IoT時代、すべての製造業はサービス業になるしかない:高まるエクスペリエンスの重要性

消費者行動のデジタル化が進むなか、企業が求めるマーケティングサービスのニーズは多様化している。『IoT時代のエクスペリエンス・デザイン』(5月18日発売)を著した電通・デジタル・マーケティングセンター エクスペリエンスマーケティング部 エグゼクティブ・コンサルティング・ディレクターの朝岡崇史氏は、「同質化」の時代にすべての製造業はサービス業化しなければならず、そのサービスがもたらすエクスペリエンスが企業活動の成否を握ると語った。

「ブランド戦略の大家、デイヴィッド・アーカー氏によれば、ブランドは企業のストック資産だということになっていた。しかし、ソーシャルが出てくると、消費者側がブランドについて語り合うようになってきた。顧客の心理変容のあり方が変わってきた」。

電通は行動モデルがAIDMA(アイドマ)から、ソーシャルメディア黎明期の2004年、AISAS(アイサス)に移り、2011年にはSIPS(シップス)へと移行したと定義している。AISASでソーシャルを基点とした「シェア(Share)」という行動が生まれ、SIPSで「共感(Sympathize)」「参加(Participate)」という新しいフェイズに移行したということだ。

コミュニケーションの非言語化が加速する

このような行動モデルの変化は、もちろんコミュニケーションの変化と表裏一体だ。朝岡氏はノンバーバル(非言語的)なコミュニケーションがさらに拡大すると予測する。「(ウェアラブルデバイスが)顧客の気持ちを示すセンサーになり、生活の記録を残す『ライフログ』をためていく」。

デバイスの進化が後押しする。「あらゆるものがウェアラブルになっていることが大きい。イベント、スポーツのときにデバイスが光を発し、顧客の感情の変化が即時的にわかるようになる。そういう表現が考えられる」

IoT時代にはデータが貯まるため、人工知能の解析により改善提案が出てくるようになる可能性に言及した(下図)。「データを利用しながら、企業と顧客がつながる。日本の企業がやらないと、アメリカの企業がどんどんやっていくだろう」。

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ただ、人工知能ですべてが解決するとは考えていない。「すごく楽観的に考えると、AIが人間の気持ちを察してくれて、実現してくれるということだが、そうはならず、客との人間同士の接点は残っていくだろう。最終的に情報を解析するのは人間であり、解析は消費者を向いたものでないといけない」と説明する。

日本の製造業に広がる危機感を、朝岡氏もひしひしと感じている。「自動車や電機は80〜90年代、日本が世界を牽引した。そういう産業がどんどんテクノロジー企業に押されている。常にデータを媒介にして企業が顧客とつながり続けることが重要だ」。

Googleなどが競い合う自動運転、Uber(ウーバー)などのライドシェアは将来的に「自動運転の乗用車を人々がシェアしあう」というビジョンで合流するかもしれない。大手自動車企業によるライドシェア企業への出資が相次いで起こった。

「自動運転が最初に実用化されるのは中国」

自動運転が一番最初に実用化されるのは中国だと思う、と朝岡氏は語る。「中国の大学で教えていたことがあり、しばしば中国に行く機会があった。クルマの数が多すぎて、大渋滞している。中国に必要なのは、製品としての自動車を提供することではなく、モビリティ(移動性)を提供することだ。自動車会社はクルマを提供する会社ではなく、モビリティという社会的なサービスを提供する会社にならないといけない」。

モビリティの需要だけでなく、規制の調整も中国は素早くやれるかもしれない。「事故を起こした際に誰が責任を追うのかなど法整備の問題があるが、社会主義の国だったらそういうところは乗り越えられる。日本や米国では難しい。日本では高度経済成長期のなか、交通安全を自動車利用者に教育する時期があったが、中国にはそれがなく車社会を迎えており、タクシーのサービスに関しても良くない。これに対してUberの方がいいので、利用しない手はない」。

