「デジタルメディアは、自らを隔離している」:業界のベテランが告白

デジタルメディアが抱える苦悩、その大きな要因はGoogleとFacebookの二社独占状態にある。しかし、メディアオーナーやエージェンシーも同様に自らを省みるべきだろう。そして、我流から抜け出すのだ。

これは、あるデジタルメディアと広告業界のベテランの意見だ。彼はこの業界で26年に渡り、従来型からデジタルに至るメディアオーナーとともに働き、またアドテク企業にも在籍した経験がある。「パブリッシャーらは、すべてのコンテンツをFacebookでシェアすることで、最大数のオーディエンスを獲得していると謳う。しかし、その後、(プラットフォームとの)取引条件は様変わりする」と語る、このエグゼクティブは匿名を条件に、「告白」シリーズに本音を語ってくれた。

いまテレビ広告やアウトドア広告の人気が再燃しているには理由がある。「その理由は、買い手と売り手のあいだに、800万人もの仲介人がいないからだ」。彼の話を下記に詳しく紹介しよう。読みやすさのために若干の編集を加えている。

――現在のデジタルメディアで最大の軋轢は?

この業界(特にデジタルに責任があると思うが)は、作品の内容ではなく少ない技術で最低限の売上を得られるルートを追求するビジネスに重きを置くようになっている。

アドスタックビジネスについていえば、現実にあるかどうかもわからない0.0001%のコンバージョンにつながるかもしれない些細な技術に重点を置いてしまっているのだ。その分、一つひとつの作品が、消費者にどのようなインパクトを与えるか、ということがおざなりになってしまっている。何かが欠けているのだ。

――メディアオーナーやメディアエージェンシーのことをいっているのか?

その両方だ。効率性についていえば、基本的にはコストカットのことだが、アドテクノロジーに大きく依存している。素晴らしいものもあるが、そうでないものも多い。

――パブリッシャーは収入がないと生き残れないのでは?

もちろん。しかし、こうなったのは彼らの自業自得だ。彼らはFacebookで自社コンテンツを積極的にシェアした。大手プラットフォームと仕事をしたことがある者であれば、そのプラットフォームに依存してしまうと、すぐにその取引条件が変更されてしまうことを知っている。

プラットフォーム側がおかしいのではない。かつて新聞社の収益の大部分をまかなっていたのは、ディスカウント商品の宣伝をしていた広告主であり、彼らは新聞に大きく依存していた。そうなったとき新聞社がどうしたか? 彼らは値上げしたのだ。FacebookとGoogleも同じことをしているだけだ。何を驚くことがある?

――買い手側も大きな数字が好きだ

以前はアドネットワークを手掛けていたが、我々の最高傑作の広告2点が(ページの)はるか下のほうに掲載されており、誰の目にも留まらなかった。そこで私は考えた。そうか、これは本物ではない、と。統計的には最高の掲載場所なのかもしれないけれど。

――その要因は何か、詐欺なのか?

いや、ただの技術だ。おそらく使ったリターゲティングネットワークによるかもしれない。普通に考えて、ウェブサイトの足元にふたつの広告を配置するのは良いとはいえないがね。

――これは「大きな数字」にあまり意味はないという一例なのか?

そうだ。大事なのは大きな数字ではないと思う。しかし、デジタルの金額的な展望予測をする場合、圧倒的多数がこの大きな数字をもとにしている。

だが、実際それは何を意味するのだろうか。テレビ広告市場がいま少々ブームになっているのには理由がある。そして、とりわけ誰もが5年前に衰退したと思ったITV(イギリス最大かつ最古の民間放送局)といった放送局が人気を集めている。理由はシンプルなプロセスにある。ITVにキャンペーン一式を持ち込めば放送される。

デジタル業界の問題は、我流から抜け出せない点だ。自らを隔離してしまっているのだ。

――それはデジタルメディアの従来型メディアに対する劣等感のせいか?

いや、優越感だ。昔から「もしその部屋で自分がもっとも賢い人物なら、その部屋はあなたがいるべき場所ではない」という言葉がある。そう、デジタルメディアでは大半の人が部屋で一番賢い人間になろうと躍起になっている。業界全体がもう少し個人的にも、企業的にも謙虚さを取り戻さなければならない。

――あなたはメディアエージェンシーが効率性を追いすぎているともいっていたが?

エージェンシーはプログラマティックトレーディングデスクを構築することで効率性を高めているので、これは大いに理解できる。10人で作業すべき仕事をテクノロジーが代わってくれる世界を作るなら、私も大いに賛成だ。しかし、我々は少々道を見失っている。メディアオーナーのやり方を模倣しようとしているメディアエージェンシーに、いま焦点が集まっている。

――パブリッシャーのように、より多くのコンテンツを制作することで?

我々はみな、編集記事を「コンテンツ」と呼ぶようになり、譲渡可能なもののように扱っている。そして責任は誰しもと同様、私にもある。私のお気に入りのコメディアン、スチュアート・リー氏は、最近自分の新番組を「コンテンツクリエイター」と名付けることで核心をついた。すべてのクリエイティブなプログラミングが、等しく作られているわけではない。

新聞社やパブリッシャーは、それがGoogleとFacebookのせいだというだろうが、実際は違う。もしガーディアン(Guardian)がより良い仕事をすることで、競合のインディペンデントをつぶすことができたら、素晴らしいことだと思うだろう。しかし、これはただ世界がシフトしただけに過ぎず、また新たな競合に順応していかなければならない。そして、彼らが最上の主張をしたところで、Facebookを止めるものは誰もいないのだ。

Jessica Davies (原文 / 訳:Conyac