「デジタル化はメディアの危機ではなくチャンス」:朝日新聞デジタル担当役員・大西弘美氏

世界中の新聞社がいかにデジタル分野のビジネスを構築するか、試行錯誤をしている。朝日新聞も例外ではない。「朝日新聞デジタル」は27万人の有料会員を擁し、無料会員については2016年中に300万人に達する見通しだ。レガシーメディアの側面が注視されがちだが、同社は少なくないデジタルの資産をもっている。AOLと合弁で運営する「ハフィントンポスト日本版」、2014年にローンチした「withnews(ウィズニュース)」という若年層向けメディアのほか、子会社が運営する「CNET Japan」「ZDNet Japan」のIT系メディアなどもある。デジタル事業をドライブする布石は置かれていると言ってもいいだろう。朝日新聞デジタル・国際・教育事業担当執行役員の大西弘美氏にデジタル戦略を聞いた。

宅配制度で世界でもっとも成功した新聞のビジネスモデルが、デジタル化で新しい局面を迎えています。

新聞のビジネスは、依然として紙の上に成り立っているのが現状です。一方、ネットでは広告の単価は低く、経営環境が厳しい部分があります。デジタルへのシフトを急激に進めるものではありません。紙のビジネス、紙の良さを残しながら、新しいことにチャレンジしているところです。

これは、危機であるのと同時にチャンスでしょう。新聞の紙面に写真が使われたのは日露戦争のときが初めてといわれます。それ以前はイラストの挿絵とテキスト、そこに写真が加わり、さらに、デジタルが台頭してきたことによって、表現手法が大きく変わってきました。

私は2013年にMIT(マサチューセッツ工科大学)のメディアラボに留学した際、学生とメディアについてディスカッションする機会がありました。彼らの多くは口を揃えて「チャンスだ」といいました。いろんな表現手法があるし、ビッグデータを活用したデータビジュアライゼーションのアプローチもあります。経営環境は厳しいですが、新しい技術や規格が出てきて、それを使って何ができるかを考えることが大事です。

私はメディアの現場で文系と理系を分け隔てるのは良くないと考えています。多くの人が双方のスキルを必要としているからです。いま起きている変化を前向きに捉えると、デジタル化を楽しく受け止めることができます。

2014年7月にオープンした「withnews」など、朝日新聞デジタルの周辺にあるメディアの活用については?

朝日新聞デジタルは、無料会員と有料会員があり、ビジネスは定期購読モデルが基本ですが、デジタルビジネスは新聞単体だけでなく、周辺ビジネスを育てていくことが大事です。たとえば、広告ではネイティブアドや、リッチコンテンツ、SNSの活用やリアルイベントとの連携などがそれに当たります。

withnewsは、朝日新聞とは世代も購読層も異なります。新聞が(各記者が執筆した原稿から新聞紙面を)キュレーションし、パッケージ化したものと、読者の嗜好にはギャップがあるものですが、そのギャップを埋める役割を担うのがwithnews。若い世代や、違う嗜好性に読む層に応えるメディアと位置づけています。

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創刊1年半で読者層を拡大したwithnews。2015年12月の月間PVは3200万という。Image via withnews

また、朝日新聞デジタルでは、「&M」「&w」というネイティブアドに近い広告モデルを用いたメディアも展開しています。このように、ターゲットニーズによって異なるメディアを多面的に展開しています。

2016年4月に発表された、オウンドメディア運用支援を手がけるサムライト買収も、多面展開の一環でしょうか?

朝日新聞には、オウンドメディアを継続的に運用していくノウハウはありません。そこは外部との連携でメリットを出すことが大事だと考えました。

2016年5月には、広告局を改編し、総合プロデュース室を置いて、デジタルと紙の統合をさらに強めていきます。オウンドメディアもそこに連携し、メディアに対するさまざまなニーズに応えていくつもりです。

朝日新聞デジタルの有料会員の目標は?

