ディズニーの760億円投資をめぐる いざこざの中身:メーカースタジオの買収

複数のYoutubeチャンネルと提携し、ユーチューバーたちのマネジメントを行うマルチチャンネルネットワーク(Multi-channel network:以下MCN)企業。その最大手のひとつと見られていたメーカースタジオ(Maker Studios)は、ウォルト・ディズニー・カンパニー(The Walt Disney Company)の寵愛を受けるお姫様から一転、みすぼらしいカボチャになってしまった。転落の理由はひとつではない。実にさまざまな問題がからんでいる。

ディズニーが5億ドル(約570億円)でメーカースタジオの買収を決断した2014年3月当時、同社のYouTubeネットワークは好調だった。契約には業績に関連するさまざまな売上目標が含まれており、成績次第で最大9億5000万ドル(約1070億円)の買収額になる条件だった。

「そこに自分がいることに興奮していた。次の急成長企業になると思っていた」と、買収を受けてメーカースタジオに参加したある元幹部は振り返る。「ところがいざ、社内をあちこち調べてみると、めぼしいものがほとんどないことがわかったのだ」。

しかし、ディズニーがメーカースタジオの買収で、最終的に支払う金額は、最大といわれた9億5000万ドルに届かず、6億7500万ドル(約758億円)にとどまった。一部報道によると、メーカースタジオはレイオフを準備中で、YouTubeネットワークのクリエイターについても数万人規模から300人程度に縮小する計画だという。

ここでディズニーが学んだ教訓は、YouTubeでビジネスを構築するのは事実上不可能ということだ。とはいえ、このようなYouTubeのMCNを取り巻くエコシステムに対する問題点は、以前より各方面から指摘があった。

続いて、メーカースタジオの社内で機能不全がはじまる。複数の幹部職が交代したほか、アグレッシブな成長目標を確実に達成する能力の欠如、オリジナルコンテンツ制作における諸問題などが明らかになった。今回の記事は、かつてメーカースタジオとディズニーに所属していた元幹部5人への取材に基づいて構成している。

壮大な失敗の典型例

メーカースタジオは、小規模経営にはほど遠い状況だった。情報筋によると、同社が2016年に計上した広告売上は3億7000万ドル(約416億円)で、そのうち直販から得た額は7000万ドル(約80億円)にとどまったという。残りの売上はYouTubeによってもたらされているが、YouTubeとクリエイターの取り分を払わなければならないことを考えると、YouTubeのプレロールやブランデッドコンテンツによる売上はその程度でしかない。直販以外の売上の状況は一層厳しいのだ。

情報筋によると、何万ものYouTubeチャンネルと契約して追加することで、大きな規模に見えるかもしれないが、メーカースタジオに帰属するコンテンツの所有権はほとんどなかったという。たとえば、自社ネットワークのトップスターであるマークプライヤー(Markiplier)の動画が生み出す広告売上の総額から一部を受け取るが、そうした動画のすべてを同社が所有しているわけではない。したがってメーカースタジオは、のちにチャンスがあっても、これらの動画をほかのプラットフォームに販売することができない。YouTube広告の取り分を回収する以外には何もできないのだ。

MCNビジネスの壮大な失敗の典型例だ」と、メーカースタジオの元従業員は語る。「全体会議の冒頭では毎回、その時点で獲得している視聴回数が示された。100億回、110億回、120億回……そうした数字は、表向きには成功を物語っていた。だが、その数字の増加は、我々が単にチャンネルを次々に追加し、ネットワークが拡大し続けていただけのことだ」。

ほかのYouTubeネットワークと同じく、メーカースタジオもソーシャルメディアのスターと契約する際、報酬の前払いを保証していた。たとえ相手が、Vineのような売上不足にあえぐプラットフォームのスターであってもだ。「メーカースタジオは、最低でも50万ドル(約5700万円)の報酬を保証して、Vineのトップスターたちと契約していた」と、別の元幹部は明かす。「私が退社するころにも、未払いの最低保証金が数千万ドル(数十億円)も残っていた」。

メーカースタジオのタレントであるマークプライヤー(左)とピューディパイ(中央)

メーカースタジオのタレントであるマークプライヤー(左)とピューディパイ(中央)

投資の成果がひとつもない

メーカースタジオの成長には、ほかのYouTubeネットワークも以前から行ってきた投資が必要だった。つまり、自社が作成し販売する(それにより収益化や再収益化が可能になる)オリジナルコンテンツへの投資だ。たとえばフルスクリーン(Fullscreen)は、同社が制作するショートフォーム動画およびロングフォーム動画シリーズ用のストリーミングアプリをリリースした。同じくライバルのオウサムネスTV(AwesomenessTV)もコンテンツ制作事業を展開しており、ゴー90(Go90)やiTunesなどのデジタルプラットフォームに向けた番組や映画を作って、将来的に売上を積み上げることを模索している。

たしかに、メーカースタジオもこの分野に力を注いできた。昨年秋にゲームやコメディなどに特化したチャンネルを再開した際、同社は12本以上におよぶショートフォーム動画のオリジナルシリーズを発表。これらの作品をYouTubeとFacebookに先駆けて、ディッシュネットワーク(Dish Network)のOTTサービス、スリングTV(Sling TV)内のチャンネルで配信することにした。また同社は、リアリティ番組「スケア・ピューディパイ(Scare PewDiePie)」など、より大がかりなプロジェクトにも携わってきた。同番組は、ゲーム界のスターであるピューディパイ(PewDiePie)をめぐって最近論争が巻き起こり、メーカースタジオとYouTubeが契約打ち切りを余儀なくされるまでYouTube Redで配信されていた。

