動画の「コモディティ化」がもたらす新時代マーケティング:モバイルが牽引する動画革命

メディア消費が多様なデバイスに断片化したいま、テレビとデジタル動画の組み合わせに注目が集まっている。テレビを含めた動画(Video)の役割は急速に多様化しているが、状況を変えているのは、やはりモバイルだ。

1.30秒と国境を越えるデジタル動画

「テレビ広告が必要ないということではなく、CMも打っている。ただデジタル動画はテレビの何十分の一の予算。製作費しかかからないといっていい。長尺の動画の製作費も、テレビCMより安いか同等のコストでできる」。今月9日、東京都港区で開かれたブランデッド動画のコンテスト「Branded Shorts(ブランデッド・ショート)」 。ネスレ日本の高岡浩三社長はこう語った。

ネスレはスイス拠点の世界最大の食品・飲料メーカー。「キットカット」はネスレが誇る世界的商品だが、日本は世界最多となる200種類以上のフレーバーを展開。地域限定フレーバーは価格競争に巻き込まれない商品であり、訪日外国人は「抹茶」「わさび」などのユニークなフレーバーを「おみやげ」にする。

日本のキットカットを海外で売ろうと目論む高岡氏。「日本にくる韓国、中国の方がキットカットを山ほど買って帰る。日本のキットカットを直接中国・韓国で販売しようということになった。国境を超えるインターネットで『Branded Movie(ブランデッド・ムービー)』を提供することにした」と語る。製作されたブランデッド動画「Life is …」は、中韓に照準を絞り、監督は中華系シンガポール人の写真家レスリー・キー、主演は韓国出身の知英(ジョン)という布陣、全編英語だ。

ブランデッド動画は15〜30秒の枠を越えて、ブランドストーリーを伝えられる。高岡氏はキットカットのテレビ広告費約30億円を見直し、受験者向けの「キットカットはきっと勝つ」キャンペーンなどを展開したことで知られる。「単にブランドの広告として素晴らしいのではなく、作品として素晴らしいことが重要だ。映画のような20世紀型のビジネスがインターネットで復活することになる」と述べた。

2.テレビの親友になりたいFacebook

Facebookが今月初旬に開いたプレス向けラウンドテーブルで、Facebook Japanマーケティングサイエンス責任者の大志摩丈嗣氏はこう主張した。「動画の方が画像より広告の認知率が倍高いことが調査でわかった。クリック率(CTR)と購買意向には相関がない。広告の当たる回数とブランドの指標には実は相関がある。広告の当たる回数を高めるほうが広告素材の認知が高まり、ブランド好意度が高まる」。

リサーチ会社カンタージャパンがFacebookと共同で、日本の大型ブランドキャンペーンについて実施した調査は、「テレビCMとFacebook広告の組み合わせが効果的だ」としている。同社デジタルソリューションディレクターの関井利光氏の説明はこうだ。

  • 大型キャンペーンでの平均的なデジタル予算比は1割
  • テレビCMはヘビーユーザーに対してフリクエンシーが高くなる
  • 深い態度変容はメディアを重ねないと上がりづらい

広告主としては、ヘビーユーザーからライトユーザーまでくまなくリーチしたいが、テレビCMはヘビーユーザーに過剰に当ってしまうという(下図)。各種のメディア接触調査から、テレビヘビーにおける高齢者層の構成比は高いと推測できる。若者に当てたいときにはロスが拡大する面がありそうだ。

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また、カンターは「認知関連の指標は広告効果によって上昇しやすいものの、意向、行動とファネルを深く進むにしたがって、広告効果で上昇させられる値は小さくなっていく。この結果は各キャンペーンごとに見ると大きく異なる。新規ブランドの場合、過去の蓄積がないため1度のキャンペーンで得られる広告効果は大きい。一方、成熟したブランドであれば、過去の活動の蓄積でブランド態度が築かれているので、1度のキャンペーンによって意向や行動といった深い態度変容を新たに作り出せるのはターゲット人口の数%しかいないということが多い。また、直近のキャンペーンの影響が強く残っていて広告効果が限定的になることや、広報活動や店頭活動に力を入れると広告以外の影響が強くなることもある」と説明している。