朝日新聞デジタルは、27万人の有料会員を擁し、無料会員は249万人を超え、いま年中に300万人をうかがう勢いです。

ほかの定期購読(サブスクリプション)モデルのサービスを見ると、HuluやNetflixといった動画配信サービスが注目され、年間の会員登録で動画を見放題というサービスが出てきています。サービスの受け手が気軽に払える金額はどのくらいかを頭に置いたうえで、商品の多様化が必要だと考えます。

また、記事コンテンツの多様化という意味では、上述したようなメディア側のキュレーションと、読者側の意識のギャップを埋める取り組みも必要でしょう。

独自コンテンツなど、デジタルならではの、購読者の「動機づけ」についてはどうお考えですか?

もっと深所を掘り下げたいと考えています。「デジモ」(写真㊦)という朝日新聞デジタルのキャラクターが、もぐらをモチーフにしている理由はそこにあります。リッチなイマーシブコンテンツを含め、デジタル向けに配信する記事は、万人向けでないものもラインナップしたいです。

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また、リアルイベントとの連携も考えています。「WEBRONZA(ウェブロンザ)」では、随時トークセッションなどのイベントを行っています。リアルイベントはそれなりに手間もかかりますが、来場者の満足度は高い特徴があります。社内のリソースを活用し、多角的に取り組んでいく必要があります。

スマホなどモバイルでの情報消費について、特に若い世代に対してどうアプローチしますか?

朝日新聞デジタルでも、2015年1月に、モバイルとデスクトップのアクセス比率が逆転しました。若い世代に限らず、ユーザーのモバイルシフトは不可逆的に進んでいます。

一方、モバイルとデスクトップにはUIの違いがあります。私たちがキュレーションサイトと違うのは、自然災害などの大きなニュースがあったときに、関連情報を見ていただきたいという点です。

スマホの狭いスクリーンサイズで、どれだけ情報の品数を多く、かつ、見て欲しいニュースを目立たせるか。相反する要素の両立を試行錯誤しています。

もうひとつは、モバイル向けのコンテンツ配信で、これは、ガラケー時代から取り組んでいる各通信キャリア向けの記事配信を今後も展開していきます。

モバイルアプリがメディア消費において重要な地位を占めています。このアプリの使用時間をみると、グローバルには上位をGoogleとFacebookのアプリが占めており、日本ではここにヤフー、LINEなどが絡む構造になっていると言われます。ニュースをどう消費者まで到達させようと考えていますか?

一番望ましいのは、自分たちがプラットフォームになることですが、それは難しいことです。そこで、前述したようなモバイルキャリア向けの記事配信や、Facebookの「インスタント記事」にも取り組んでいます。

デジタルの取り組みは、定期購読モデルだけでなく、さまざまな配信先、配信経路、配信手法が複合化していますが、いずれにせよ、オーディエンスにいるところに記事を届けなければ意味がありません。

ソーシャルのプラットフォームでは、Facebookインスタント記事だけでなく、LINEにも記事を配信しています。日本ではなんといってもLINEの利用が盛んですから、配信データを分析し、どの配信先がどの程度使われているかというのを見極めているところです。

リアルの販売店網についてはどうお考えですか?

新聞社は、リアルの販売網という資産を持っています。朝日新聞デジタルには、「ダブルコース」という、新聞宅配とデジタル版の有料コースを契約しているお客様がいらっしゃいますが、この「ダブル読者」に対するケアは、販売店と一緒に行っています。

意外かもしれませんが、高齢者のタブレット利用のニーズは高く、読者からのコールセンターへの問い合わせでも「触ってみたいけど何をどうしたらわからない」というものが多いです。

そこで、販売店と一緒に、購読者向けのタブレットの体験会や講習会を行っています。タップとスワイプ、ピンチアウトの操作説明から始めて、参加者からは「字が大きく見えて、操作ができるようになってうれしい」という声もいただいています。

ディスプレイ広告による収益化についてはどのように考えていますか?

デジタル広告の手法は、次々と新しいものが出てきますが、新しいもの、インパクトの強いものにばかり関心が行きがちという点があるのは否めません。どのやり方が効果的かを地道に見極めていくしかありません。withnewsのような、新規メディアをスモールスタートさせるのに適した収益はもたらしてくれますが、主力にするまでに至っていません。もちろん、ひとつの手法として考えていますが。

コンテンツ面でのデジタル化については?

