テレビCMが効かない時代にマスブランドが成すべきこと:現代の「断片化市場」の攻略法

本記事は、WPPグループ最大のデジタルエージェンシー、VMLの日本法人の代表と、株式会社FICCの代表取締役を兼務する、荻野英希氏による寄稿コラムとなります。

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あなたの最近のマイブームはなんでしょうか? 決して誰もが知るマスブランドではないけども、自分の趣味やテイストだけでなく、生活スタイルにもぴったりマッチしたモノはありますか? それは少しこだわりのあるガジェットや、化粧品、コンビニの食品などかもしれません。自分と周りの知人の間だけで流行っている、いわゆる個人的なお気に入りです。しかし、このような商品が広告を打たずに、突然広く流行り出すことがあります。むしろ、最近のヒット商品の大半は、市場全体に向けたマスマーケティングではなく、小さなセグメントからの支持によって生まれているのです。

テレビ広告が効かない断片化市場

この現象は、メディアと生活スタイルの多様化から生まれています。現代の消費者はいつでも欲しい情報にアクセスできるようになり、フィルターバブルという自分に最適化された情報空間に囚われています。興味のある情報は一瞬にして伝達するにもかかわらず、ほかの情報は届きにくくなります。こうしてソーシャルメディアやモバイルテクノロジーの普及とともに、市場は共通する興味だけでつながった無数の細かいセグメントに分解されて行くのです。

個々のセグメントは少しずつ異なるニーズを持っており、市場は一見、たくさんのニッチマーケットの集合体のようにも見えます。企業はこれらのニーズを満たすために多くのブランドエクステンションや商品バリエーションを展開します。もちろん、競合もシェアを奪われないために同様に商品を展開します。そして、より高い認知を獲得するためにテレビCMを打つのです。しかし、ニーズの異なる無数のセグメントにひとつのメッセージを投げかけても、受け入れられる訳がありません。「テレビCMはもう効かない」と言われるのは、単にテレビのリアルタイム視聴が減ったからではなく、市場の断片化によってマスマーケティング自体が通用しなくなってしまったからなのです。

バリアラダーとクチコミの特性

消費者が特定の商品を買わない理由を6段階に分けた、バリアラダーというフレームワークがあります。下に行くほど重大な問題であり、マーケティングで解決すべき課題がわかるようになっています。断片化市場では、一定量の消費者から3段目の「共感(レレバンス)」を得ることがとても難しくなっています。マスマーケティングに依存するブランドにとって死活問題です。しかし、小さなセグメントの支持から生まれるヒット商品は「共感」だけでなく、さらに上の「信頼」や「優位性」をも一気に超え、広く受け入れられていきます。その理由はクチコミという情報の特性にあります。

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あなたは会ったばかりの人に大切な仕事を任せますか? そんなことはしない、と答える人がほとんどでしょう。しかし、これが信頼する人物からの紹介ならどうでしょう? 紹介者への信頼がそのまま被紹介者に移り、試しに何かの仕事を任せてしまうかもしれません。直接的なクチコミは「認知」から「信頼」までのバリアを一気にクリアしてしまいます。そして、その時点でより良い選択肢がなければ、人は勧められたものをそのまま受け入れてしまうのです。

クチコミへの依存度を高める情報氾濫

無数の商品の選択肢とそのマーケティング、そして消費者間で発信・共有される情報。私たちが日々接触する情報量は爆発的に増えています。あなたはあまりの情報の多さに、Amazonや楽天での買い物を諦めたことは無いでしょうか? 特にスマートフォンの小さな画面で、さまざまな商品スペックやレビューを比較し、最適な商品を選ぶことには誰もがストレスを感じるはずです。私たちの情報認識能力には限界値があり、それを超えると思考停止に陥ってしまいます。情報の氾濫は、合理的な購買判断の妨げとなり、私たちが他人の意見に耳を傾け、盲目的な信頼を寄せてしまう原因となっているのではないでしょうか。

さらにデジタルメディアの接触時間が増えるほど、企業からの直接的なメッセージは届きにくくなります。オンラインはブランドではなく消費者が情報の選択と伝達を行う、広告主にとってもっとも過酷な環境です。Webやソーシャルメディアは広告を見せるためではなく、人と人がつながるために進化してきました。私たちはコンテンツが見たいだけではなく、その体験を共有したいのです。情報の共有が中心であるオンライン環境では、ほぼすべての広告が無視されてしまいます。企業がデジタル広告で劇的に露出を高めても、間接的な消費者間の対話を引き起こすことができなければ、大したマーケティング効果は得られないでしょう。

