FTの「特命」編集者、実験的なコンテンツで未来を模索

パブリッシャーはみな切羽詰まっていて、まっさきに予算を削られるのはたいてい実験的なプロジェクトだ。それを防ぐため、フィナンシャル・タイムズ(Financial Times:FT)は昨年、「特別プロジェクト」エディターにロビン・クウォン氏を任命した。同氏の職務は、永続的プロダクトにつながらないこともある期間限定の実験的な取り組みを率いることだ。

実験の内容は幅広く、Facebook限定の独自コンテンツの投稿から360度ライブストリーミング動画までさまざま。実験は特別編成で実施されるので、クウォン氏はそのときどきで異なるチームと一緒に、期間限定で仕事をすることが多い。同氏の仕事内容は、有能な編集者と商魂たくましいプロダクトマネージャーの中間といったところだ。

「大半の記者は、とくにきちんとした人ほど、実現しなかった夢やアイデアを山ほど抱えている。思いついたことをどこにも受け入れてもらえない、助けてくれる人がいない、といったことが理由だ」と、クウォン氏は指摘する。FTのインタラクティブジャーナリストだった彼は、こうしたイレギュラーなプロジェクトの責任者不在に不満を覚え、実験的プロジェクトを組織化する役割を自ら担うこととなった。

「アイデアの核心にはつねに、我々が達成したい目標がある。しかし、それを最終的なプロダクトに落とし込み、ほかに誰を参加させるかを議論することが、私がここに来た理由だ」と、クウォン氏は説明する。

360度ライブでの失敗と成功

特別プロジェクトの一部は、編集部にとって優先度の高いニュースに関連するものだ。たとえば、英国EU離脱の賛否を問う国民投票に関連して、離脱キャンペーンを率いた政治家のナイジェル・ファラージ氏が投票結果を知る瞬間を360度動画でライブストリーミングする、という企画がそうだった。

ロビン・クウォン氏

ロビン・クウォン氏

「出来の点では、みじめな失敗だった」と、クウォン氏は振り返る。「だが実験の観点では、めざましい成功だった」。安定しないWi-Fiのせいで、解像度が低く途切れがちの動画は、わずか5秒のストリーミングのあとに打ち切られた。

それでもFTが満足しているのは、おかげで今後、360度ライブストリーミングを行う際に使える、12項目の詳細なチェックリストを得たからだ。項目のいくつかは単純な運用上の指針で、たとえば、YouTubeのコメント欄は監視する人員が必要なので、人手不足ならコメント機能は無効にする、といったものだ。

デザイン上の重要な教訓

継続が決まったプロジェクトもある。FTは、ロボットウィーク(ロボットに関する連続記事)や人身売買などのテーマで、連続記事や特別プロジェクトのオンラインハブを開設。これらから得た教訓をもとに、プロダクトチームは公式サイトのトピックごとのページに改良を加えた。リニューアルされた同社サイト(FT.com)は昨年10月にローンチした。

「読者はどこからたどりついたか(SNSか、検索か、直接か)にかかわらず、関心のある記事から直接次の記事へと読み進める。あいだに一旦ランディングページに行ってから次に読む記事を探したりはしない」と、クウォン氏は語る。「デザイン上の重要な教訓は、記事ページから次の記事にどうやって読者を誘導するかを入念に検討する必要がある、ということだ」。

将来的に、FTはビジュアル重視の記事を増やす計画だ。しかし、記者の大半は絵コンテづくりの経験などない。企業文化、記事作成のプロセス、ワークフローは否応なく変化するだろう。記者たちは今後、速報や、記事の構想段階でのカメラマンとの共同作業を増やすことを余儀なくされるはずだ。

例として、シリアの油田から採掘された原油の行方を追った記事をみてみよう。5週間にわたり、記者たちはFTの地図作成専門家とともに、地図とデータ表をひとつにまとめるのに何が必要かを入念に検討した。記事が完成したのは発行の3日前だ。以前の記事作成プロセスはこれとは逆で、記者は何週間もかけて記事の文章を書きあげ、公開の数日前にグラフィック担当に渡し、画像の選択はお任せだった。

自らの役職を不要にしたい

クウォン氏の最終目標は、特別プロジェクトを企画し実施したい編集者や記者が利用できるツールやプロセスを整理し、自らの役職を不要とすることだ。そのために、たとえば記者用の投稿フォームや、編集者用のチェックリスト、FTの社内分析ダッシュボード「ランタン(Lantern)」で分析すべき課題のリストを作成した。

こうした取り組みがすでに報われつつある。世界の海上貿易を席巻する中国の輸出に関する記事は、クウォン氏が直接関与していないが、同氏が構築したシステムを使用して作成された。

FTはビジュアル記事を増やすことを望んでいる

FTはビジュアル記事を増やすことを望んでいる

「なにかを始めるとき、最初は特別プロジェクトだが、何度か続けるうちにリソースとツールができてくる」と、クウォン氏は語る。「FTにとって、ひとりの特別プロジェクト編集者への依存度が高すぎるのは、持続可能性の面で問題だ」。

Lucinda Southern(原文 / 訳:ガリレオ)
Image via Matt Brown