コンテンツの取り組みでは、特集「築地 時代の台所」が「ベスト・オブ・デジタル・デザイン」で、2015年の銀賞を受賞しました。これは、豊洲へ移転する築地市場をテーマに、その営みと歴史を、CGや動画、グラフィックスを生かしてさまざまな視点から記録したものです。

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「築地 時代の台所」のイマーシブコンテンツ「市場の歩み」。築地市場の歴史を柔らかい操作感とビジュアルで体感できる

また、「チラシでたどる震災1000日」は、東日本大震災で被災した岩手県大槌町において、震災以後、岩手日報に折り込まれて被災者に届けられた5551枚のチラシを閲覧することができるものです。この取り組みでは、東京大学の林香里研究室の協力のもと、折り込みチラシと経済効果の関係を推測する試みを行いました。

どういうチラシが何枚入ったというのを定点観測し、枚数や内容といったデータを解析して、生活がどのように復興したかを測定したものです。

データをどのように活用していますか?

DMP(データマネジメントプラットフォーム)を利用し、利用者の顧客データのDB(データベース)化に取り組んでいます。デモグラフィックデータ、閲覧履歴などの行動情報を合わせ、UXを改善するための解析をはじめ、さまざまなことに活用していきたいです。

たとえば、夏の高校野球において、朝日新聞社と大阪の朝日放送では、甲子園大会の試合を「バーチャル高校野球」としてストリーミング配信し、そこで閲覧者の行動データを取得しています。

バーチャル高校野球では、本来、エリアをまたいで視聴できない地方大会の決勝を、エリアフリーで配信しました。すると、ある地方では前年から視聴スコアが上がり、視聴者の反応も、東京の県人会などから「よく配信してくれた」とお誉めの声をいただきました。

バーチャル高校野球は、とくに、モバイルでの視聴が多い傾向があり、甲子園大会の際には、イニング間にミッドロール広告を配信して、クライアント側の評価も高かったと聞いています。

こうした取り組みを通じ、動画を見ている人が誰なのか、OBや選手の保護者といった視聴者のニーズに合わせた広告が獲得できないかといったことも模索しているところです。

デジタル時代に求められる記者の資質についてはどう考えますか?

ビジネスサイドからいえば、「私はこの仕事をする人だ」と規定しないことが大事です。テクノロジーが進化し、仕事のボーダーがなくなってきました。パソコンが導入されたときは、「鉛筆で書かない記事には魂がこもってない」と言われたりもしましたが、私はWebが仕事に入ってきたときには、HTMLを独学しましたし、語学がビジネスに役立つならプログラミング言語も同じと考えています。いまはPythonを勉強しています。

確かに、テクノロジーの進化で、習得しなければならないことが増えていくのは大変です。しかし、テクノロジーの進化でやらなくてよくなったこともある。私が入社した時代は、ポケベルが普及してきたころで、入社時に無線の取扱いの講習を受けました。

遠隔地の取材先から記事を送るのに、普段は公衆電話や民家の電話を借りて、さらに電話のないような山のなかに入るときは無線を使って記事を送る必要があったからです。

そういう手間がなくなったのだから、新しいことに取り組んでもいいのではと思うのです。それこそ「危機ではなくチャンス」です。可能性が広がったことをポジティブに捉えた人が、チャンスをつかむのではないでしょうか。

digiday2016_0975_fin▼大西 弘美

朝日新聞社 執行役員 デジタル・国際・教育事業担当。1984年、朝日新聞社入社。高松支局を経て、1999年5月に電子電波メディア局デスク。以降、デジタル事業に取り組む。デジタルメディア本部長、デジタルビジネス担当付朝日インタラクティブ代表取締役社長などを経て、2013年7月からMITメディアラボへ派遣。2014年12月に執行役員 デジタル・国際・教育事業担当となり、現在に至る。

Written by 阿部 欽一
Interview by 吉田拓史、阿部 欽一
Photo by 渡部幸和