日本をデータ後進国に貶めたマーケティング業界の功罪:アカウンタビリティーは放置でいいのか?

本記事は、WPPグループ最大のデジタルエージェンシー、VMLの日本法人の代表と、株式会社FICCの代表取締役を兼務する、荻野英希氏による寄稿コラムとなります。

◆ ◆ ◆

データドリブンとは、統計的な数字に基づいて判断・行動することを意味します。データドリブンマーケティング(以下DDM)に対する理解が高い、US、UK、オーストラリアなどの成熟市場では、データを直接収集・活用できるデジタル広告の比率が広告費全体の50%を超えています。また、デジタル広告以外でもオーディエンスの分析、メディアミックスの最適化、顧客セグメンテーション、ターゲティング、コンテンツやクリエイティブの改善など、さまざまなマーケティング判断にデータが活用されています。

グローバル企業の経営者の64%が、競争を勝ち抜くためにDDMは欠かせないと述べています。DDMを実施する企業は、実施しない企業に比べて6倍の確率で競合よりも高い利益率を実現しており、その有効性に議論の余地はありません。継続的な成果が求められるマーケターにとって、再現性の高いDDMへの取り組みは最優先事項であり、広告主とエージェンシーの双方で、データ中心的なマーケティング活動を可能にする体制構築が急がれています。

日本では責務にならないDDM

残念ながら、日本ではDDMに対する取り組みは、それほど進んでいません。デジタル広告比率も23%に留まり、2020年の時点でも27%という低成長が予想されています。その背景にはマーケティング効果に大きなインパクトを与えるオーディエンスデータが成熟市場に比べて少ないことや、依然としてテレビの影響力が強いことなどが挙げられます。しかし、私は日本でDDMが普及しない一番の理由にマーケティング業務に対するアカウンタビリティーの違いがあると思います。

日本よりもはるかに競争の激しいUSでは、成果を出し続けなければ企業のマーケターも、エージェンシーも簡単に職や仕事を失います。彼らには優れたクリエイティビティはもちろんのこと、仕事における成果の継続性が厳しく求められるのです。どんなに経験豊富なマーケターも、自身の感覚だけを頼りに資金や人員などの貴重な経営資源を消費することはできません。再現性の高いマーケティングを実施し、成果を出し続けることが一人ひとりの責務に直結しているからこそ、DDMに対する高い需要が存在しているのだと思います。

日本ではこのようにマーケティング施策のパフォーマンスが、個々のキャリアを大きく左右するようなことはありません。それどころか、マーケティング施策の成果指標すら明確でないことが往々にしてあります。DDMに対する関心と理解が広まらない理由は、マーケティングの分野において個人のアカウンタビリティーが少なく、データドリブンな考え方の必要性を感じ難いからではないでしょうか。

DDMの実践に必要なこと

“Without data you’re just another person with an opinion.”
W. Edwards Deming

日本企業は過去にデータドリブンな考え方を取り入れ、国際的な競争力の獲得に成功しています。「データがなければ、それはただの意見に過ぎない」という名言で知られるW・エドワーズ・デミングは、1950年代にデータに基づく製造工程の管理方法を日本の製造業に広めました。デミングの教えを受け、日本製品は品質を大幅に向上させ、その後の世界市場を席捲します。もしデミングがデータドリブンな考え方を継承していなければ、または当時の経営者たちが彼の考え方を軽視していれば、日本が経済大国への道を歩むことはなく、私たちのライフスタイルは大きく変わっていたかもしれません。

デミングの時代から半世紀以上が経過し、企業の成長は製造技術よりもブランド力やマーケティングに左右されるようになりました。成熟市場のブランドが確実なデータを基に創り上げられるなか、DDMを実施しない日本のブランドが世界的な競争を勝ち抜くことはできないでしょう。いまの日本には業界全体を正しい方向へ導いてくれるデミングのような人物もいません。私たちマーケティング実務者の一人ひとりがデータの重要性を理解し、DDMを通じてブランドを育む成功体験を積み重ねることこそが日本のブランドに世界的な競争力を与えるのです。では私たちがDDMに取り組むためには何をすれば良いのでしょうか?

    目的の定義
    手段の目的化はどんな仕事でも簡単に起こり得ることです。DDMでは扱うデータの量に応じて業務が複雑化・肥大化し、目的を見失いやすくなります。単にデータを活用することや、ビジネスインパクトの無い部分最適に陥らないよう、マーケティングROIの継続的な改善を目的としましょう。

    KPIの設計
    マーケティングプロセス全体を定量的に描き、マーケティングROIの因数を分解します。量的指標、質的指標、価値指標をベンチマーキングし、計測可能な数値を基にマーケティングROIの算出、マーケティング施策の評価を可能にします。

    価値あるデータの獲得
    DDMで価値のあるデータとは、コストの大きい広告のパフォーマンスに大きな振れ幅を生むものです。広告反応やその後の行動に大きな差がなければ、改善をすることはできません。直接ターゲティングに活用できるアドレサブル・データである、または連携可能であることもその価値を大きく左右します。

    まずはファーストパーティーDMPを導入し、手元にあるデータの分析から始めるという考えもありますが、私はこれは間違っていると思います。一般的な企業が保有する生活者のデータは量も項目数も少なく、十分なパフォーマンスの振れ幅やスケールを生み出すことができません。面白いインサイトが得られたとしても、リソースに対するリターンを得ることができなければ、マイナスを生み、手段の目的化に陥ります。数千万人規模の詳細なサードパーティーデータが活用できるにも関わらず、自社データの有効活用や、データの保有条件などにこだわることはナンセンスではないでしょうか。DDMをはじめる際は、豊富なデータを保有するパートナーの選定を行うべきです。

    データの視覚化と共有
    せっかくのデータもマーケティングROIの改善に役立てられなければ無駄に終わります。マーケティング組織全体がさまざまな判断にデータを活用するためには、ビジュアライゼーション(視覚化)と共有が欠かせません。データを組織の共通言語とするために、データの分析や活用をできる限り簡単にすることを心がけましょう。

DDMは価値創造の科学

“Marketing is the science and art of exploring, creating, and delivering value to satisfy the needs of a target market at a profit.”
Phillip Kotler

コトラーはマーケティングを「営利を目的とした価値創造の科学であり、芸術である」と表現しています。DDMは、「データを活用した営利目的の価値創造の科学」であるといえるでしょう。押し付けがましい広告ではなく、生活者にとって価値あるブランド体験の実現にデータを役立てることこそがDDMであるといえます。そのためにはPVなどの量的指標や、CPAなどの価値指標だけでなく、ブランド好意度、顧客満足度、購入意向度、NPSなどの質的指標を重視する必要があります。私たちはデータを通じて、生活者の心を理解することで、科学的に再現性のあるブランドの創り方を習得しなければならないのです。

Written by 荻野英希
Photo by Thinkstock / Getty Image