ROIをめぐるマーケターの思考停止、そのメカニズムとは?:ストリートライト・エフェクトという幻影

本記事は、WPPグループ最大のデジタルエージェンシー、VMLの日本法人の代表と、株式会社FICCの代表取締役を兼務する、荻野英希氏による寄稿コラムとなります。

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デジタルマーケティングの成功を左右するのは、広告クリエイティブやWebサイトの質ではありません。施策の目的に対する理解と、定量的な測定モデルの存在です。購買がオフラインで発生する場合、測定モデル無しには、広告の効果や、ROI(投資対利益)を測定することはできません。しかし、効果的な測定モデルを提供できるエージェンシーは少なく、多くの広告主は、計測しやすい、表面的な数字ばかりを追い続けています。

デジタルマーケティングKPIの全貌

デジタルマーケティングの指標には、UUなどの量的指標、CVRなどの質的指標、そしてCPAなどの価値指標があります。これらの数字は単独では施策の部分最適にしか使えず、ほかのいくつかの数字と掛け合わせることで、はじめて意味を持ちます。いくらの予算で、いくらの商品を、何人に、どれぐらいの割合で購入してもらいたいのか? このような数字を明確にすることができなければ、設定された数値目標やベンチマークは何の意味も持ちません。

まずは事前に目的をしっかりと定義します。

    ●このマーケティング施策は、いったいなぜ存在するのか?
    ●直接的な購買を生むことが目的でなければ、いったい誰に、何をしてもらい、どのような結果を得たいのか?
    ●その結果はどのように計測することができるのか?
    ●目的が認知度の向上であったとしても、予算を正当化するためにはどれくらい認知度を上げなければならないのか?
    ●それがデジタルメディアにとって現実的な数字なのか?

などを十分に検討する必要があります。

このようなことを定量的な根拠を基にチームで十分に話し合い、上司や決裁者の同意を得ることができなければプロジェクト開始することはできません。目的の定義にはSMARTなどのフレームワークを使い、プロジェクトに関わる全員が目的とその数値目標を完全に理解・共有できるようにしましょう。目的を議論する際のポイントは、一度予定されている施策の内容を忘れ、本当に何を達成したいのかという点だけに集中して議論することです。

目標を正しく設定する上では、ROIに関する議論も欠かせません。

    ●マーケティング予算に対して、一体いくらのリターンを得たいのか?
    ●回収するだけで良いのか?
    ●または、かけた額の何割かの利益を得る必要があるのか? 

このROIの目標値により、KPI (中期指標)の数字が大きく変化するのです。

次に、購買を軸としたカスタマージャーニーのステージと、ステージごとの量的指標、質的指標、価値指標を記した、KPIのマトリクスを作ります。商品の平均購入単価、粗利益率、キャンペーン期間中の平均継続購入回数などから顧客1人当たりの期間中のLTV(ライフタイムバリュー)を算出し、購入ステージの価値指標となる顧客獲得単価を求めます。また、マーケティング予算とROI目標から、獲得すべき新規顧客の数を算出し、既存の購入率から既存顧客との重複を踏まえた、量的指標となる総顧客獲得数の目標を算出します。マーケティング予算をこの数字で割れば、価値指標となるCAC(顧客獲得単価)を算出することができます。

認知率や、購入意向率など、ほかのステージの質的指標の既存値と購入率の差異から、ステージごとの量的、質的、価値指標の数字を算出することができます。これらの数字はROIに対する係数であり、違いを補完し合いながら変動しますが、おおよその目標値を事前に算出することはできます。これにより、過去の事例に基づくベンチマークなどではなく、マーケティング予算を回収するために必要数値を算出し、メディアや施策事の良し悪しを正しく判断することが出来るようになるのです。

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本質的なROIの追求を阻むストリートライト・エフェクト

多くの広告主はこのようなデジタルマーケティングROIの測定モデルを持っていません。しかし、表面的な数字を追い続けても、メディアや施策の良し悪しを判断することはできません。たとえば、YouTubeの動画が120万再生を記録した、というように、ひとつの数字をピックアップした話は、プロジェクトをレビューする際によく聞きます。しかし、実際それにいくらのコストがかかり、結果どれほどの認知度や購入意向の向上があったのかがわからなければ、施策が本当に成功したかを知ることはできないのです。

デジタルマーケティングの本質は、従来のマーケティングでは不可能だった速度、粒度、そして規模で測定ができることです。しかし、この測定は決して簡単なものではないため、多くの人は本質的な答えではなく、見つけやすいものだけを求めてしまいます。この観察者バイアスは、以下のストーリーから「ストリートライト・エフェクト」と呼ばれており、デジタルマーケティングの推進を大きく阻むものです。デジタルの仕事に携わる私たちは、見つけやすい数字ではなく、常にROIという本質的な答えを、追求し続けなければならないのだと思います。

街灯の下で何かを探す男に、いったい何を失くしたのかと警官が尋ねました。男は少し酔った様子で鍵を失くしたと言い、警官は彼と一緒に街灯の下を探します。数分後、いっこうに見つからないことに疑問を感じた警官は、本当にここで失くしたのかと確認します。しかし男は、ここではなく公園で失くしたと言い、それでも街灯の下で探している理由を聞かれると、ここの方がが明るいから、と答えたのです。

マーケターの思考停止を引き起こすデジタルGRP

デジタルの指標はマーケターにとってわかりにくいだけでなく、第三者機関による測定や、統一された計測基準などが普及していません。このため、アメリカでは数年前からデジタル広告の効果測定に対するアカウンタビリティーの向上が広く求められてきました。しかし、最近になって広告の業界団体が出した答えは、視聴可能な広告の量を示すGRPをデジタルにも採用するというものでした。そして2015年の10月にはニールセンが、オウンド、ペイド、アーンドのすべてのデジタルメディアにGRPを当てはめるトータルオーディエンスメジャーメント(Total Audience Measurement)を発表しています。

GRPは測定しやすいだけでなく、マーケターにとって、とても理解しやすい指標です。しかし、それはユーザーの反応や行動を測定できるデジタルの特性を含んでおらず、マーケティング効果を示すものではありません。この量的指標がデジタルメディアの売買だけでなく、評価にも用いられるようになれば、高精度なターゲティングというデジタルメディアの優位性は無視され、リーチによってその価値が決まってしまうのです。結果、デジタルメディアの投資は減り、市場の活性化と成長は失速してしまいます。

デジタルの仕事に携わる私たちには、この若い市場を成長させ、次世代の広告の受け皿を創る義務があります。いずれアメリカでニールセン・カタリナ・マーケティングやTRAが行っているように、オフラインの直接的な購買行動を測定できるクローズドループマーケティングが日本でも実現されるでしょう。そのためにはブランドも、エージェンシーも、ストリートライト・エフェクトに惑わされず、ROIという本質的な広告効果の測定を追求し続ける必要があります。単に広告が売りやすい、またはその効果が報告しやすいからといって、決して表面的な数字だけでデジタル施策を評価してはならないのです。衰退するマスメディアからデジタルメディアへのシフトを成功させるために、より洗練された効果測定の能力を身に付けましょう。

Written by 荻野英希
Photo by Thinkstock / Getty Image