「最終的に競合となるのは、デジタルベンチャー」:ロクシタンジャポン代表取締役社長 西口一希氏

いま企業のトップには、マーケティング的思考をもった人間が求められている。デジタル環境が整った現代では、ユーザーエクスペリエンスの旗印のもと、各部署に分散したデータやノウハウを統合し、全社一丸となった経営戦略を打ち出していく必要があるからだ。

1976年に南仏で誕生したコスメブランドのロクシタン(Loccitane)は、世界90カ国で展開されるグロールブランド。同社はいま、仏本社のレイノルド・ガイガー会長の「最先端のデジタルカンパニーであれ」という旗振りのもと、デジタルマーケティングに力を入れている。

そんななか、2015年4月、ロクシタンジャポン株式会社の代表取締役社長に就任したのが西口一希氏だ。P&Gジャパンで17年、ロート製薬で8年、マーケターとして数々の商品のブランドマネジメントを担当した経歴を歩んできた同氏は、日本で数少ないCMO(最高マーケティング責任者)的な視点をもった経営者のひとりといえる。

いま経営者として、いかにデジタルマーケティング戦略へ取り組むべきか? 就任後1年を経過した同氏に、お話を伺った。

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就任後1年を経たいま、デジタルマーケティングの課題は何でしょう?

現在、店舗とECの顧客情報を統合し、全世界でオムニチャンネル化を進めており、CRMの改革を進めようとしています。目標としているのはグローバルなプラットフォームの共通化です。

そこで、CRMの強化を図りながら、全体の底上げをしたいのですが、そのために必要なのが、システムとデータベースの統合。しかし、思った以上に大変なんです。これは弊社に限ったことではなく、他社も苦労していると思います。

それが完了したあと、ライバルとの差別化のポイントは?

ライバルと差別化するポイントは2点あり、接客技術とクリエイティブ能力です。まず、店舗での接客技術、つまり人と人のコミュニケーション能力が付加価値となる。コスメの分野は、デジタル情報だけでは判断できない、五感をフル動員しなければならない要素があるため、最初の接触ポイントとなる、ヒューマンタッチがもっとも重要です。

店舗スタッフの頭のなかには、顧客の表情や服装など、購買情報だけに留まらない顧客のライフスタイルを理解したビッグデータが入っている。そのすべてを言語化して、接客をデジタル技術によって、優れたスタッフレベルに引き上げることは不可能です。そこには個性があって、接客ノウハウをデジタル化できない部分が大きく残ります。そこが差別化のポイントだと思います。

もうひとつは、商品の提案に対するクリエイティブ能力。マーケティングにおいて、パッケージデザイン、商品コンセプト、商品のテクスチャーなどを含めた、五感に通じるようなクリエイティブ提案が差別化に求められます。商品提案時にどのように表現するのか、パーソナライズ化されたCRMと同時に、その時に語りかけるビジュアルやコピーは重要なポイントです。

過去のインプットに基いて行われる、この2点の提案については、過去のデータを元にする人工知能(AI)では、人間に追いつけない。過去の延長にはない、いままでに見たことのない価値を生みだすヒューマンファクターはなくならないと思います。しかし、これ以外の部分については、デジタル化が急速に進むと考えています。

ネット上におけるリーチは、どのように考えていますか?

デジタル空間では商品だけを提案しても限界があります。だがら、商品提案を行うにふさわしい空間や文脈、人やモノと、うまくパートナーシップを築いて、ブランド提案を行いたいのです。我々、ロクシタンは、ライフスタイルを売るブランドだと定義しています。それに合うパートナーやメディアと組んでいきたいですね。

テレビのリーチ力が劣るなかで、個々人の価値観やライフスタイルや興味によって、ものすごくたくさんの小さなメディアにユーザーが分散してしまった。「だから、テレビなどのマスメディアだけでなく、デジタルという括りで一網打尽にマーケティング展開しよう」というのは不可能な話です。共通する価値観や感度というか、好みに対するクリエイティブな提案がこちらからできる、親和性のあるメディアやパートナーと提携していくことが重要でしょう。そのアプローチの一環として、LINE様とのコラボがあります。

LINE様との企画では、LINEキャラクターである「コニー」や「ブラウン」とコラボしました。そこでは、ロクシタンがLINEユーザー様と親和性があるという発見があり、いままで関連性がないと思われたエリアの消費者にリーチできた。特別な4000円のパッケージ商品を限定で販売したのですが、あっという間に完売したのです。

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LINEキャラクターとのコラボ商品。

親和性のあるブランドとのコラボで提案も変わっていきますか?

