「オーディエンスファーストで読者の居場所にいち早く」:毎日新聞デジタル担当取締役 小川 一氏

米国では「ニューヨーク・タイムズ」と「ワシントン・ポスト」がデジタル化を競う時代となり、先行するデジタルファーストメディアに追いつきつつある。Facebook「インスタント記事」や、Googleの「AMP」のような、モバイルプラットフォームも整いつつある。こうした外的環境の変化に対し、レガシーメディアである国内の新聞社はいかに対応するのか。

2015年6月に電子新聞サービス「デジタル毎日」をスタートさせた毎日新聞。同サービスの責任者で、総合メディア戦略担当デジタル担当取締役の小川一氏に、毎日新聞のデジタル戦略を聞いた。同社のメディアビジネスの未来を解くカギは「オーディエンスファースト」というキーワードだ。

「デジタル毎日」もそろそろ1年経ちますが、今後の展開について教えてください。

「デジタル毎日」は2015年6月にスタートし、有料会員数は非公開ですが、無料会員は64万2000人、メール会員もまもなく30万人に達するところで、目下、さらなる有料会員の獲得を進めていくところです。

有料会員によるサブスクリプション(定期購読)モデルと、広告モデルが収益の柱で、2015年12月には、日本の新聞社では初となるコンテンツ管理システム(CMS)を自社開発、導入しました。また、データマネジメントプラットフォーム(DMP)も導入し、会員基盤の有料化に役立てたいと考えています。

将来的には、各紙、毎年100万部以上のペースで落ち込んでいるといわれる紙の購読者数を補うのが目標で、かつ、新しいメディアとして生まれ変わらせたいと考えています。

CMSはどんなきっかけで導入したのですか?

読者の関心や動向を把握して、即座に記事を変更するというときに、記事更新にかかる運用を内製化してスピード化を図りたかったのと、スマホをはじめとするモバイル対応を念頭に導入しました。

記者ブログを簡単に作るための仕組みという側面もあり、将来的には、記者が一人ひとりブログを持って、その集積体がニュースサイトとしての毎日新聞のWebになるという構想をもって設計しています。

一方、記者による速報性という課題に対しては、記者によるSNSの積極利用があります。取材現場で写真や動画をアップしたり、状況を投稿したり、多面的な情報発信は心がけているところです。

将来的にDMPはどう活用していきますか?

デジタル毎日を広告プラットフォームや、コンテンツの進化に活用していくときに、たとえば、ネイティブアドを作るとき、誰が、いつ、どういう環境で、何を見にきたかを把握、分析した上で広告を制作するのが当たり前になってきます。将来的には、利用者の閲覧動向を把握し、広告配信などのアクションプランの最適化を実現する仕組みとしてDMPを活用していきたいです。

ネイティブアドについては、新聞社の中では報道と広告のすみ分けという課題があると思います。報道の信頼性の担保についてはどうお考えですか?

報道のファイアウォールはきちんとしなければなりません。ネイティブアドの制作は、報道を行う編集部とは別に、広告局の企画推進室が行い、報道の独立性は守りつつ、これまでの取材で培った取材ノウハウや書く力を、広告(ネイティブアド)と明示したうえで、読者にステマと誤認されないように展開していきたいです。

スマホの時代に、利用者は広告をブロックすることが当たり前となり、デジタルの広告単価は総じて低いのが現状です。そうなると、新しい広告手法として、ネイティブアドを選択する流れは避けられないでしょう。ですから、報道の独立性の確保と、広告であることの明示、この2点をきちんと両立しながら取り組んでいきたいです。

Facebookは、利用者の半分がスマホオンリーでの利用ということですが、デジタル毎日ではどうですか?

デジタル毎日の閲覧者数の比率は、モバイルとデスクトップが6対4と、モバイルが多いです。2015年11月に月間ではじめて、モバイル利用者がデスクトップを上回りました。2016年中には7対3くらいの比率まで行くでしょう。

スマホの時代に、スマホの中に存在がなければ埋没してしまいます。そうした危機感のもと、きちんと立ち位置を確保していきたいです。

具体的に、若い層にどのようにアプローチしているのでしょう?

