アマゾン「エコー」、媒体社はいかに向き合うべきか?:米3社の取り組み

パブリッシャーがコンテンツを配信しなければいけないプラットフォームの数は、どんどんと増える一方だ。

しかし、限られた時間と資金、人材のなかで「このプラットフォームを利用する価値はあるのか」「レポーターやプロデューサー、そしてデジタルメディアのスタッフといったリソースを、ここに費やす意味はあるのか」といった疑問にどこかで答えを出さないといけない。

いま、パブリッシャーたちはAmazonのホームアシスタント「エコー(Echo)」に関して、同様の疑問を抱えている。ホームアシスタントデバイスというカテゴリーでは、マーケットリーダーとなっているエコーだが、マーケット自体はニッチなものに留まっている。

消費者情報リサーチパートナーズ(Consumer Intelligence Research partners)の推測では、今年の第一四半期の販売台数は400万台。2017年を通じて1000万台が販売されるという。こう聞くと、それほど問題のない数字のように思えるが、2017年末の段階でも、エコーを利用している人よりも、アーチェリーの競技人口(世界で1900万人)の方がまだ多いと考えると、ニッチ具合がよく分かるだろう。

しかし、そんな小規模なオーディエンスとマネタイズの機会の少なさにも関わらず、多くのパブリッシャーがエコーにおいて存在感を出そうと奮闘している。そのなかには、ほかのプラットフォームに注がれるリソースを大きく奪うことなく成果をあげているところも出てきているようだ。本記事では3社を例として取り上げたい。

デイリー・メール(Daily Mail)

デジタル業界が保持できる「圧倒的なパブリッシュ量」という武器をよく理解しているのがデイリー・メールだ。毎日のデイリー版をすべて、エコーに配信している。

デイリー・メールのデジタルパブリッシング部門のプロダクションディレクターであるサイモン・レーガン−エドワーズ氏によると、全体をエコーに載せてしまった新聞はデイリー・メールが初だ。こういう風に言われると、膨大な作業量のように聞こえるが、実際はそうでもない。デイリー・メールは自社のCMSからエコーへとすべてのストーリーを単純にフィードしているのだ。そしてAmazonの自動音声サービス、アレクサ(Alexa)によってアップデートが読まれる。

このデイリー・メールのエコー・サービスは、月額9.99ポンド(約1200円)のメール・プラスを講読している3万4000人の読者だけ利用できる。自分たちが抱えているオーディエンスの一部に提供するという形だ。

ワシントン・ポスト

ジェフ・ベゾス氏が所有する新聞社ワシントン・ポストは、ブリーフィングス機能とスキルズ機能の両方を実験的に試している。

増えた作業量の多くは、プロダクトとエンジニアリングのチームが担当しているが、編集部の仕事量も増えているようだ。これに文句を言う編集部とのやり取りもチームの仕事の一部となっているという。クリス・シリーザ氏がプロデュースする「デイリーポリティクスブリーフ」の更新は、だいたい1時間分の作業量だ。オーディオが録音され、編集され、そしてAmazonに送られる。

Amazonの創業者・CEOのベゾス氏が、ワシントン・ポストを買収したのは2013年のこと。それ以来ワシントン・ポストは新しいツールやプラットフォームに積極的に取り組んできた。ほかのプラットフォームに比べると、エコーにはまだまだ小さいリソースしか注がれていないが、費やされた労力の成果は現れているようだ。アレクサ・チャンネルの使用料の一部を支払ってくれるスポンサー2社をすでに見つけている。

また来年は内容も拡大する予定だ。「ほかのプラットフォームよりも特別労力を費やしてきたというわけではない。しかし、その成果は怖いくらい大きなものとなっている」と、ワシントン・ポストのデジタルプロダクトディレクターであるジョーイ・マーバーガー氏は言った。

ブルームバーグ(Bloomberg)

ビジネスニュース界の巨人であるブルームバーグにとって、エコーに参加することは実に自然な作業であった。ブルームバーグのラジオビジネスは盛況となっている。エコーに関しては4人編成のチームが組まれ、ブルームバーグ・マーケットミニッツといった市場のアップデートを届けるプロダクトを1日に複数回配信。これらのコンテンツを素早くアップデートするために必要なサポートは「最小限」とのことだ。

ブルームバーグデジタルのモバイルアプリケーション・グローバル責任者であるアムビカ・ニガム氏は言う。「現時点ではアレクサは膨大な経済価値を生み出していないかもしれない。人々がアレクサに熱狂しはじめていることは明らかだ。人々が音声インターフェースをどうやって使っているのか理解することが、いまの本当の意義となっている、それによって真に楽しく、個人個人にあった体験を提供することができるからだ」。

Max Willens(原文 / 訳:塚本 紺)