この条件下で、態度変容に関しては、複数のメディアによるシナジー効果が重要だという(下図)。図の右側「シナジー効果のシェア」ではシナジー効果(メディアを重ねあわせる効果)がファネルを降下するにつれて拡大し、行動の段階ではシェアが64%まで拡大する。「合わせ技一本」になりやすい、ということだ。

もちろん、キャンペーンごとに状況は異なる。

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マーケティングサイエンス研究開発部門責任者のフレッド・リーチ氏は、Facebookのトラッキング能力を誇り、「ピープルベースドマーケティング(人単位のマーケティング)」が広告主のデジタル施策を支援できると話した。リーチ氏は、消費者は複数のデバイスを利用し、多数の情報接触を繰り返した末に購買に至る傾向があり、情報収集と購買をするデバイスが異なるケースがあると指摘する。Facebookは最近、日本の広告主に対しテレビとデジタル広告を組み合わせる方法を提案する傾向が鮮明だ。

3.モバイルは動画のあり方を大きく変えている

モバイルは動画のあり方を拡張する決定的なファクターだ。デスクトップ/ラップトップまではテレビでの動画視聴の延長線上だったが、モバイルでのネット接続は家の中、家の外の両方に染みこんでおり、どんな瞬間・位置・状況においても動画を視聴可能にした。

モバイル動画視聴が拡大しているとみられるが、その要因としてデバイスの高機能化、通信環境の向上のほかに、自宅の内外でのWi-Fi利用が考えられる。Wi-Fi機器の価格は最安で1000円台に達し、人々が自宅にWi-Fi設備を導入する障壁がなくなった。Wi-Fi接続により、通信費を気にせず動画視聴することが可能になっている。

以下は英国のデータだが、モバイルでのネット接続を「主に家の外」「家の外」に限定しているのは利用者の10%に過ぎない。Wi-Fi接続の可能性が高い「家と外の両方」は66%、「主に家の中」「家の中に限る」という利用者は24%に上る。モバイルのトラフィックの40〜50%は、電波ではなくWi-Fiで生まれている(下図、March 2016, Andreessen Horowitz ”Mobile Ate The World“)

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英国営放送BBCの動画ストリームに対するリクエストの41%がスマホ(19%)とタブレット(22%)のモバイルでなされている(下図)。BBCの動画ストリーミングを電波環境で視聴すると通信費がとてもかさむことになるため、ほぼWi-Fi通信での視聴といっていいだろう。

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スマホがリビングルームに進出していることを意味している。デスクトップ、ラップトップ、そしてテレビで動画視聴してきたリビングルームにおいて、人々はスマホを有力な選択肢に入れているようだ。Netflix、Huluのような「テレビコンテンツ」配信の拡大もモバイル視聴を拡大するだろうだろう。eMarketerによると、日本の動画配信サービスの購読者(サブスクライバー)のうち、スマホとデスクトップ/ラップトップの視聴を比較すると、781万人(約74%)がスマホ経由、269万人(約26%)がデスクトップ/ラップトップ経由とスマホが優勢だ。前年同期に比べ、スマホでの視聴時間が拡大しつつある。

Wi-Fi利用はデスクトップ/ラップトップとの境界を曖昧にし、一部の層に対して、モバイルのファーストスクリーン化を推し進めていると推測できる。モバイルは加速度的に高機能化しており、特に日本は大半の富裕国に比べ、一部のPCより高機能なiPhone、iPadが普及。画面も大きくなる傾向があり、動画を視聴する環境は整うばかりだ。

4.動画はコミュニケーション手段:沸騰する「いま」の価値

モバイルは動画の枠組みを大きく広げている。そのひとつは、動画が若者のコミュニケーション手段になったことだ。欧米圏で急速に拡大するSnapchat(スナップチャット)はその好例だ。

若者はスナック菓子のような動画を見せ合っている。Snapchatのアプリは自撮り画面から始まる。つまり、動画は映画館のシートに腰をおろして観るものでも、リビングルームのソファに腰をおろして観るものだけではなくなった。あらゆるロケーションから近況を友人に伝える、意思疎通手段になっている。

