黒船「Netflix」は、日本のテレビ業界に維新をもたらすか? 〜来訪後の余波を検証

Netflix(ネットフリックス)を代表とする定額制ビジネスモデルが、広告型で運営されてきたメディアビジネスを震撼させている。テレビ、レンタルビデオ事業を守っていた外壁を、ネットとスマートフォンが破ったためだ。地殻変動後の新しい「秩序」形成は始まったばかりだ。

テレビビジネスに強烈な疑問符

「テラスハウスなどでの協働は、シャープに若者に刺さったコンテンツの価値を上げると判断した」。エム・データが2015年11月30日、東京都内で開催した業界関係者向けカンファレンス「新世紀テレビ大学」で、フジテレビの山口真コンテンツ事業部長はNetflixとのパートナーシップについて説明した。

「当初テラスハウスはNetflix側に響きが悪かったが、日本のテレビに明るい人が担当になってからは、映画でもヒットしたことと、YouTubeでの再生回数などが評価された」。同社では、リアリティ番組「テラスハウス」とドラマ「アンダーウェア」をNetflixで配信している。

テラスハウスの新シーズン『TERRACE HOUSE BOYS & GIRLS IN THE CITY』

苦境に直面するフジテレビ。開局以来の営業赤字、経済誌「週刊ダイヤモンド」の特集「誰がテレビを殺すのか」、ゴールデン帯の週間視聴率ではテレビ東京に抜かれ5位転落、と難しい状況が続いている。

ここに黒船NetflixとAmazonプライムビデオの「上陸」が重なった。Netflixのような動画配信サービスを、従来のインフラに頼らない、「OTTビデオ」と呼ぶ。特にOTT勢が用いる「SVOD(定額制動画配信)」というビジネスモデルは、テレビ局の広告型ビジネスモデルに強烈な疑問符を突きつけている。

だが、足に絡まる既存ビジネス

フジテレビはNetflixとの協業に動いた最初の日本のテレビ局となった。だが、山口氏はフジテレビとNetflixのパートナーシップは単品作品の共同制作にとどまり、今後の提携に関しては、ほかのプラットフォームを含めて慎重に検討すると話した。

山口氏は同社独自の動画配信サービス「フジテレビオンデマンド(FOD)」は会員数80万人に及んでおり、すでに黒字化したと語った。しかし、FODはフジ系のコンテンツのみを扱うのみ。「民放連の会長が音頭をとった」(山口氏)という無料動画配信サービス「TVer」は、在京5局がコンテンツを提供するものの、提供番組は部分的なものにとどまる。日本の視聴者は国内コンテンツに対してロイヤリティが高いと言われるが、OTT勢が抱えるグローバルで豊富なコンテンツ群は脅威になる。

既存ビジネスが足に絡まるので、日本のテレビ局のSVODへの移行は時間がかかりそうだ。しかも、動画配信サービスを「見逃し視聴」をすくい取る場として見ている面がテレビ局にはあるかもしれない。

ネット動画勢は静かに拡大

広告付き無料動画配信(ADVOD)を展開するのがGYAO!だ。現在約6万本のコンテンツをそろえ、さまざまなジャンルのテレビ番組コンテンツ、映画などを配信。視聴前広告(プレロール広告)などを収益源にしている。宮本直人社長は同じイベントで「インターネット企業なのでユーザ数拡大に力を注いでいる」と語った。ユーザー数が広告販売のカギを握るからだ。

ヤフージャパン傘下の同社は、影響力の強いヤフージャパンポータルのバックアップが見込め、国内ではYouTubeに次ぐユーザーをもつ。スマートフォンによる動画視聴の傾向に注力しており、「アプリを強化している。ダウンロード数は2014年1月と比べて2.1倍まで伸びた」という。

レンタルビデオから華麗に転身

米レンタルビデオ最大手だった「ブロックバスター」のたどった運命は、日本のレンタルビデオ業界が直面する危機をそっくりそのまま物語る。かつてのレンタルビデオ最大手は、94年にメディア大手バイアコムに買収されたとき、84億ドル(2015年12月のレートで約1兆円)の高値がついた。最盛期の2004年には全米に9000店舗を抱えていた。しかし、客足が止まり経営が傾いた。2010年に経営破たんし、再生後もふるわず2013年に命運を絶った。

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by Stu pendousmat

主要因はNetflixだった。Netflixも当初はDVD宅配レンタルサービスを展開する企業だったが、動画ストリーミング事業に移行。同社は一転して旧来のビジネスモデルを完膚なきまでに淘汰する。国土が広く、自動車中心の都市という米国の特徴も手伝い、消費者は動画配信サービスに雪崩を打った。動画配信の前では、レンタルビデオ業者は、コンテンツと流通面の双方で厳しい状況に立たされる。

日本のビデオ業界も虫の息?

日本でもレンタルビデオ市場の縮小はとまらない。2005年に3578億円だった市場は、2013年には2184億円まで縮小し、規模を4割減らしている。

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セル・レンタルビデオの市場規模の推移。縮小傾向が鮮明だ(出展:日本映像ソフト協会=JVA

「現状では『GEO動画』という名前でよちよち歩きをしている段階で、SVOD自体を学ばせていただこうという状況」。前述の30日のイベントにて、ゲオの遠藤結蔵社長は危機感をにじませた。ゲオは直営、代理、フランチャイズを含め全国1258店を運営(2015年3月31日)。旧作の低価格レンタルとリサイクルショップの融合業態を強みに、日本国内1461店舗(2013年12月末)を展開する、最大手TSUTAYAと競争を繰り広げてきた。だが、市場の風向きは突然変わった。

