ワトソンもわかりやすくなるIBMのデザイン:最高位デザイナー、ダグ・パウエル氏

IBMがデザイナーを増やしている。社内でのデザイナーのキャリアパスも明確になり、デザインシンキング(デザイン思考)が実践されているという。

世界に3人しかいない最高位の「ディスティングイッシュトデザイナー(傑出したデザイナーの意)」の1人、ダグ・パウエル氏が来日。

エグゼクティブからエンジニアまで求められるデザイン思考や、どうデザインを用いてワトソンについて知ってもらうかなどについて、パウエル氏に話を聞いた。

――なぜディスティングイッシュトデザイナーのポジションがIBMにできたのでしょうか?

デザイナーのキャリアパスがIBM内にできたことになる。IBMの最高のポジションまでデザイナーが到達できるようになった。大学を卒業したばかりのデザイナーも雇用しはじめている。デザイナーのレベルのなかで最高位がディスティングイッシュデザイナーで、世界で私を含めて3人だ。いまやデザイナーがIBM内で一生のキャリアを遂げることも可能になった。

――どうしてIBMはデザイナーを活用しはじめましたか?

世界が変わったからだ。我々は皆、新しいデバイスをもち、情報を交換する。労働力におけるデモグラフィックも変わった。若い人たちは、自分たちが利用するテクノロジーについて、両親の世代とは異なる期待をもっている。仕事の間利用するテクノロジーが、プライベートな時間に利用するテクノロジーと同じように素晴らしいものだと期待する。

もしそれが期待はずれだとすれば、使わないことを選ぶ。何か新しいものを探すか、皆でハックしていい方法を探すのだ。

IBMはそのニーズのために変わらなければならない。IBMは人々がそれを利用し業務を行うためのテクノロジーを生み出さなければいけない。トレンドはより良いユーザーエクスペリエンスだ。

――デザイナーを来年には1500人にまで増やすそうですね。

4年前にプロジェクトが開始されたとき、約250人のデザイナーがいたが、IBMのような大企業にはそれでは十分ではなかった。デザイナーとエンジニアの望ましい割合が模索された。新しい組織を目指すうえで、おおよそ数百人のデザイナーを迎え入れることになった。

――いまや消費者は大きな力を握りました。IBMはB2C企業ではないですが、B2Bの現場でもコンシューマー製品のような体験が求められていますね。

IBMがAppleのようなコンシューマーカンパニーになるわけではない。ただ人々はビジネスの現場でもコンシューマー製品で享受するエクスペリエンスを求めている。彼らはそれらを区別せず、ただ「いい経験」を求めているだけだ。

以前は仕事とプライベートの境界線はくっきりわかれていた。朝、仕事に行き、17時か18時に仕事を終える。もうこういう働き方をしなくなった。職場を離れた後もさまざまなデバイスを利用し、メールをチェックしたりする。

我々はそれに対応する必要があった。しかしこれはかなりやりがいのある仕事だ。テクノロジー自体は複雑になっているのが、ユーザーはシンプルなものを求めているからだ。ここにはギャップがある。

たとえば、インスタグラムは素晴らしいユーザーエクスペリエンスを誇っているが、背後にあり、体験を向上させているデータアナリティクスはとても複雑なものだ。

IBMとして、この複雑なテクノロジーを最高のユーザーエクスペリエンスにつなげるのはとてもやりがいのある仕事だ。多くのデザイナーを雇用したからといって短期間で達成できるとは限らないタフな仕事だ。

――モバイルやセンサーは多量のデータを生み出しています。デザインはデータをどう扱いますか?

とても意欲をそそる仕事だ。人々はビジュアルで捉えられるものや簡単なものを求めている。同様に完璧なエクスペリエンスも求めている。テクノロジーをモバイルなどのデバイスの小さなスクリーンにフィットさせないといけない。IBMのテクノロジーはシンプルではない。

ユーザーのタイプが変わってきた。誰がデータを分析したがるかということも変わった。ビッグデータを分析するのは特定の技術者だったが、いまやコーヒーチェーンのオーナーが「どの時間帯がもっとも忙しいか」「どこに新しい店舗を開店するのが望ましいか」を知るためにビッグデータ分析をする時代になった。彼らはデータサイエンストではないが、データを知る必要がある。

この一例からも高度にテクニカルな内容をシンプルなものとして提供することが大事なことがわかる。

――テクノロジーの複雑性が増すなかで、テクノロジーとインターフェイスのギャップも拡大するはずです。この状況にどうデザイナーは対処しますか?

