完全デジタル化した英新聞社、世界展開に生存戦略を賭ける:「インディペンデント」の野望

オリンピックの真っ最中に、新聞社がスポーツ部主任記者をレストランに派遣して、ホームレスに料理を振る舞うイタリア人シェフを取材させることはあまりない。だが、英ニュースメディア「インディペンデント(The Independent)」は、8月のリオ五輪会期中にこれを実行した。もはや紙媒体の新聞を発行していない同社(2016年3月に紙の新聞の発行を停止し、完全にデジタルメディアとなった)だからこそ、このような自由があるのだ。

その狙いは、500万人がフォローするFacebookページで以前に公開し、たちまち反響を呼んだ記事への関心を活用することにあった。その記事の見出しは、「リオ2016:最貧困層の現地住民のため、オリンピックで余った食材を調理する多国籍シェフ団」。

調査会社ニュースウィップ(NewsWhip)のデータによると、この話題を報じたフェリックス・ガルシア氏は、Facebookのオリンピック関連コンテンツのなかで7番目に多いエンゲージメントを獲得した記者になったという。具体的には、コメント、「いいね!」、シェアの数が合わせて35万5000件だった。

ガルシア氏は、「インディペンデント」が新しく設立したニューヨーク支局のレポーターだ。その続編記事は、「iPhone」で撮影した動画が添えられ、「リオ2016:食事が必要なホームレスに、オリンピックで大量廃棄された食材を調理」という見出しで掲載された。

世界展開の皮切りは米国

「我々の体制は以前から様変わりし、全員がデジタルに注力している。紙媒体は制約が大きかったが、現在はより柔軟に動ける」と語るのは、「インディペンデント」の編集者、クリスチャン・ブロートン氏だ。

「フェリックス記者の記事がFacebook上で大当たりしたのを見て、スポーツ部主任記者のイアン・ハーバートを派遣すべきだと我々は考えた。彼は、従来のジャーナリズムのスキルと、紙媒体の経験を持っている。そのため、一部の新興デジタルメディアに欠けている、信頼感と価値を確実にもたらしてくれる」と、ブロートン氏は付け加えた。

「インディペンデント」は今でも100名のジャーナリストを抱えており、記事をすべて無料公開しているため、世界的な規模で読者を獲得することが欠かせない。同社は国際展開の出発点として、米国を選択。米国で記者を雇用するのは今回がはじめてだ。また、アジア、アフリカ、中東、欧州大陸に支局を開設する計画もある。

「Facebookは、我々と米国を結ぶ道の役割を果たしてきた」と、ブロートン氏は語る。

流入の40%はFacebook経由

「インディペンデント」には4名のソーシャルメディア専従チームがあるが、所属ジャーナリストは全員、ソーシャルプラットフォームで話題になるコンテンツを作成することが期待されている。Facebookのライブ動画も多数投稿されてきた。代表的なものを2つ挙げると、イラン女性へのヒジャブ着用強制に反対する運動「My Stealthy Freedom(わたしの隠れた自由)」を取り上げた動画と、8月25日にロンドンのフランス大使館前で行われた、イスラム教徒女性用水着「ブルキニ」禁止への抗議活動をロイシン・オコーナー記者が取材した動画だ。

「インディペンデント」のコンテンツは、比較的若い世代の共感を得ている。オーディエンスの数は、英国外でもソーシャルメディアでも増えてきた。トラフィック解析を手がけるシミラーウェブ(SimilarWeb)のデータによると、ソーシャルメディアの参照データは昨年比で30%増加。サイトへのトラフィックのうち、40%を占めるという。その最大のけん引役はFacebookだ。また、世界的に見ると、「インディペンデント」のユニークビジター数は8200万で、昨年の同じ時期と比べて56%増加したことを、部数公査機構(Audit Bureau of Circulations:ABC)が明らかにしている。

ニュースウィップの分析によると、英国のEU離脱(ブレグジット)の是非を問う英国民投票から、36時間以内にFacebookでシェアされたブレグジット関連のコンテンツで、「インディペンデント」はほかの大手パブリッシャーを大きく上回ったようだ。ブレグジット関連コンテンツに対するFacebookの反応(シェア、「いいね!」、コメント)の数は、6月23日午前0時から24日正午までのあいだに600万に達した。しかも、これらの反応は、同社サイトのトップページのトラフィックと「共食い」になったわけではない。ブレグジット関連の全トラフィックのうち、半分は直接流入していたという。

とはいえ、トラフィックをFacebookに頼るのは危険な賭けだ。新興メディア企業Vice Mediaを創設したシェイン・スミス氏は、8月下旬に開催されたエディンバラ国際テレビジョンフェスティバルで、将来起こりうる問題を予見した。同社は2年前、「Facebookという『麻薬』を断ち切った」と語った。

「そう悲観的になるほどでもない」

実際、Facebookでは、7月に予期しないアルゴリズムの変更がいくつか行われた。さらに8月末には、広く普及しているFacebookシェア数カウンターが、パブリッシャー各社のサイトから消えるトラブルも起きた(Facebookはこれについて、「意図しない故障」だったと「ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)」に弁明した)。

「インディペンデント」は、熟練のジャーナリストたちを現場に派遣するために、1日あたり25万ポンド(約3400万円)を費やしている。Facebookは新しいオーディエンスにリーチするために欠かせない存在ではあるが、「インスタント記事(Instant Articles)」からの広告収入は徐々に減らされていると、「インディペンデント」の最高売上責任者スコット・デュートロム氏は指摘する。

「インスタント記事への公開を始めた最初の月は、自社サイトで得たCPMの約50%を手にすることができ、リターンとしてはかなり公平だった。だが最近は、15~20%ほど少ない状態が続いている。動画を追加している場合でもそうだ」。

「リーチを拡大するために対価を払うのは当然だ」と、デュートロム氏は続ける。「我々はニュースを作るのに大金を投じており、そのコストは今後も増える一方だろう。オーディエンスの動きが鈍くなって全体的なリーチの獲得ペースが下がりはじめたり、モバイルやFacebookのインスタント記事への移行がさらに拡大したりすれば、維持できなくなるかもしれない。今後は、十分な収益を得られず、我々にとって取り組む意味がなくなる分岐点を見極める必要があるようだ。ただし現時点では、ニュースを作るコストという点で、そう悲観的になるほどでもない」と、デュートロム氏は締めくくった。

Jessica Davies(原文 / 訳:ガリレオ)
Image Courtesy of The Independent