デジタルジャーナリストにプロダクト開発は欠かせない?:モバイルをめぐる報道の未来

東京・音羽の講談社で2016年3月11日に開かれた「デジタルジャーナリズムフォーラム2016(DJF2016)」。このイベントでは、メディアビジネスとジャーナリストらメディア人の新しい未来が模索された。

いま、急激に多様化するメディア接触のなかでもっとも重要なのは、情報がモバイルでエクスペリエンス(体験)されることだ。メディア人がこの体験にタッチするには、データの知見を活用することと、シリコンバレー的なプロダクト開発という思考枠組み(マインドセット)が不可欠だという状況が、DJF2016では浮き彫りになった。

ジャーナリストと読者をつなぐ独自CMS

「コーラス(chorus)はコンテンツ管理と、コンテンツの拡散を容易にする」。VoxMedia(以下Vox)の分析・グロース担当バイスプレジデント、メリッサ・ベル氏は、DJF2016で語った。「YouTube、Facebookビデオ、Snapchatに毎度毎度、投稿する必要がない(自動化されている)。ジャーナリストはデスクトップの前で画面を見つめているが、ユーザーはモバイルでコンテンツを読む。コンテンツのモバイル最適化も助けてくれる」。

Vox独自のコンテンツマネジメントシステム(CMS)であるコーラスは、同社の収益構造の大きな役割を担っている。通常のCMSとは異なり、コンテンツのプラットフォーム拡散、効果測定などさまざまな機能を含んでおり、Voxの8媒体で採用されている。重要なのは、コーラスが広告主に公開されている点だ。広告主はピュブリシス系のデジタスLBiなどのエージェンシーによるサポートのもとで、コーラスからオーディエンスデータを取得し、自らのターゲットを狙うことができる。

Voxの8媒体は、大卒の中流をターゲットにしたスポーツ、フード、不動産、ニュースなどのニッチマガジンだ。ターゲットのアッパーミドルを「シティボーイ」と定義づけ、彼らの消費意欲をそそるコンテンツを提供する媒体を揃えた、マガジンハウスのようなモデルだ。マーケターは雑誌と同じロジックでターゲット層にリーチできるということになる。

デジタル媒体が現れるなかで、メディアにさまざまな役割の人物が登場しており、活躍分野を広げていくジャーナリスト出身者も現れる。それが、元ワシントン・ポストの記者だったVoxのベル氏(バイオロジー記事はこちら)であり、同じくDJF2016で登壇していた英経済紙「フィナンシャル・タイムズ」の読者エンゲージメント担当責任者のレニー・カプラン氏だ。

データ活用をはじめた元記者たち

カプラン氏はCNNやCBSなどでジャーナリストを経験したが、現在はプラットフォームに集まる読者と自社コンテンツをエンゲージさせることを役割とする。「コンテンツのモバイル最適化、プラットフォームごとに最適なフォーマットに整えること、検索最適化、それから他社とのパートナーシップなどのビジネス面までみている」。いまやメディアには技術面にも知識を有し、多数のコンテンツ配信先と交渉する「プラットフォーム・アンバサダー(大使)」が求められている。

データの活用は編集部でも欠かせない。ベル氏は「データが編集部を牽引する。データを活用した編集は、ニューズ・コープのメディアでも当たり前だ」と話した。同じくDJF2016に登壇したGoogleニュース担当責任者のリチャード・ギングラス氏は報道におけるデータの活用を再度提案している。ニュースには世界中の異常な出来事を見つけて流通させ、人々の不安や好奇心をいたずらに煽る部分があるとし、よりデータによる数理的なアプローチを進展させるべきだ、と話した。

ベル氏は編集と技術の架け橋のような存在だという。編集者・記者とデータアナリスト、エンジニアの間で有意義な交流がうまれるようにブレインストーミングをしたり、カジュアルなランチを設けたりしている。Vox独自のCMSであるコーラスから得られた情報を基に読者のニーズを探り、どのような記事により資源を割くかを考え、広告商品のパフォーマンスと改良を進めるのも、分析・グロースを図る彼女の重要な責務だ。

上記はベル氏主導で開発された、Voxの人気コーナー「カードスタックス」の一部だ。こちらの「カードスタックス」では、ヒラリー・クリントン氏の電子メール問題に関するもので、数枚のカードで報道の基礎的な事実や、大統領選レース上大打撃になる当局による捜査の対象になり得ないことなどが簡潔に説明されている。ストレートニュースは都度都度更新されていくので、途中から読むと状況がわからなくなりがちだ。この点を、なめらかなユーザーインターフェイスに、表を交えた簡潔な説明を加えることで、ニュースが読みやすくなる。

