デジタル顧客獲得能力をCRMの外まで拡張する:セールスフォース50億ドル買収の理由

昨年総額50億ドル(約6000億円)超えの買収をしたと報道されるセールスフォース。そこにはeコマース、DMP(データマネージメントプラットフォーム)、さらにAI企業が含まれていた。CRM(顧客関係管理)の代名詞的存在でB2BのSaaS企業のセールスフォースだが、現在2つのB2C製品を提供している。マーケティングクラウドとコマースクラウドだ。

デジタルマーケティング・ビジネスユニットで常務執行役員を務める笹俊文氏はDIGIDAY[日本版]のインタビューに対してこう主張した。笹氏は昨年までマーケティングクラウドの営業部長を務め、今年からコマースクラウドも統括している。

*マーケティングの成果を直接補足できるコマースへの要望があり、昨年のデマンドウェア(Demandware)買収・統合で実現した

*DMPの統合によりCRMで管理する顧客の外までマーケティングする能力が高まった

*CCC(カルチャー・コンビニエンス・クラブ)との提携でユーザー企業は顧客のライフイベントの情報をとり、マーケティングの効果を解析し、予算を再配分することができる

*CRMのAIである「アインシュタイン(Einstein)」は顧客の定型情報を分析して、ユーザー企業に示唆を与える

セールスフォースは昨年9月に買収したデマンドウェアを統合したeコマース製品「コマースクラウド」の提供を開始した。コマースクラウドは53カ国で1800サイトを超える顧客を支援しており、2016年で行った取引は160億ドル(約1兆8000億円)を超えているという。

笹氏は「セールスフォースは4年前にデジタルマーケティングソフトウェア企業のイグザクトターゲット(ExactTarget)を買収したところからBtoCに入った。顧客とマルチチャンネルでコミュニケーションをするというが、企業としてはコンバージョンさせたい思いがある。エンゲージメントを強くするだけではなく、そのコンバージョンの先になるECサイトを作れるソリューションも持たないといけない。企業と顧客との一気通貫でのエンゲージメントは確実に強まる点から買収した面がある」と語った。

「5年ぐらい前から急速にほぼいろんな物事がモバイルで解決させるように顧客が変わってきた。イグザクトターゲット自身も買収したときにすでに10年以上ビジネスをしていたが、同社のビジネスを加速したのはこの5年のモバイルの発展だろう。ユーザーの規模は圧倒的に欧米の方が多いが、実践している場合、そこまで欧米と日本の差はない。日本でも面白い事例をやっている」。

サービス、コマース、マーケティングの3本の矢

2000年代後半からアドビ、オラクルがデジタルマーケティング関連買収を、先を争うように進めており、近年はよりアドテク色の強い買収が続いた。昨年には各プレイヤーが必要なピースを揃えた感があり、アドテク買収はひと段落付いた。セールスフォースはどのような強みを持っているか。

「我々は顧客データからアドテクの方に向かっていく、確実に管理された顧客からアノニマス(匿名)の顧客の方に向かっている。企業が顧客と接点を持つことを本当にクラウドソリューションで支援できているベンダーがどれだけあるのか。店舗の応対からコールセンター(サービスクラウド)から、複数のデジタルチャンネル、ECサイトまで網羅してクラウドでソリューションを提供してるのは、やはり我々だけだと思っている」。

ふたつ目はセキュリティという。「皆さんもデータを載せれば載せるほどマーケティングがやりやすくなることは理解している。データを載せた場合に、企業においてのいわゆるリスクへの懸念点が高まっていく。個人情報を載せていいのかというようなことだ。我々には金融のユーザー企業も非常に多いが、個人情報を載せないようにということを18年前からやり始めている。セキュリティと信頼性は非常に日本のユーザー企業に評価いただいている」。

DMPで顧客接触・獲得のピースがそろう

モバイルの普及により企業のビジネスにおいてフロントエンドの価値が上がり、周辺のテクノロジーが重要になってきている。そのひとつがアドテクだ。セールスフォースは昨年DMP(データ管理プラットフォーム)のKruxを買収。「Salesforce DMP」と改称し17日に国内での提供を開始した。

「DMPのニーズが高まっていた。オラクルのブルーカイ(BlueKai)、アドビもそうだが、他社が持っているのにセールスフォースだけ持ってなかった。私自身はやはりDMPは企業の間でも用途が非常にばらばらだと思う。広告用途で使う方とCookieで連携させてCRM側で使う方と、非常にばらばらになっている」。

「ユーザー企業が顧客を増やしたい場合を想定してFacebookのカスタムオーディエンスとかGoogleのカスタマーマッチと連携するようになった。ただ、アノニマスな顧客のデータを全部取って、セグメンテーションをかけ、そのセグメンテーションも自社のデータだけじゃなくて外部と連携させてやるというソリューションがなかった。DMPの買収は非常にありがたかった」。

「会社全体で見るとアノニマス(匿名)のところからずっと情報を取りながらコンバージョンし、その情報を引き継いでいって数百億、数千億件のデータを入れる箱を我々はもっていなかった。マーケティング系のデータ、CRMのデータ、ウェブサイトのタグのデータからIoTのログデータまで来る。とにかく大量に放り込めてセグメントしていける箱の構造は、CRMとつながった後でも必ず役に立つ」。