やはり動画が中心になっていくでしょう。2015年に毎日新聞のニュースサイトではじまった「注目ニュース90秒」というコンテンツは、記者やデスクが編集局から記事について動画で解説するものです。なかには、いままでの新聞づくりのなかで決して表に出てこなかった、レイアウトや校閲担当の記者が前面に出て、言葉のことや紙面のことを解説することがあります。フラットなデジタルの時代は、バックヤードの人が、取材記者よりも注目される時代ともいえます。

また、収益化という点でも、90秒の動画で、テレビ局に何本か販売された実績があります。その意味では、新たなコンテンツ販売の可能性を感じています。

そして、どうすれば動画で伝わるか、新しい時代のスキルを磨けるという意味で、新たなノウハウの獲得という点でも意義があります。毎日新聞は、もともと記者の個性を大事にする気風、伝統があります。デジタルの時代は、記者の動きが全部可視化されるので、生の声が聞けるし、我々の伝統、価値をさらに増大させる力があると考えています。

もうひとつの切り口は、ニュースをマンガで解説するコンテンツです。スマホ向けに「スマ町銀座商店街」(現「毎日まんがニュース」)というアプリを作り、定期的にコンテンツを配信しています。

では、Yahoo!やFacebookといったプラットフォームへの対応はどうお考えですか?

以前は、「デジタルファースト」といって、記事の速報性が重要視されてきました。最近は、NYタイムズのCEOも提唱するように「オーディエンスファースト」。すなわち、読者のいるところに、いち早く毎日ジャーナリズムを届けなければなりません。

世界全体が「分散型メディア」に移りつつある中で、時代の流れに対応し、デジタル毎日の価値を守りつつ、SNSやプラットフォームとうまく連携していきたいと考えます。

成功例が2つあります。1つ目は、2016年1月14日付朝刊で、SMAPの解散危機が報じられた翌日に、スポーツ面が「青いイナズマ 白星発進」「作戦通り 弾丸ファイター」など、SMAPの名曲に絡めた見出しをつけました。これが「神紙面」などとネットやSNSでも数多く言及され、拡散されました。SNS、紙、デジタルということでなく、メディアとしての毎日新聞の価値が高まった事例といえます。

2つ目は、「医療プレミア」「経済プレミア」という「デジタル毎日」の有料会員向けのコンテンツがあります。その経済プレミアの中に、東芝の不正会計問題を追った特集があり、これが話題を呼んで紙にスピンオフし、『東芝 不正会計 底なしの闇』という書籍になりました。デジタル独自の特集コンテンツが紙の価値を高めた事例といえます。

Facebookの「インスタント記事」など、プラットフォームが提供するサービスへの対応はいかがですか?

「インスタント記事」は、1月にメディアパートナーとして提携を発表し、目下、テスト導入を進めているところです。モバイルでの記事の読み込みは相当速くなったという印象です。また、モバイルアプリ内には、Facebook広告も自社広告も入れられるようになっていて、どちらを選ぶかはメディア側に委ねられているので、単価を見ながらメリットのある方を選びたいです。

また、モバイル検索結果からページ表示を高速化する、Googleの「AMP」(Accelerated Mobile Pages)についても、発表当初からAMP対応を発表しており、AMPで策定された仕様に沿ったモバイルサイトの対応を進めているところです。

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「毎日新聞は『ガーディアン』のようなメディアを目指したい」と語る小川氏

プラットフォームとのすみ分けという意味で、「Yahoo!トピックス」などのプラットフォーム側に主導権を握られる構造については、どのようにお考えですか?

