新時代ニュースメディアが進化させるコミュニケーション:「デ・コレスポンデント」「クォーツ」の挑戦

本記事は、海外メディア情報専門ブログ「メディアの輪郭」の著者で、講談社「現代ビジネス」の編集者でもある佐藤慶一さんによる寄稿です。

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「ジャーナリストはカンバセーションリーダー(会話の牽引役)であれ」。この6月に来日したオランダのメディア「デ・コレスポンデント(De Correspondent)」編集長、ロブ・ワインベルグ氏はジャーナリストの役割をそう定義します。読者もコントリビューター(貢献者/寄稿者)と位置付け、新しいメディアづくりに励んでいます。

「デ・コレスポンデント」は2013年のローンチ時から注目されていました(筆者がもっとも刺激を受けたメディアでもあります)。具体的なメディアのかたちをしていない時点で、クラウドファンディング的な手法で130万ユーロ(約1億5000万円)を集めたこと、有料購読モデルで成功していること、ニュースやメディアを再定義しようとしていることなど、多方面から耳目を集めることになったのです。

年間60ユーロ(6840円)という講読料ですが、いま約4万6000人もの人が有料でこのメディアを読んでいます(月間ユニークビジターは120万人)。広告は一切ありません。この規模をどうみるのかはむずかしいところがあります。もしかすると、少ないのではないか、と感じる方もいるかもしれません。

しかし、オランダ人口は約1700万人。仮に日本での数字を想定してみると、4万6000人×7.5倍=約35万人の有料購読者がいることになります(「デ・コレスポンデント」にはフルタイムスタッフは50名、フリージャーナリストは150名関わっているそう)。日本におけるデジタル有料購読では50万人弱を誇る日経電子版、アメリカでは同110万人を獲得した「ニューヨーク・タイムズ」が存在しますが、ウェブ媒体としてたった3年弱で達成した数字としては驚異的と見るべきでしょう。

PV、読者データに無関心

「デ・コレスポンデント」ではいまでも毎日30~40人の有料購読登録があるとのこと。それを支える考え方と仕組みとして「ギフトアーティクル」があります。基本的には有料購読者しか記事を読めないメディアではあるのですが、有料購読者がSNSやメールなどさまざまなかたちでシェアしたものであれば有料購読していない読者も読むことができるというものです。その際、誰が記事をシェアしているのか(=その人のおかげで記事を読めている)というメッセージを出し、有料購読への導線も引いています。ここにも徹底さが伺えました。

それでもワインベルグ氏は「ジャーナリズムの未来はない」といいます。その言葉の頭には、このままでは、と補足する必要があるかもしれません。そのため、「デ・コレスポンデント」、そしてワインベルグ氏は哲学的にメディアを取り巻く常識を書き換え、再定義しようとしています。

ニュースそのものについても、3つの問題点を挙げています。1つは、ニュースが今日(デイリー)のものに終始していること(毎日起きているような普遍的なものを扱っていない)。2つ目は表層的であること、3つ目はネガティブであること。扇動的なものから、建設的なものへ--ゆっくりと、それでいて本質を突き、プロセスを大事にした新しいジャーナリズムの芽生えが、たしかに「デ・コレスポンデント」には感じられます。

有料購読モデルだからこそ、「ページビューも気にせず、読者のデータも知らない」と語っていたのが印象的であり、同時に痛快でした。すでにジャーナリストが書きたいものを書きたいときに書ける環境を提供できており、メディアとして理想的に思えました。

なぜコメント欄が荒れないか?

以前、Facebook、Snapchat(スナップチャット)、Twitter、Google、Appleなどのプラットフォーム企業がどのようにニュース争奪戦をおこなっているのかを書いたことがありました。読者の多くがウェブサイトの外でニュースを消費(プラットフォーム内でのコンテンツ閲覧)することで、SNSの登場時からあやうい立場に置かれていた「コメント欄」の閉鎖が相次いでいます。

WIREDによれば、2012年から2015年にかけて少なくないメディアが閉鎖し、コメント欄なしでサイトをリリースする事例もあるようです。やはり、SNSが普及し、各プラットフォーム内で完結できるようになり、サイトの存在意義が下がる中で、わざわざ記事下にコメントする理由がないのかもしれません。

ちなみに、「デ・コレスポンデント」は実名と肩書きを明らかにしたうえで有料会員がコメントを書くことができます(それに対してジャーナリストが返答することもしばしば)。来日時の講演会における質疑応答では、なぜそういったコメント欄が成立するのか、なぜ荒れないのか、といった質問がたびたび投げかけられていました。