情報はモバイルで体験するものになった

情報消費は従来型の送り手が一方的に受け手に渡す形態から、よりインタラクティブなものに移行している。いわゆる「エクスペリエンス(体験)」だ。しかも、エクスペリエンスをする場はモバイルに急激に移行している。この傾向は若い世代で顕著だ。ベル氏を部下としていたこともあるニューズ・コーポレーション戦略担当エグゼクティブバイスプレジデントのラジュ・ナリセティ氏は「読者のいる場所へ行かない手はない」とモバイルという消費の場所に合わせた情報の制作と流通の重要性を訴えた。

Googleのギングラス氏は「モバイルを利用するユーザーが求めているのは、スピードだ」と指摘している。ページのロード時間(読込時間)を短縮するサービスとして先行する、Facebookのインスタント記事に関しては「ウォールド・ガーデン(壁に囲まれた庭)モデルは90年代にAppleが侵した失敗に重なる」と暗に批判した。

ニューズ・コープのナリセティ氏が指摘するのは「インターネットがメッセージングアプリになりつつある」という昨年からうねり始めた新しいトレンドだ。上位4アプリを比べると、ユーザー数でメッセージングアプリがソーシャルアプリをすでに抜いていると言われ、コミュニケーションの真横でコンテンツを消費する可能性に対して実験が重ねられている。

ナリセティ氏の故郷であるインド南西のハイデラバードでは世界1位のユーザー数を誇る「ワッツアップ(Whatapp)」がネット体験の起点になりつつあるという。そうなると、アプリやモバイルウェブで展開するパブリッシャー(媒体社)は、モバイルネイティブでワッツアップネイティブな人から知られもしない可能性があるだろう。

ナリセティ氏はDJF2016でマルチプラットフォーム展開の重要性をうたった。この背景には、ニューズ・コープは2015年、傘下の紙媒体での収益が頭打ちになったが、デジタル事業は35%伸びており、デジタルを柱にしていく方針が鮮明になった。ニューズ・コープを率いるルパート・マードック氏はマルチプラットフォームの新興デジタルメディアVice Mediaに出資しており、息子が経営に携わる傘下の衛星TVから英国でのTVチャンネル「VICELAND」の放映を開始している。

メディア運営に欠かせないプロダクトのマインドセット

もちろん、取材・事実確認を含め、情報をしっかり確かめた上で信頼性が高く、読者の可能性を広げる記事を制作することは編集者・記者の仕事であり続ける。ネット情報が増える中で、確度の高い情報はさらに重要になるからだ。だが、各部署を含めた「メディア人」の業務領域は飛躍的な拡張にさらされている(DIGIDAYで紹介している通り)。

そして、現在米デジタルメディアに浸透しているのは、編集コンテンツを「プロダクト」とみて改良、見直しを繰り返していく手法だ。VoxとBuzzFeedはシリコンバレーのベンチャーキャピタルから出資を受けており、シリコンバレー発のプロダクトというアプローチで他社に大きく差をつけてきた。ベル氏の強みもこの点にあるだろう。

マルチプラットフォームという観点からみれば、VoxとBuzzFeedは既存のテレビメディアが、テレビを視聴しない一部の若年層へのリーチを補填し、デジタル動画広告を制作、流通させる際の有力なオプションになることが期待されている。米国最大級のテレビネットワークなどを運営するNBCUはBuzzFeedとVoxに2億ドル(約220億円)ずつ投資。一部では両者はユニコーン(評価額10億ドル以上)と呼ばれているとはいえ、2億ドルのパイは大株主と呼んでいいだろう。

実際、NBCUとの協力は始まっているようだ。BuzzFeedのマーケティング責任者のフランク・クーパー氏は12日(米国時間)新広告商品「スウォーム(Swarm)」を紹介した。スウォームは、BuzzFeedのウェブサイト、アプリのほか、スナップチャット、Vine、YouTube、Facebook、インスタグラム、タンブラーの6つのプラットフォーム上で同時にコンテンツ展開できるネイティブ広告だ。

この広告フォーマットの最初のテストをNBCUが引き受けている。2015年12月、NBCU傘下の映画会社ユニバーサル・ピクチャーが配給する「シスターズ」の公開10日前に、ネイティブアドを打った。クーパー氏は映画、テレビ番組、新商品発表用のプレミアム価格の広告と位置づけた(アドニュース)。

分散化を収益化する自前の効果測定

VoxとBuzzfeedのデジタルメディアの特徴としてはさまざまな業態のハイブリッドであることだ。各プラットフォームに流通されるネイティブ広告は、プラットフォーム最適化されている必要があり、その最適化のノウハウはVoxとBuzzfeed自身にあるため、インハウスの広告制作部門をもつことが好ましい。

