の重要性を見つけた!』と思ったわ」。

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2010年、カンファレンスにて、新聞の紙面をプリントしたドレスを着用するコリー。

ニュースメディアとしてのWebの力

コリーのキャリアは、ルイジアナ州ニューオーリーンズのローカルメディア「Nola.com」で、「タイムズ・ピカユン」紙のWeb中継のレポーターを務めることから始まった。ニュースをWeb上でライブ中継するというのは当時まだめずらしかったが、5年後、ハリケーン「カトリーナ」が同地を襲ったとき、彼女がライブレポートした壊滅的な報道が、ニュースメディアとしてのWebの力を世間に知らしめた。結果として、「タイムズ・ピカユン」紙は公共サービスに大きく貢献したと認められ、2006年に同紙がピューリッツァー賞を受賞したことは、コリーの活躍が大きく寄与している。

その後、彼女の活躍は「シアトル・タイムズ」の目にとまり、移籍後、ソーシャルメディアチームの創設に携わった。2007年から2010年まで同紙で働いたあと、「ワシントン・ポスト」からのスカウトで現在に至る。

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デジタル部門のチアリーダーとして迎え入れられたあと、「シアトル・タイムズ」からポンポンとメガホンをプレゼントされたコリー。

移籍当初、コリーは国際ニュース部門に配属されたが、「新しいことを始める」という彼女の適正にすぐに気づいた上層部は、コリーを商品設計担当に異動させた。それ以降、ローンチを見送ってきたものは少なからずあるが、彼女は数多くのサービスのローンチに携わってきた。

ベゾスの右腕として働くこと

現在、コリーは20人の選ばれた精鋭たちが集うチームを率いており、彼らは隔週でベゾス氏とのミーティングを行っている。ベゾス氏は仕事に対して非常に厳しく、働きにくい上司だとAmazonでは知られているが、コリーにとってはまったく異なるようだ。

「テクノロジー全体のニュアンスや目的を常に理解している人から後押ししてもらうことは、とても素晴らしいこと。ベゾス氏とは頻繁に話し合い、詳細についてまで議論し合っている。これは自分にとって、とても貴重で新しい経験だ」とコリーは語っている。

しかし、新しいサービスや商品を展開していくことは「ワシントン・ポスト」にとって良いことばかりではない。同紙でコリーを雇い、いまはグローバルニュースメディア「ニュースコープ」の戦略部門でシニア・バイス・プレジデントを務めるラジュ・ナリセッティ氏は、次のように話す。

不安要素と課題

「新しいサービスをローンチしていくのはいいことだが、長い目で見ると、誰がそのサービスを運営していくことになるのかという話になる。これを考えた場合、確実にニュースルームへの重荷となるだろう。我々はニュースルームがサービスの格納庫になってしまうリスクを考えておかなければならない」。

コリーは、サービスをローンチしたあと、サービスの最終的なかたちを意識して、どのようなサポートやリソースが必要になってくるのかを理解する必要があると、課題を認識している。

また、安定的なオンラインモデルを見つけたいメディアにとって、新しいプラットフォームの活用がビジネスにどれほどのインパクトをもたらすのかという課題もある。プラットフォームの活用で、新しい有料登録者数はどれほど増えるのか、または広告を売ってくれるオーディエンスの獲得につながるのか、などだ。しかも、「Snapchat」のような閉鎖的なSNSの活用は若者の興味を惹き、人気を集めることは出来ても、彼らが潜在的なニュース消費者であるとは限らない。「Rainbow」アプリに関していえば、将来の有料登録者になってもらうための良い働きかけになるとは思うが、それすらもまだ評価するには早過ぎるのかもしれないのだ。

同紙は、「Rainbow」に関する詳細なデータはまったく公開しておらず、「いまのところとても順調だ」と述べるに留めている。これに関しては、コリーも回答を避けた。

現在、プラットフォームの動きも目を外せない。以前コリーは、「VOX」と「BuzzFeed」とともに、Googleから「アクセレート・モバイル・ページズ(AMP)」というプロジェクトで、ページのロード時間の加速化のための提携を求められたそうだが、拒否した。

デジタルコンテンツの将来

「『Rainbow』アプリがニュースルームにもたらしたいい影響として、全国的にも世界的にもオーディエンスを獲得できたことだ」と語るのは、同紙でスタッフライターとして働き、ライター組合の長でもある、フレディ・カンクル氏。しかし、「ワシントン・ポスト」が広範囲のオーディエンスの獲得を目指すようになればなるほど、地域のローカルニュースやそれをレポートするライターの立場は危うくなる。

同氏は、「『Rainbow』アプリが、ローカルニュースに光をあてることはないだろう」とし、最終的に「Rainbow」の登場によって、「ワシントン・ポスト」の専属ライターを世界中に抱えることになるのではないかと疑問を呈した。

これに対しコリーは、現在、「Rainbow」でローカルニュースを扱うことはないが、状況によって変わってくるものだと述べ、ローカルニュースは従来のクラシックアプリとモバイルサイトのみに限定しているという。

とはいっても、「ワシントン・ポスト」の復活ぶりは生き馬の目を抜くようで、ベゾス氏によりもたらされた変革であることは大きい。しかし、ベゾス氏の野望は大きく、今後もさらなる変化を強いられることになるだろうし、同メディアのジャーナリズムとしての大義も忘れてはいけない。

コリーは「アプリ開発には人も金もかかる。しかし、この出資には最終的に見合った利益を生み出さなければならない。いまが幸運な時期にいるからこそ、常にいまの投資や戦略が的を射ていて、正しい道筋にいることを気にかけている。現在の成長が少しでも衰退してしまえば、とたんに利益を生み出せなくなってしまうから」と、将来の展望について楽観はしていないようだ。

Lucia Moses(原文 / 訳:中島未知代)
Image from DIGIDAY