ディズニーも当初、メーカースタジオに相当な力を注ぎ、数百万ドルを投じてロサンゼルスに新たな制作拠点を建設した。この施設は昨年8月に稼働開始している。メーカースタジオ自身も、「スパーク・バイ・メーカー(Spark by Maker)」というプログラムを通じて、テレビやストリーミングプラットフォームに向けた番組のアイデアを精力的に発展させていた。

問題は、こうした取り組みがどれも、大きな成果をあげなかったことだ。

SW関連コンテンツもお蔵入り

さまざまなキャラクターをはじめとするディズニーの豊富な知的財産(IP)でさえ、メーカースタジオが充分に活用できることはなく、問題が生じた。ある情報筋によると、メーカースタジオは「数十万ドル(数千万円)」もの制作費をかけて、エピソード数十回分の「スター・ウォーズ(Star Wars)」関連番組を制作。しかし、同社がディズニーにおける適切な手順を踏まなかったため、この番組が日の目を見ることはなさそうだという。

「彼らは『スター・ウォーズ』を好き勝手に書き換えただけだ」と、この情報筋は指摘する。「大金をかけたものが、文字通りお蔵入りになっている」。

ディズニーは2016年まで、オリジナルコンテンツを大規模に展開するのに必要な投資を行うことに消極的になっていた。メーカースタジオが昨年、広告主向けの小規模なイベント「ニューフロンツ(NewFronts)」への参加のみで、大掛かりなプレゼンやパーティーを開催しなかったという事実は、ディズニーの関心が低下している何よりの証拠だと、情報筋は口をそろえる。情報筋によると、ディズニーは依然として、同社の既存資産を市場に売り込み流通させることをメーカースタジオに認めてはいるが、オウサムネスTVなどのライバルが先行しているような、デジタルスタジオ事業を構築することへの興味を失いつつあるという。

「市場において真の勢いのある番組編成を生みだすことは、一夜にして成し遂げられるものではない」と、メーカースタジオの元幹部は語る。「消費者を魅了する番組を、適切なペースで編成する能力があることを広告主に理解してもらうには、時間がかかるのだ」。

2015年のニューフロンツへ登場した、メーカースタジオ所属のタリン・サザン

2015年のニューフロンツへ登場した、メーカースタジオ所属のタリン・サザン

失われた指揮系統

メーカースタジオに苦難が訪れたとき、ディズニー自体も幹部交代とビジネス転換の時期を迎えていた。メーカースタジオ買収時にディズニーのCFOを務め、最初から買収を主導したジェイ・ラズロ氏が2015年6月、COO職をめぐる争いでトーマス・スタッグス氏に敗れて退社。そしてスタッグス氏も、2016年4月に退社した。この時期には、ディズニーの収益の柱であるスポーツ専門チャンネル「ESPN」も、登録加入者を失いはじめた。「ディズニーは総じて、将来のリスクを減らそうとしていた」と、メーカースタジオの元幹部は振り返る。

メーカースタジオ自身も買収されたのち、CEOのアイノン・クレイズ氏、最高コンテンツ責任者のエリン・マクファーソン氏、最高オーディエンス責任者のクリス・ウィリアムズ氏を含む多数の幹部の離脱に見舞われた。その結果、必要なリーダーシップと指揮系統が多くの部署で失われ、大勢の従業員が指示待ち状態で「何もやることがなかった」と、複数の情報筋は口をそろえる。

このような環境で、アグレッシブな成長目標を達成することは不可能だった。なかには、2015年から16年にかけて売上を3倍から4倍にするノルマを課されていた部署さえあった。

こうしたプレッシャーのもと、部署間の連携もほとんどなかった。情報筋が挙げた例によると、メーカースタジオのコンテンツ、番組編成、クリエイターといった各チームは、それぞれが独自の番組を開発するのが当たり前になっていたという。「誰もが正しいことをしようと試みた。つまり、IPを作ることだ」と、情報筋は語る。「だが、そこに連携はなかった。誰ひとりとして、『素晴らしいアイデアを思いついた。みんなで共有して一緒にやろう』とは言わなかった。それぞれに達成すべき売上目標があり、同じお宝を求めて競っている以上、他者と協力するなどナンセンスだった」。

ディズニーが失敗した理由

ディズニーは2016年末、メーカースタジオを同社のディズニーコンシューマープロダクツ&インタラクティブメディア(以下DCPI)部門に組み入れた。DCPIは、ディズニーのショートフォーム動画、デジタルプラットフォーム、ソーシャルコンテンツ、出版事業などを統括。各種プラットフォームにまたがりディズニーのコンテンツブランドを管理し、発展させる任務を負う。同部門は今後、ディズニーのアプリやソーシャルチャンネル向けのショートフォーム動画から、コミック本、ディズニーの人気キャラクターを使ったブランデッドコンテンツまで、さまざまなものを扱う可能性がある。

ディズニーは、メーカースタジオのクリエイター事業の縮小計画にあわせて、インフルエンサーマーケティングとオリジナルコンテンツの提供に注力しつつある。どちらの分野も競争が非常に激しい昨今の状況をふまえ、一部の元従業員は、メーカースタジオが今後、ディズニーのデジタルおよびソーシャルマーケティング部門としての役割を主に担うだろうと予想する。

メーカースタジオの元幹部は「MCNのゴールドラッシュを見たディズニーは、調査を実施してこういっていた。『我々は、もっとも大きく、もっとも輝いている会社を買うことにしよう。この分野が成長するとすれば、最大の会社をもっておくことには価値がある』と。私が想像するに、彼らは何を買おうとしているのかを理解していなかったのだろう。率直に言って、買うべきものなど大してなかったと思う」と語った。

SAHIL PATEL(原文 / 訳:ガリレオ)