ネットワークバリューと熱狂的体験

断片化市場では、大衆に向けてひとつのメッセージを投げかけるマスマーケティングは通用しません。しかし、マスブランドが小さなニッチマーケットを狙っても、十分な投資対利益は見込めません。また、細かいニーズに合わせてさまざまな商品バリエーションやブランドエクステンションを展開しても、数とともに成功率は減少し、マーケティング組織は疲弊します。マスブランドを担当するマーケターは、現代の断片化市場にどのようにアプローチすべきなのでしょうか。

雑誌 『ニューヨーカー』のスタッフライターとして活躍する、ベストセラー作家のマルコム・グラッドウェルは、2000年の著書『ティッピング・ポイント』のなかで、社会的流行は少数の特殊能力を持った人物によって起こされると述べています。これらの人物は、権威ある立場から情報を発信するメイブン(通人)、広いオーディエンスに情報を広めるコネクター(媒介者)、そして情報に懐疑的な相手を説得するセールスマンに分類されます。現在はソーシャルメディアの特性上、優れたコンテンツを配信するメイブンと、広いリーチを持つコネクターの境界線はなくなっています。なかにはもちろんセールスマンの特性を持ち合わせた人もいるでしょう。このような人物は、企業が従来ターゲティングにおいて重視してきたライフタイムバリューとは異なる価値である「ネットワークバリュー」を有しています。

マスブランドが現代の市場を攻略するためには、このようなネットワークバリューの高い消費者の発信力と伝達力を無視することはできません。市場はもはや直接的に語りかける「オーディエンス」ではなく、情報を流通させるための「ネットワーク」へと変化しているのです。しかし、インフルエンサーに謝礼を払い、アンバサダーとして商品を紹介してもらっても、その情報はインフルエンサーの周りにしかリーチしません。オーディエンスのオーディエンスへとリーチするためには、彼らの熱狂的な支持を獲得しなければならないのです。これはマスマーケティングでは不可能ですが、共通の興味によってつながっている小さなセグメントであれば、感動的な体験を提供することは可能です。

情報を伝播させる3つのポイント

断片化市場でヒットを生むためには、マーケターはネットワークバリューの高い層を見つけ出し、熱狂できる体験を提供します。しかし、それだけでは情報は広がらず、小さなニッチマーケットのなかに収まってしまいます。情報を広く伝播させるためにはポイントが3つあります。

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私たちは自分自身ではなく、周りが興味を擁する情報を共有する傾向があります。熱狂的なファンが発信した情報が、二次的、三次的に共有されていくためには、少数がではなく、できるだけ多くの人が興味を有する情報でなければなりません。これが1つ目です。2つ目としては、情報の共有に少しでも自己表現の機会が含むことです。そうすれば、共有される確率は劇的に高まります。さらに3つ目、その自己表現が本人にとってプラスに働けば、情報共有の動機付けを行うことができるのです。

アフリカ全土を熱狂させたアブソルート VODKA

VMLネイティブ(VML NATIVE)のジェイソン・ゼノプロス氏は、私が心から尊敬するクリエイターのひとりです。彼の手によって展開されるマーケティング施策は最新のテクノロジーを駆使し、消費者の心に響くだけでなく、必ずクライアントに大きな収益成長をもたらします。

ペルノ・リカールが保有する世界的なウォッカブランドのアブソルート(ABSOLUT)は、さまざまな人種や文化の違いによって、日本よりもはるかに断片化が進んでいるアフリカ市場での「共感」の獲得に悩んでいました。ジェイソンはまずネットワークバリューの高いセグメントとして「アフリカ音楽のファン」を選び、MTVとのコラボレーションを通じて当時もっとも人気の高い5人のアーティストを起用し、音楽好きに響くコンテンツの配信やキャンペーンの展開を開始します。

そして「Africa is Absolut – #BeAbsolut」という、アフリカ人としてのアイデンティティを刺激するキャンペーンをアフリカ全土で展開し、消費者に自分がいかにAbsolut(絶対的)であるかという自己表現を求めます。その結果、ソーシャルメディアから爆発的な反響を生み、アブソルート・ウォッカ(Absolut Vodka)の社会的流行を巻き起こすのです。

もはや時代遅れのマーケティングは通用しません。企業が広告で直接的に消費者に語りかけ、ブランドを創る時代は既に終わっているのです。ブランドは消費者が自らの手で創りあげるものであり、企業はその手助けをするしかないのです。マスブランドがいま必要としているのは、テレビ広告の広いリーチなどではなく、ブランドを広めてくれる熱狂的な伝道師たちなのではないでしょうか。

Written by 荻野英希
Image from ABSOLUT FaceBookページ