マーケティングは「どう売るか」から問題解決に変身した:フィリップ・コトラーとネスレ日本高岡CEO

日本のGDP(国内総生産)成長は低空飛行を続けており、先進国でもっとも急激な少子高齢化にさらされている。市場拡大の停滞という先進国に共通する環境を前に、マーケティングはどう進化を遂げればいいのだろうか。現代マーケティングの第一人者であるフィリップ・コトラー氏はマーケティングの視点を「商品をどう売るか」から、顧客の問題を解決することに変えることを提言した。

コトラー氏は10月11日に港区のホテルで開催された「ワールドマーケティングサミットジャパン2016」で、日本のGDP成長の長期的停滞の要因として、少子高齢化・人口減少という内的要因と、グローバル経済という外的要因の双方に着目するよう訴えた。「日本の経済成長は日本以外の経済成長に大きく左右される。しかし、他国の経済も高成長を続けるかどうかは不透明だ」と語った。

「悲観論者は次の10〜20年間は(富裕国は)高成長を望めないと考えている」。コトラー氏は悲観論者の代表例として著名経済学者のラリー・サマーズ元米財務長官を挙げた。サマーズ氏は成熟した先進国経済には蒸気機関、電気の発明がもたらしたような新領域は見当たらず、高成長が考えづらいと指摘したという。悲観論者のなかには米国のGDP成長も1〜2%のレンジに落ち着くという予測もある。

一方、楽観論者もいるようだ。コトラー氏はその代表としては、シンギュラリティ大学創立者、ピーター・ディアマンディス氏を挙げた。ディアマンディス氏は社会がロボティック、人工知能、生理学などテクノロジーの進歩により、世界人口の生活レベルは貧困や飢餓のない豊かさに到達すると主張したという。

アジアとアフリカに活路

「日本の自動車産業は世界で非常に競争力がある。しかし、自動車業界はUberのようなライドシェアがもたらす、変化の過程にある」。新しい成長領域への投資としては、コトラー氏は日本にはロボティックス、IoTに大きな可能性があると指摘した。2020年の東京オリンピックを控え、外国人観光客の拡大を目論んでいるが、「日本人のおもてなし精神は素晴らしく、東京だけでなく京都などさまざまな地域で観光業に機会がある」と語った。

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マーケティングは問題解決と同義になった、と語るコトラー氏

「アジアの世紀であることは明確だ。地理的に近いアジアは日本の主戦場になる」と語った。中国とインドは巨大な人口を誇る重要な地域だが、複雑な政治経済的な要因をもっている。日本にとってASEAN(東南アジア諸国連合)諸国はより重要な場になる。「投資家の未来になるのはアフリカだ。中国と日本はその可能性に気づいている」。

人口減少については、移民の受け入れを提案した。「日本人はあるマインドセット(考え方の枠組み)を取り外した方がいい。若くてスキルをもつ移民を受け入れることが重要だ」。保育施設の整備、カップルが子どもをもてるようにすることも重要だと指摘。大学・大学院を卒業した人材が大企業に就職して、ニーズのあるものを生み出すには「教育を暗記力中心からクリエイティブなものに変えなければいけない」と語っている。

高齢化経済で成功するビジネスモデル

ワールドマーケティングサミットジャパン カウンシル代表(ネスレ日本CEO)の高岡浩三氏は日本の少子高齢化・人口減少とても厳しい状況にあると指摘。「ネスレにとっては胃袋の数、サイズが減っていく、ということは市場が縮小している」。

ただ高岡氏は新しいビジネスモデルをつくることに意欲を示した。「高齢化してシュリンクしていく先進国のマーケットで利益を増やしていくことで、新しい21世紀型のビジネスモデルが誕生するんじゃないか」

「バブル崩壊以降から経済成長が止まったのは、バブルまでは日本は新興国で圧倒的に安い労働力コストと圧倒的に質の高い労働、この二つが源泉となってよりいい商品をより安く提供できることによって、欧米諸国と競争ができた。マーケティングは優れていなかったのではないだろうか。もしそうであるなら、バブルが弾けて先進国の仲間入りをした後にもっといい成績を残せたのではないか。『ジャパンアズナンバーワン』というバブル期の思い上がりのせいで、マーケティングを学ぶことにならなかったのではないか」。

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「21世紀の問題解決はインターネットによりもたらされる」と語る高岡氏

高岡氏は20世紀から21世紀にかけて、顧客の問題をどう解決するかが重要になった、と語った。「20世紀は第二次産業革命の影響でモノによりあらゆる課題を解決してきた時代だった。21世紀に新しくシリコンバレーから生まれてきた解決策は、インターネットを通じて現れた。Amazon、Google、Uber、Airbnbがもたらしたことはそういうことではないだろうか」。

Written by 吉田拓史
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