ゲオの生き残り策は、店舗とSVODを組み合わせた「ハイブリッドモデル」だ。2016年2月から運営するサービスは、配信ノウハウを持つエイベックス・デジタルとの提携による月額590円の動画配信サービス「ゲオチャンネル」。月に20本までレンタルできるプラン、宅配レンタルで旧作タイトルを月に8枚まで借りられるプランもプラス590円で利用できる。

コンテンツ制作にデータ活用

クリエーターの時代感覚に頼り、巨額予算を投じるコンテンツ制作の時代は終わりつつある。ビッグデータを活用し、オーディエンスのニーズにそったコンテンツをつくることが試行錯誤されている。Netflixのオリジナルコンテンツで大ヒットしたドラマ「ハウス・オブ・カード 野望の階段」はその典型例だ。

ビジネス情報サイト「ファストカンパニー」によると、Netflixは蓄積した視聴データを利用し、英BBCのオリジナル版「ハウス・オブ・カード」が視聴者の関心を得ていることを掴んだ。「同作の視聴者はデヴィッド・フィンチャー監督作品とケビン・スペイシー出演映画をよく観る傾向がある」と解析。ユーザーがフィンチャー監督の「ソーシャルネットワーク」を最後まで視聴する割合が高いこともわかった。これを根拠に1億ドル(約120億円)という莫大な制作費をつぎ込んだ。

ケビン・スペイシー氏が物語中にカメラを見つめて視聴者に話しかける演技も、
ユーザーから人気が高いという視聴データを根拠に挿し込まれた。

Wired」によると、ジョナサン・フェルナンド最高コミュニケーション責任者(CCO)は「我々は人々がNetflixで何を観ているかを知っており、視聴習慣に基づいた番組を好む『見込みオーディエンス』がどれだけたくさんいるか、大きな自信をもち、理解できている。時が経てば、全員から高いエンゲージメントを引き出しせるものが何かを選べるようになるだろう」と説明している。

コンテンツ提供者とのいざこざも

しかし、このオリジナルコンテンツなどがもとで、Netflixとコンテンツ提供者のもみ合いがはじまっている。米国のテレビ事業者からみれば、Netflixが動画配信インフラを持ち、コンテンツも制作することは、自分らの事業をあからさまに圧迫する。

FOXチャンネルを同系列に持つ「ウォールストリートジャーナル(WSJ)」は「Netflix問題、解決するメディア会社は?」との記事を出した。同記事によると、テレビ制作サイドにとっては、動画配信サービスとのコンテンツ・ライセンス契約は、収益源として急成長してはいる。Netflixと契約するテレビ事業者は、ウォルト・ディズニーやタイム・ワーナー、21世紀フォックス、CBS、バイアコム、ディスカバリー・コミュニケーションズ、AMCネットワークスなどがある。Netflix問題とは、コンテンツ提供で短期的利益は手に入るが、Netflixが成長することで、長期的にはテレビの広告収入を失うことだ。

Netflixからコンテンツを引き揚げることが正しい動きかもしれないのだが、現状はいわゆる「囚人のジレンマ」の典型例となっている。問題は、誰が最初に業界のために短期的な利益を放棄するかだ。(中略)タイム・ワーナーのジェフ・ビュークス最高経営責任者(CEO)は、ライセンシングが同社の事業に及ぼした打撃について認めており、同社がNetflixや同様のサービスにコンテンツを販売するまでの期間を長くすることや、ライセンシングそのものを控えることを検討しているとアナリストに伝えた。

別のWSJ記事によれば、ディズニーABCグループが、Netflixでの番組前に同社のロゴを4秒間表示させたこともまた波紋を呼んでいる。それをNetflixが頑なに拒んできたからだ。コンテンツ提供者側は、自社ブランドとコンテンツが切り離されて放映されていることで、ブランディングの機会を損失していると考えており、Netflixが自社コンテンツにだけ自社ロゴをつけて放映していることに神経を尖らせてきた経緯がある。ABCのロゴ掲出後はほかの提供者もロゴを出せるかが焦点になるが、Netflix側は放映内に広告に類するものが増えれば、SVODのメリットが減るというジレンマを抱えている。

古くて新しい定額制がトレンド

プラットフォーム型の事業者にとって、増やしたユーザーから一定の額を得る定額制(サブスクリプション)ビジネスモデルはとても合理的だ。CDを売る業態が大きく縮小した音楽業界では、Apple Music、Spotify(スポティファイ)、Tidal(タイダル)などの定額制配信サービスが競争している。長い間、広告モデルを採用してきたYouTubeもまた、2015年11月に定額制動画配信サービスの「RED」を開始し、二本足戦略に転換。今後はテレビ、映画コンテンツの配信に手を伸ばそうとしている。

インターネットでは、広告がユーザーエクスペリエンス低下を招き、ユーザーの広告ブロックを引き寄せる悪循環のなかでは、広告モデルはハードルを抱え続けることになる。テレビ番組の録画視聴におけるコマーシャル飛ばしのように、ユーザーが広告を好まない傾向は多くの調査で明らかになっている。

ただし、テイラー・スウィフトがApple Musicに主張したように、関係者間での利益分配がうまくいかなければ、定額制はたちまちのうちに破綻する。参加者が相応の利益を得られる「エコシステム」の構築が重要だ。

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by Eva Rinaldi

Netflixの死角は、10代の若年層だ。現状日本での議論はテレビがネット化するという部分に集まるが、特に「ジェネレーションZ」と呼ばれる世代が自分らで使い倒せる「インタラクティブ(双方向的)」なメディアを好むことは、懸念材料になるだろう。Snapchat、LINEなどのメッセージングアプリ、Periscope(ペリスコープ)、ミックスチャネルなどのライブ動画ストリーミングのようなインタラクティブなメディアが、「テレビ型」の受動的なメディアの取り分を侵食することはありうる。

Wrriten by 吉田拓史
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