Snapchatは動画コンテンツをとても簡単につくれるようにした。フィルターをかけて録画ボタンと停止ボタンを押し、友達にみせればいい。「テキストメッセージよりかんたん」と感じるユーザーも少なくないはずだ。Snapchatの動画はすぐに消えるが、これは動画送付の目的が情報の伝達ではなく、コミュニケーション自体であることを示している。話した瞬間に消えていく雑談のようなことを動画でするのだ。

Snapchatの情報が消えることは、もうひとつの若年層の新しい情報消費の傾向を物語る。それは、あらゆる情報がアーカイブされるインターネットのなかで、逆説的に「いま」がとても重要になっている、ということだ。保存されず消え去ってしまう「いま」は、現代の体験志向とも符合しそうだ。

この「いま」とモバイルは密接に関与していると思われる。モバイル動画ライブストリーミングアプリは米国ではPeriscope(ペリスコープ)、Meerkat(ミーアキャット)が先行した市場(日本では2010年サービス開始のツイキャスが先行)だが、Facebook、LINEなどの大型プラットフォームが参画し、競争が激しくなっている。GoogleもPeriscopeのようなモバイル動画サービス「YouTube Connect」を開発していると言われる。AbemaTVは生中継をしている。人々はTwitterで動画ストリーミングの感想をリアルタイムで不特定多数の人々に伝えたり、LINEのなかで語り合ったりし、体験を共有する。Twitter、インスタグラム内検索で粗いが生々しい情報を拾うという行動も「いま」重視の表われかもしれない。

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群衆コミュニケーションの典型、渋谷の交差点 (Photo by Benny Ang)

「いま」を群衆と共有する。ハロウィン、サッカー日本代表の応援を通じて、渋谷の交差点で見知らぬ人々とすれちがって群衆とノイズ混じりだが膨大な量のリアルタイムコミュニケーションがしたい。自身が所属するネットワークや日常の人間関係の延長上にあるソーシャル内では体験できない、ランダムで不確実で即時的でダイナミックに形成されるネットワークに入りたい。つまり「リアル」なものに触れたい。

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体験を共有したい若者たちにとってモバイルで作成、視聴する動画は格好のコミュニケーションツールだ (Photo by Big Ben in Japan)

また、モバイル動画はテレビなどとは異なる進化の仕方をしている。「無音視聴がベーシック」「注意が散りやすいため、最初に注意を引くクリエイティブが要る」「1分すら長い」「早送り」などの傾向があるが、なかでも、「タテ型」は抗いがたいトレンドだ(詳しくはこの記事)

元LINE社長、C CHANNEL代表取締役の森川亮氏は6月6日、東京都港区で開かれた「アドバタイジングウィークアジア(AWA)」で「スマホが登場してから、ゲームも音楽も縦で楽しむ時代になっているのに、動画だけはまだ横だ。スマホ時代には動画もタテ型になる」と指摘。別のセッションに登壇したバイドゥ(百度)ジャパンCEOのチャールズ・ツァン氏は、傘下のpopIn(ポップイン)による調査で「日本でのスマホ動画視聴の8割がタテ視聴されていることが分かった」と話している。ユーザーはヨコ規格の動画も画面を倒さないで視聴しているようだ。

5.プログラマティックTVに向かう北米

テレビ事業者も動画のマルチデバイス化・多様化に対して変化を進めている。「プログラマティックTV(以下PTV)」だ。消費者が多デバイス・多接触になり、デジタル側でより精密なコンテンツマッチが模索されるなか、テレビ側は対応を迫られている。米最大テレビネットワークNBCUは今秋、プログラマティック取引に踏み出そうとしており(詳しくこちらの記事)ルパート・マードック氏が率いるFoxも追いかける見通し。4大ネットワークのうち2社がPTVに向かう。

カナダも同様だ。加メディア大手、ベルメディア(Bell Media)は6日、動画プラットフォーム、ビデオロジー(Videology)が提供する技術で、各者のデータに基づいた取引を導入すると発表。加メディア大手ロジャースメディア(Rogers Media)が追いかけた。5日後の6月10日、AOLとデータを利用したテレビCM在庫の閉鎖的な条件での自動取引(プログラマティック・プライベート・マーケットプレイス)を開始すると発表した。AOLによると、AOLが保持する広告自動配信技術をテレビ広告取引に当てはめる形で、独自に設定した属性データ(カスタムデモグラフィックデータ)も2017年から活用可能になるという。