「(Webサイトでのコメントは)現実のコミュニケーションと同じと捉えている。それをたまたまオンラインでやっているだけ」。

回答はクールでシンプルなものでした。もしかすると、これは有料購読者以外コメントできない仕組みを貫いているからこその言葉だったのかもしれません。また、冒頭でも紹介したように、いわゆるコメントのことをコントリビューション(貢献)と言い換える言葉のマジックも巧みなのです。

これまでWebメディアの世界では一方向から双方向へ、というのは常識のように語られてきましたが、実態がついていっていないと思っていました。日本でもコメントを売りにするニュースアプリのようなものはありますが、有料ユーザーと無料ユーザーが一緒の場所で議論し交流を図るため、有意義なものになりづらいように感じます(となると、実名か匿名か、ではなく有料か無料か、で分けるほうが健全ともいえます)。

そういう意味では、有料オンラインサロンなどのほうが、コメントやコミュニケーションにおいては意味のある場になるのかもしれません。

チャット形式のニュースアプリ

もう少し、ニュースとコミュニケーションの話を続けたいと思います。

2016年2月、ビジネスメディア「クォーツ(Quartz)」がリリースしたiOSのニュースアプリは衝撃をもって迎えられました。これまで同メディアはさまざまな点において常に革新性と問題提起を含む動き--自動ページ切り替えや高品質のネイティブ広告、技術的ツールの一般公開など--を見せていましたが、そのなかでも大きな(実験的な)一手でしょう。

「クォーツ」のアプリを見ると、LINEやFacebookメッセンジャーのようなチャット/メッセージのフォーマットを採用しているので、どこか見慣れた感じではありました。ただ、ニュースアプリでそうした見せ方をしたことが攻めているのです。

これまでニュースアプリといえば、キュレーション系ではタブをめくる仕様、媒体ブランド(ニューヨークタイムズやCNNなど)のものではウェブサイトの延長のような機能や体験がほとんどだったと思います。しかし、そこにbotを介在させてニュースを提供する、という新しい手法を取り入れたことで、それは同時に新しいニュース体験となりえたのです。

IMG_8288「クォーツ」アプリでニュースが配信される様子。

アプリを開くと、まずニュースが送られてくる。そのニュースの詳細を深堀りしたいのか(tell me more)、それとも違う話題のニュースを読みたいのか(what’s next)、選択を迫ってきます。送られてくるニュースは、テキストメッセージもあれば、リンク(「クォーツ」以外の記事もある)もあり、画像やGIF動画や絵文字などさまざまあります。

また、botから送られるテキストをライターチームが作成していることもユニークな点で、botまかせでないことには好感がもてます。botのメッセージ記入中のアイコンが出たり、たまにスタンプも表示されたり、細かいところの雰囲気も魅力的です。

疑似コミュニケーションの日常化

疑似コミュニケーションを通じて、ニュースを身近にし、受け取りやすくする。ただの情報ではなく、コミュニケーションに乗せて届ける手法が秀逸であり、これからの時代のメディア環境に合ったアプリだと思います。

botを軸としたニュースアプリというとマネタイズが見えにくいですが、「クォーツ」の場合、ローンチ時点からMINI(Mini Cooper/BMW)をスポンサーに迎えている用意周到さもさすがです(たまにスポンサーのメッセージが表示されますが、それ以外の広告はないので快適なこともよい点でしょう)。実験的であり攻撃的であり、本気でもあるということです。

しかしながら、現状、ニュースアプリにおいてはマイナーなあり方であることには間違いありません。今後、メッセージアプリの普及やbotとのコミュニケーションの日常化の度合いによってはメジャーになりうるフォーマットとして知っておくとよいかもしれません(当然ながらウェアラブル時代への対応、Facebookの「インスタント記事」などSNSでのニュース消費に次ぐトレンドとして)。「クォーツ」のようなメディアが伝統的な企業(1857年に創刊された月刊総合誌「アトランティック(The Atlantic)」のパブリッシャー)から生まれていることに驚くばかりです。

ここまで、海外メディアの先進事例を紹介してきました。「デ・コレスポンデント」と「クォーツ」、どちらにしても、会話やコミュニケーションが重要なファクターとなっています。しかし日本ではどうでしょう。筆者の観測範囲では、読者と実名で積極的にコミュニケーションをとりたい、というようなジャーナリストや編集者は少ないような気がしています……。将来的には、人格をもったbotなどが、そういった方々のライバルとなるのでしょうか。

Written by 佐藤慶一