ライフイベントを捉える、CCCとの提携

DIGIDAY[日本版]は2016年2月に日経新聞の電子版担当執行役員渡辺洋之氏をインタビュー。DMPにKruxを採用していると明らかにしていた。笹氏は「ラグジュアリーなブランド、自動車、保険、クレカなど高付加価値商材でシニア層もしくは富裕層にアプローチしたいという要望があった。日本経済新聞社がKruxで自分たちのデジタル広告ネットワークを管理していた」と語った。この座組はSalesforceが「エージェンシーらしい役割」を担っていると言っていい。「我々がはじめてこの取組みをしたわけではない。過去に同様のことを手がけようとした会社もある。これまでにもセカンドパーティーでデータをまとめようとするという試みがあった」。

日本最大級のTポイントカードを運営するCCCの小会社データベース・マーケティング事業を手掛けるCCCマーケティングと提携した。

「なぜCCCさんが我々のようなITベンダーと提携したのかというと、明らかにデジタルマーケティングをやるブランド企業がセールスフォースのソリューションを使っているから。3、 4年前だとそうではなかった。大手ブランドがどう予算を広告に持っていくか。デジタルにシフトしてもつながる先がないと、デジタル・トゥ・デジタルでやらないといけなかった。そこが可能性が出てきたというのが、CCCさんとの提携の背景だ」。

マーケティングの成果を測る手段がCCCとの提携で見えてきたはずだ。「我々はから強く言われたことがある。『ファーストパーティーのデータだけだとライフイベントは取れない。我々は金融だけど、金融機関のホームページのアクセス履歴で何しろと言われても難しい。結局、ユーザーがホームページに来たときはほぼゴールなので、もうたんまり広告予算使った後だ』と」。

「Salesforce DMP」にはユーザーとデバイスのつながりを類推する機能があるが、Cookieに頼っている部分があるだろう。筆者はCookieの精度はどうか、と質問した。「CRMにつなげるときは全部IDで精緻化されるので、類推から解き放れる。出口が広告の場合、ユーザーとデバイスの類推はあまり最後のぶれを気にしていない」。ROAS(広告費に対するリターン)を達成することが最も重要になるので、精度は最大の目標ではなくなる。

「各デバイスでのログインによりデバイスA、B、Cはこの人だったとわかる。他方、デバイスごとの記録も同時に残してある。DMPを活用したソリューションをやればやるほどアドテクとマーテク(マーケティングテック)はこれまで分かれていたと感じる。マーテク系の人間とアドテクの人間が社内で会話していると、新しい時代が創られている感じがする」。

アインシュタイン、CRMのAI

セールスフォース・ドットコムの会長兼CEOのマーク・ベニオフ氏は昨年「CRMのAI(AI on CRM)」として「アインシュタイン」を発表した。

「情報を提供している側もいいし、また、情報をもらっている側も心地よいっていうことをやるための示唆と利便性をアインシュタインでカバーできるとセールスフォースのなかでは考えている。非定型のAI系と定型のAI系とあると思う。で、非定型は顧客がどんなコメントをしてきても、顧客に非常に適切なメッセージを返す、自然言語を解析してそれに合った情報を探してきて返すことができる」。

「それが日本ではBOTとして広まった。ただ、セールスフォースの中っていうのは定型データの塊なわけですね。結局、CRM、特に、たとええば営業支援のSFA(セールスフォースオートメーション)をとってみても、『誰がいつどの顧客に行って、どのような商談をしたのか』が全部定型データで入っている」

salesforce1デジタルマーケティング・ビジネスユニットで常務執行役員を務める笹俊文氏=6月13日虎ノ門ヒルズ、吉田拓史撮影

「メールも一緒だ。『いつ、どの顧客にどんなメールを送ったのか。顧客がいつ開封したのか』がある。基本的に我々のSaaS上で決まったデータフォーマットで全部格納されるため、そのデータを解析しながら、たとえば 『営業系であれば、どの顧客にどのタイミングでこの情報を持っていけばより商談が加速するのか』を予測する。で、商談が加速するというのは当然売っている側としてはうれしい。顧客としても『ちょうど欲しいと思っていた情報がいいタイミングで来た』となる。こういった過去の定型情報を分析してAIがその示唆なり指示を出すことによって全てのアクティビティーが効率化されて、体験している顧客のベネフィットが増える。まずはそういう点でAIに組み込まれていくだろう」。

日本でも数社がベータ版をテスト

「その先というのはもともと、いくつか、10社買収したなかには画像解析、自然言語解析などがあるので、いわゆる近未来的な部分にかかるだろう。行くとこまで行くと完全にCRMやデジタルマーケティングの自動化だと思うが、やっぱり人間の嗜好(しこう)性とそれにまつわる変化を、どれだけ教師データとAIでオンタイムにキャッチアップするかは、ちょうど皆が試している最中」。

日本でもアインシュタインのテストがすでに開始されているという。「マーケティングクラウドの分野であれば、日本でも今年数社ベータでプロジェクトをはじめている。新しい物好きなので『うちもうちも』となるんですが、数社にとどめた。数社でちょっとやらせてもらい来年に向けてになると思う」。

Written by 吉田拓史
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