Yahoo!は、月間128億PVと圧倒的な力を持っており、それは認めざるを得ません。しかし、いまはプラットフォーム自身がメディア化を志向している時代です。そのなかで、コンテンツホルダーとしての既存メディアの価値、新しい組み方、展開の仕方があると考えます。

一方で、SNSの台頭により、新聞記者がメディアになる時代でもあります。記者が発信するSNSを見ればコンテンツがあり、記者自身がコミュニティを作れる時代です。コミュニティ化により、プラットフォームとは違う、毎日新聞2000人の記者コミュニティの価値が必ず見直されるはずです。まさに、プラットフォームへの一極集中から、分散型へのシフトです。

今後のデジタルでのサブスクリプションモデル(定期購読モデル)の見通しについてお聞かせください。

収益化(マネタイズ)できないと生きていけないのは確かです。分散型の時代に突入し、コンテンツホルダーのメディア側が存在感を示し始め、定期購読型のモデルで収益化する環境は整いつつあると感じます。

デジタルでは紙の原料費がかかりません。輸送費、個別配達費というコストが不要なため、利益率はデジタルの方が圧倒的に高いです。一方で、紙媒体の個別配達網も重要な資産で、我々は業界全体としてこれを守りぬく必要があります。

その意味では、理想は、デジタルで儲けたお金を、配達網を守ることに使うことを考えていかないといけないでしょうし、個別配達網を守るために、業界全体での取り組みが必要でしょう。

コンテンツの量と質という点では、レガシーメディアと呼ばれる新聞に圧倒的に優位性があります。現状はまだ、紙中心のビジネスモデルから脱却しきれていませんが、「オーディエンスファースト」の時代に、生き残るための環境は整いつつあると考えます。

最後に、パーソナルな話として、小川さん自身のSNSの活用について聞かせてください。

紙の編集局長時代に、デジタル報道センターというデジタル部門の編集チームを作り、写真部を写真映像報道センターと動画を中心に発信する組織に変えて、編集局の全部署のメンバーは、全員TwitterとFacebookをやりなさいと推奨しました。私自身、個人的にTwitterとインスタグラムのアカウントを取得し、Twitterは、朝起きて必ず、朝刊の記事の紹介をツイートしています。

Twitterを積極的に活用したきっかけは?

2011年の東日本大震災です。それまで私は、アカウントは取得していて、プロフィールには「記者とかしています」と新聞社の社員であることは明かしたものの、匿名で利用していました。

震災直後、被災者を励ます海外のツイートを見て胸を打たれました。それらは「Pray for japan」としてまとめられ、タイムラインを見るうち、日本を応援してくれる仲間の輪に自分も入りたいと、積極的に利用しはじめました。

しかし、当時のフォロワー数は20人程度。あるとき、報道の「リーク」をめぐる話でいろんな人がTwitter上で議論をしているのを見ました。そこで私は、飛び入りで「情報を取るときは提供者の懐に飛び込んで情報を取ればいい。そのあとは自分の信念に従って主体的に書けばいい」という主旨のツイートをしたのです。すると、20人のフォロワーが一晩で一気に200人くらいに増えました。そこからフォロワーが一気に増え、月に、300人から400人ペースで増えていき、現在は、1万6000人くらいです。

匿名のアカウントを実名に切り替えたきっかけは?

2012年2月2日付朝刊「記者の目」欄で、「マストソーシャル、二つのメディアの協働を」という署名記事を執筆したときに、Twitterアカウントが匿名ではそぐわないと、実名に切り替えました。Twitterは情報を出すとすぐに反応があって、レスポンスが早いのでやめられません。記者のブランドという意味でも非常に親和性が高いので、自分自身、どこまでやれるのか、可能性を探ってみたいと思って続けています。

ときにはツイートの内容で炎上することもありますが、良い反応も多いです。「読者とダイレクトにつながる」実感を、組織にも広げていきたいです。

Written by 阿部 欽一
Interview by 吉田拓史、阿部 欽一
Photo by 渡部幸和

▼小川 一 mainichi3
毎日新聞社 取締役 総合メディア戦略担当 デジタル担当

1958年生まれ。京都大学卒業後、81年毎日新聞社入社。社会部長、販売局次長、コンテンツ事業本部次長、「教育と新聞」推進本部長、編集編成局長などを経て現職。2015年6月にスタートした毎日新聞の電子新聞サービス「デジタル毎日」の責任者として、ソーシャルメディアとマスメディアの協働を追求している。共著に『犯罪報道と人権』(現代書館)、『報道される側の人権』(明石書店)、『犯罪被害者対策の現状』(東京法令出版)、『あなたの個人情報が危ない』(小学館)など。