そして自前の測定だ。各プラットフォームに飛び散るコンテンツビュー(コンテンツの閲覧)は、既存の測定ではうまくいかないため、自身で測定ツールを開発し、測る。これがビジネスモデルの要になる。

これを端的示したのが、ダオ・グエン氏の2月のブログ「BuzzFeedはいかにデータを収集し、分析しているのか」だ。「(BuzzFeedの)UV(ユニークビジター、ユニークユーザーと同義)約8000万人という(ネット効果測定最大手)コムスコア(comScore)の測定は実際の世界的リーチの5分の1以下に相当する」と指摘。グエン氏はUVやPVという指標に疑義を呈しながら、コンテンツビューというサイト、アプリ、プラットフォームの閲覧を統合した指標を掲げた。

buzzfeed

上図の赤が自社サイト・アプリのベース部分。青(Video=動画)のほとんどはYouTube、Facebook、Snapchatなどでの「ビュー」とみられる。緑(Other Distibuted=配信)は、他のフォーマットで外部に流通したコンテンツのビューだという。分散化した媒体社はこの青と緑の部分を測定できなければ、マネタイズが困難になる。Voxはコーラスを開発し、BuzzFeedは独自の解析ツール「Pound(ネットワーク拡散の理解と最適化の手段)」を開発したわけだ。コンテンツビューを広告主に知らせるためだ。

閉鎖的で直接的なデジタル広告取引に活路

プレミアム媒体にとってはディスプレイ広告の高質化が模索されている。BuzzFeedはディスプレイ広告を採用しないが、Voxはマネタイズの重要な柱に加えている。

米DIGIDAYのリカルド・ビルトン氏の記事によると、Voxはプログラマティックダイレクトと呼ばれる取引を採用する。RTBでは特に在庫の値崩れが問題だった。ほかにも掲出先・広告主が不透明になったり、売り手に価格決定権が担保されなかったりするケースがあり、買い手優位の状況だったが、売り手側には大きな不満があった。

プログラマティックダイレクトはより閉鎖的で、直接的な自動取引であり、デジタル上での2者間の商談と捉えていいかもしれない。プレミアム媒体にとっては、在庫価値が上がりやすい特徴をもつ。プログラマティックダイレクトのひとつは予約型固定単価取引である「プログラマティックギャランティード」(PG)で、特にプレミアム在庫に適用される。それとは異なる、買い手と売り手の合意に基づいて行われる二者間の入札である「プライベートマーケットプレイス」(PMP)で、これも価値の高い在庫に適用される(筆者注:PGとPMPはベンダーによって定義が異なるケースがある)。

VoxはPGに関しては、Googleのダブルクリックが200媒体とテスト運用をしているPGを利用する。PMPはルビコンプロジェクトとダブルクリックアドエクスチェンジを併用。DMPは大手クラックス(Krux)を利用する。Voxの「ザ・バージ(The Verge)」はCPM(インプレッション単価)27ドル、動画広告にはCPM50ドルに達するものもある。

新しいモデルを壊しては作る時代

2015年に盛んに叫ばれた分散型戦略が有力な収益化方法を生むかは、いまだ試行錯誤のなかだ(もちろんブレークスルーがあるかもしれない)。課題は、もしかしたら分散型戦略のマネタイズにはグローバルレベルのスケールが必要なのではないか、ということだ。代表格のBuzzFeedは米国、欧州、南米、アジアの一部にリーチしており、数十億のコンテンツビューがあると説明している。またコンテンツビューという指標も、フラウド(詐欺)、ボットなどの試練にさらされる可能性がある。

日本ではコンテンツ流通先が英語圏などに比べ一国に限られることに加え、Facebook、Googleなどのグローバルプレイヤーのほかにも、ヤフー、スマートニュースなどコンテンツ制作者と消費者の間に介在する(両者をマッチングさせる)ビジネスが多数存在しており、ステークホルダー間の収益分配では摩擦が生じているのが現状だ。マルチプラットフォーム型のパブリッシャー運営は米国と英語圏の繋がりより難しい可能性がある。プレミアム、ニッチ媒体にとっては、デジタルサブスクリプションと、ディスプレイ広告のパブリッシャー連合がひとつの希望になるだろう。

米国では地方紙の廃刊が相次いだり、経営を持続させているところでも、人員削減や給与カットが相次いだりしていることにベル氏はふれており、「十分な収入を得られないジャーナリストのため、デジタルメディアの収益化方法を生み出したい」と話している。

Written by 吉田拓史

※訂正:DJFの開催日を「2016年3月14日」とあったのを「2016年3月11日」に訂正しました(吉田)。