「新聞社はGoogleよりも良い仕事ができるわけない」:元メディアコンサルタントの告白

古くから続く老舗メディアのほとんどは、大きな問題に直面している。しかし多くは、それに気付いていないか認めようとしていない。

匿名で業界について正直に語ってもらう、「告白」シリーズ。今回は、長年に渡りメディアのリニューアルを支援してきた元コンサルタントに、老舗メディアの窮状を語ってもらった。

以下、読み易さのために若干の編集を加えている。

――パブリッシャーたちは崖っぷちに追い詰められているのか?

残念なことに答えはイエスだ。しかも自分自身で追い込んでいる。

――それはなぜか?

彼らのビジネスは流通面で限定的な、もしくは比較的閉じられたマーケットに長く存在してきた。流通における競争が非常に限られていたんだ。

昔は参入障壁が非常に高かった。事情に通じている、権威的な情報源であるという地位を以前は持っていた彼らだが、それが失われてしまった。だからこそ、崖っぷちに追い詰められたんだ。というのも権威的な地位を利用して繁栄するようにデザインされた大組織だからだ。

――なぜ彼らはピボットできなかったのか?

要素はふたつある。ひとつ目は彼らの収益と地位の大部分が伝統的なビジネスから来ていたこと。ふたつ目は彼らが状況を理解しようとしないことだ。

たとえば新聞(ブランド)を5つ所有する経営者は、何をしたら良いか分かっていたとしても、パブリッシャーとしての彼のモチベーションは、5つの新聞から得られる年間300万ドル(約3億円)の収益なのだ。

――あなたならどんなアドバイスをしますか?

もし日刊の新聞であれば、毎日発行するのをやめるように言う。毎日発行することに経済的な意義はない。日刊によって会社は金を失っている。編集者たちは毎日発行しなければ必要な社会的影響を持つことができないと言っている。しかしプロダクトはオンラインで発見されているわけだし、そんな事を言いながらニュースチームを大幅に縮小しているわけだ。エゴが常識で考える邪魔になっている。

――エゴの次には何が障害になっているのか?

現実的でない期待だ。ローカルな広告なんかは、仕事量は多い割に収益がほぼ無い。利益が無いんだ。500ドル(約5万円)程度の広告主から利益を生むことなんて不可能だ。

なぜ、Googleよりも良い仕事が自分たちは出来ると考えるのか。できるわけないんだ。それでも彼らは収入源を失うことを恐れている。ローカルなマーケットで大幅な利益を生んだところなんて存在しないんだ。

こういった人たちにデータを見せて上手く行かないことを説明したり、悪い結果が生まれていることを示しても、彼らは結局そのままやり続ける。

――動画は解決策になるか?

ある程度の規模がすでにあって、ライブ動画を制作できるなら助けにはなる。しかし結局のところ、ユーザー体験が良く無い。

それほどの規模がなければ、クオリティの高い動画を作るという手もある。だが、人々にとって、動画を見るための目的地となることはないだろう。スケールを生み出すことができないからだ。

BuzzFeedやビジネスインサイダーといった企業は、プロダクションにかけるのと同じくらいの手間をディストリビューションにかけている。それを伝統的なパブリッシャーたちは理解できないようだ。BuzzFeedやビジネスインサイダーは、本当の仕事はプロダクションが終了した後にはじまることに気づいたんだ。

新興メディアでは、プロダクションに1ドルを費やせば、ディストリビューションにも1ドルを使うようになっている。レガシーなメディアでは、1ドルに対して25セントだ。それ以上の投資を正当化できない。まだビジネスのルールに気づいておらず、それを実行するために人を雇うこともしたくないらしい。

――だから、彼らはとてつもなく遅れていると?

新聞は正しく、そして早く出すという信条があるが、新しいメディアにとって大事なのは、もっとも人気のある情報をトップにもってくることだ。

――人々が彼らの(レガシーメディアによる)プロダクトを前ほど欲しがっていないという事実に、どう取り組むべきか?

ニッチなプロダクトになることがもっとも良い新聞のあり方だ。需要の問題を解決できないのであれば、供給の問題は解決する意義はないという人もいる。新聞社たちが理解しないのは、もっとも意見を反映して欲しいと深刻に願っているのは、ニッチなオーディエンスであるということだ。

新聞社たちは主流で人気のあるプロダクトとして競争する方法を知らない。そのため競争ができていない。新聞社たちは自分たちがニッチなプロダクトであるという事実に気づかないといけない。

Lucia Moses(原文 / 訳:塚本 紺)