我々のコグニティブコンピューティング「ワトソン(Watson)」は素晴らしいアイデアだろう。言葉でこのテクノロジーの使い方を説明しようとは思わない。ワトソンが何をもたらすかを実際に見せたい。ワトソンの使い方を示したところ、顧客はすぐさまわかった。

――デザイン思考の実践はどうされていますか?

デザイン、デザイン思考はある種のワークスペースが必要になる。組み立て式のレイアウトになっていて、壁も可動式であるので、配置を簡単に動かすことができる。フレキシブルで簡単に動かせるスペースは本当に重要だ。

IBMは世界170カ国に広がるグローバルカンパニーだが、IBMスタジオはすでに世界30カ所につくられている。デザイナーたちが働き、デザインシンキングが実践される。小さなチームが協働しあい、クライアントが訪れることもできる。クライアントもIBMが「100年の歴史を伝統的な企業」との印象を抱いているが、ここにくれば「新しいタイプの会社」で、新しい形の働き方をしていると考えてくれる。

――エンジニア、営業、業務系の方々と話すとき、デザインについて伝えるのは大変ではないでしょうか?

デザインとはビジュアルとしてどう認知されるかに関するものだ。だが、大部分はどう、人々のニーズに対して、テクノロジーをデザインするか、に関することだ。とてもやりがいのある仕事で、この3年間取り組んできたことだ。人々に素晴らしいユーザーエクスペリエンスを提供することが重要だと知るため、一緒にデザインを実践してみたり、絵を書いたり、何かを作ってみたりする。ただ単にそれについて話したり、スライドを見せたりするのは効果的ではない。

――経営層とも話すと思います。彼らは収益、利益、株価に集中しているはずで、デザインを知ってもらうのは骨が折れそうです。

もちろんそうだろう。ただ彼らはいい結果を出すためにどうチームで動くべきかを模索している。考え方や専門性の異なる幹部が複雑な問題に取り組んでいる。チームというのはデザイン思考をはじめる最初のきっかけになる。チームとしてより効率的に、より効果的に、より早く問題を解決しようとするエグゼクティブにとって、とても役立つのだ。我々は経営層のためのデザイン思考のプログラムをもっていて、実際にそう感じている。

――デザイン思考の意味はとても拡張しています。IBMにとってのデザイン思考とはなんでしょうか。

人間を中心に据えて、複雑な問題を解決することだ。テック企業は人々をユーザーと呼ぶ、小売業はカスタマーと呼ぶ。どんな業種でも常に人が中心にある。人間を理解する必要があるのだが、それは表面的ではいけない。その人の人生すべてを思い浮かべてみることで、多くのことがわかる。

――有機ELなどの素材の進化によりデバイスが変わります。ネットももっと高速になるでしょう。人々の行動も変わることになります。ではデザインはどう変わりますか?

常に周辺状況や環境の変化を見てとり、変化を続けていくことこそデザインの本義だ。そのような状況は我々が変化し続けていくことを許容する。IBMが長い歴史のなかで自分を「再発明」してきた経験とも合致する。巨大なメインフレームコンピュータからパーソナルコンピュータを経て、サービス企業からソフトウェア企業になり、いまやクラウドとコグニティブを扱っている。

――人工知能のワトソンとデザインはかなり異なるもののようにも思えます。

20世紀半ばのIBMの歴史を遡ると、当時IBMではさまざまなデザイナーが活躍していた。1950〜1980年代に彼らはテクノロジーを人々に近づける努力をしてきた。「テクノロジーとは何? 怖い」という人々に説明をしてきた。だから、私の仕事は「ワトソンって怖いな」という人にデザインの力で理解してもらうことだ。

text by 吉田拓史
Photo by 小川孝行