これでカナダの3大メディアグループのうち2者がPTVに舵を切ったことになる。AOLは昨年豪州MCNともPTVの提携をしている。

NBCUを傘下に置く、米最大のメディア複合体コムキャストはデジタル動画配信・動画広告配信に関して、M&Aを絡めた独自構築を進めている。コムキャストは自社だけでなくFox、バイアコムなどのテレビパブリッシャーの動画広告配信を支援するフリーウィール(FreeWheel)を2年前に3億6000万ドル(約380億円)で買収。フリーウィールは5月初旬にフランスの動画広告スタートアップ「スティッキーアズtv(StickyADS.tv)」を買収。StickyADS.tvは仏公共放送「フランス・テレヴィジオン」、仏大手テレビ局「M6」などの動画広告配信を支援する。

※本記事の「プログラマティックTV」の定義は「取引が自動化され、オーディエンスデータが活用されるテレビCM在庫取引の広告技術」。テレビ事業者、ベンダーごとに多様な定義付けが認められる。

デジタルインテリジェンス代表取締役・横山隆治氏はDIGIDAY[日本版]への寄稿で、日本への「プログラマティックリネアTV」の導入可能性を検討し、次のように指摘している。

「手売り」だけだと、やはり案件単価の大きい出稿だけ扱うのが前提だ。経済原則で考えれば、案件単価の高いかわりにパーコスト(視聴率1%あたりのコスト)の低い扱いは「手売り」時代は楽で効率的だが、プログラマティックによるオンライン取引時代になれば、案件単価は低いが、パーコストの高い多数の案件受注を受けられる可能性があるのだから、テレビ局がこれを選ばない理由が見つからない(実際米国ではPTVで非常に高いパーコストが出現している)。

クロスデバイス、クロスプラットフォームの測定が課題であり、テレビとデジタルの指標が異なる点が課題だ。Twitterグローバルブランド責任者のメリッサ・バーンズ氏は「テレビとTwitterのあいだの課題だけではなく、Google、Facebookというほかのプラットフォームともどう調整するか、という課題も含んでいる。広告主とは密に連携して、どうすれば均(なら)した形で評価できるか話し合っている」と語った。博報堂DYメディアパートナーズ常務執行役員の三神正樹氏は「業界で協調し、早い段階で解決しなくてはいけない課題」と指摘した。

6.高齢化社会でもデジタル動画は不可欠

高齢者はテレビ視聴を好んでいる。ビデオリサーチによると、司会の桂歌丸が勇退した5月29日放映の「笑点」(日本テレビ・関東地区)の世帯視聴率は28.1%をマークしている。ただし、これは「世帯」視聴率。テレビの前にいる年齢層には偏りがありそうだ。テレビ接触時間に関する各種の調査は、利用者がどれだけアテンション(注意)を払っているかを補足しない。テレビの前にいてスマホ操作に集中している状況を、「視聴」としていいのだろうか。

高齢化社会の日本でも40歳以下ではデジタルデバイスが人々の時間を握りつつある。博報堂メディア定点調査2015によると、40代以下(40代女性を除く)のデスクトップ、タブレット、モバイルを合算したデジタル接触時間は、テレビの時間よりも長い。これから年齢を重ねる子どもたちのほとんどが、デバイスのさらなる進化がない限りスマホネイティブになると考えて良さそうだ。つまりテレビだけでは届かない層があるのは確かだ。

前述のカンター調査は大型キャンペーンでの平均的なデジタル予算比は1割とするが、人々の生活行動はデジタル化している。生活行動の変化の決定的なファクターと考えられるモバイルに対する動画は、極めて重要な役割をもつようになる可能性がある。デジタル側にはフラウド、ビュアービリティなどの課題があり、ロード時間や過剰なフリクエンシー、押し付けがましい掲出方法など、ユーザー体験の課題があり、モバイルエクスペリエンスの改良が現在のイシューになっている。マーケター側から見れば、「テレビ+動画」はマーケティングの基礎的なアプローチのひとつと考えられ、この基礎部分とほかの部分をどうデザインするかが次のイシューになるだろうか。

Written by 吉田拓史
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