ライドシェアが消費者にエクスペリエンスをもたらすことで成功したが、中国には微信(Wechat)、微博(ウェイボー)というFacebook、Twitterに類するサービスが登場している。微信に関してはさまざまなサービスを一元化し、ユニークな体験をユーザーに提供している。

「マスメディアが信用できないので、微信、微博などでの情報収集を重視しており、日本以上にソーシャル依存が進んでいる。90後(90年代生まれ:ジョウリンホウ)、80後(80年代生まれ:バーリンホウ)は日本以上にデジタルネイティブな世代だ。大学で講義をすると、寄宿舎の部屋が同じ4人組で15分交代でスライドをスマホ撮影し、最後にスライドの画像を微信、微博でガッチャンコしていたりする」。

迫る同質化、「なりわい」の再定義

朝岡氏がエクスペリエンスデザインを提唱する理由は、同質化という現在進行中の課題がもとにある。「クライアント企業と話していて問題の根っこの部分は同じだと考えている。同質化だ。差別化ができない。際限のない価格競争。例えば、通信会社ですでに起きている。各社の料金プラン、サービスで叩き合いになっている」

「いくつかの有効なソリューションがある。保険、セキュリティ、教育はつながりやすいので、塊でとってキュレーションする。モバイルまわりでさまざまなサービスを同時に提供し、単一のサービスではなく顧客の豊かな『ライフデザイン』を提供するように転換することだ」と朝岡氏は説明した。

ただし、企業が適切なエクスペリエンスデザインをするには、組織を変える必要がある、と朝岡氏は力説する。「マーケットの動向、企業の掴むべき未来を、いままでは経営者だけで決めてきた、企業文化が変わっていかないと。最近は社長から使命をうけた役員が、自社の5年後、10年後の『なりわい』のロードマップをつくる例がでている」。

すべての製造業はサービス業化する

IoTになるとデータが溜まり、それがサービスに表出するため企業のビジネスのコアな価値である「なりわい」の変化が著しくなってくる可能性がある。製造業でも現在進行形の変化が起きている。製造業とインターネットの融合である「インダストリー4.0」だ。

朝岡氏が例に挙げるのがゼネラルエレクトリック(GE)である。「CEOであるジェフリー・R・イメルト氏が一昨年来日した際、『寝る前は製造業だったけど、起きてみたら、サービス業になっていた』と語った。まさに一晩で夢をみるぐらいの時間軸のなかで『なりわい』が変わっていく」。GEは一時金融事業に重きを置いていたが、リーマン・ショック後に縮小傾向に向かい、IoTにかじを切っている。

asaoka3最終的な接点が人間であることは変わらない、と話す朝岡氏

「風力発電のようなハードウェアを売って保守管理をしているだけだと、ソフトウェア会社にキャッチアップされる。オペレーションを最適化するようなソフトウェアを販売するようにし、顧客の利益が拡大したらその一部をフィーにしてもらうという方式を採り入れた。ハードウェアをつくって保守管理を提供するところから、運用にコミットするという業態の変化につながった」

「そして重要なのが『チーフ・エクスペリエンス・オフィサー(CXO)』という、経営陣に関与する右脳型のテクノクラートだ。GEはCXOにグレッグ・ペトロフ氏を任命した」。ペトロフ氏は自社におけるUXを「人と製品やサービスの接点を作り出し、役に立ち、楽しい経験を提供するもの」と定義したという。朝岡氏はこれを基に「顧客が幸せを感じるか」を基点にユーザーエクスペリエンスの改善を事業経営の最優先課題のひとつに位置付け、マーケティングプロセスの刷新に踏み込むことが重要だ」と力説した。

これはマーケティングの再定義でもある。IoT時代を迎え、広告だけを売る会社ではなく、企業と顧客がつながるための重要な価値であるエクスペリエンスデザインを提供する、と朝岡氏は語った。

Written by 吉田拓史
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