本来、商品を的確に広く提案すれば好きになってくれる、潜在的な顧客セグメントは沢山ある。そして、その顧客セグメントを同じくカバーしている、異業種のメーカーやブランドも多く存在するはずです。

たとえば、「フランスのものが好き」「自然系が好き」「デザイン性やブランドストーリーに興味をもちそうな」顧客様に対して、まったく違う業種でロクシタンに近い提案をしている企業は必ずありますよね。そのようなブランドの顧客様は、当然ロクシタンとの親和性が高い。

こうして、重なり合ったセグメントを見つけ、うまく繋がることによって、相互の潜在顧客プラットフォームができるはずです。サードパーティーがこのようにメーカー同士が繋がれるプラットフォームを作ってくれると一番いいのですが。こうなれば、双方のお客さまにとってもメリットがありますよね。

カテゴリー化した提案から抜け出すということでしょうか?

そうです。業種やカテゴリー内での提案では枠組みを抜けられない。カテゴリーごとに商品が売れている、売れていないというよりも、お客様の価値観やライフスタイル、大事にしている部分を価値観ベースで見たときの提案をするべき。

我々はビューティーケア企業だから、ビューティーケアの範囲だけで提案しようとすると、業種としてのエゴが働いて何もできなくなる。そうではなく、お客様が好きなモノ、という視点をもったときに、いろいろなことができるようになるはず。すると、ビューティーケアの提案だけにとらわれず、インテリア、食事、アパレル、スポーツ、旅行、さまざまな趣味などに派生することも可能になるでしょう。こうした、パラダイムシフトを起こせるのがデジタルだと思います。

これはロクシタンとして、これまでの延長線上ではない提案をし続けることができるということです。巨大な投資でテレビCMで広く影響力を与えるのではない。デジタルのひとつひとつのインパクトは、テレビCMの1/1000、1/10000ほどだとしても、一過性の売上に頼らず、顧客のロイヤリティーを積み上げられるところが勝負どころです。

それを実現するためにはDMPも必要ですね?

インハウスのDMPを作ろうとしています。自社の顧客パネルは非常に大きく、いままで、eコマースでの伸び率が非常に高かったためです。しかし、1回あたりの購買の割合を大きくするのではなく、お客様のライフスタイルをより理解し、ライフタイムで売上を上げていくことを考えたとき、最低限、自社のパネルをすべて統合しなければならない。その後、「ルックアライク(look alike)」のような、既存顧客様に似ているターゲットの発掘のためのリーチ拡大を行っていかねばならないと思っています。

また、デジタル担当の社員にはそういう感覚を理解してもらいたい。そこで、デジタル部門の社員が繁忙期に店舗に立って接客を手伝うことも実施しています。そうすることで、彼らはデジタルとマーケティングを同時に考える視点を養い、オフィスでのプランニングと現場の乖離を少なくしようとしています。

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「デジタルとマーケティング両方の視点が必要」と西口氏。

デジタル部門とマーケティング部門の関係性をどう見ていますか?

経営の視点からいうと、本来は、すべての本部長レベルがデジタルとマーケティングの両方の視点を熟知した人材でなければならないと思います。デジタル部門でプロセスばかり重視してKPIが上がったという話をされても、それが実際にどれだけ売上に反映されたのかというと、バランスが取れない場合が多い。かといって、マーケティング部門もKPIの計測方法が分からないから、数打てば当たるというのでは持続的な利益に結びつきません。

日本企業では、両方の視点をもった人材が出世していかないという課題があります。これは、ここ5〜6年あまり変わっていません。実際、デジタル出身の人材は、その分野では出世しますが、PL責任をもつ事業部門の経験がない場合が多い。また、従来のメーカーやサービス企業では、デジタル部門の人材育成を専門性のみで捉えがちなので、優秀な人材を留めておくことができないので、結果として事業部門の責任者はデジタルの知見が弱い場合が多い。

いまの日本企業の経営陣は、なにを優先すべきと思いますか?

デジタル技術やノウハウを考える前に、マーケティングを考えなければいけません。しかし、海外から見ても、日本の組織は大きすぎるし、デジタルを切り離した体制になっている。海外の場合は、各部門が小さく組織されており、かつデジタルが内部に組み込まれているため、全作業やタスクの配分ができており、バックオフィスの作り方がうまいんです。

何故かというと、経営レベルにデジタルに通じている人材が多いから。日本にはそういうリーダーがなかなか現れないため、デジタル事業をほとんどIT部門やベンダーに丸投げにしたり、コンサルに任せて活用しきれない大規模なシステム導入をしてしまう。

また、デジタルテクノロジーはマーケティング以外にも使えます。会社のオペレーションと意思決定システムは大きく最適化できます。財務も人事も営業も全部見える経営レベルの管理者が、どれだけデジタル部門の知識と活用の可能性を理解しているかがカギです。

「最先端のデジタルカンパニーであれ」という会長の言葉の真意は?

ロクシタンは全世界の支社で、アントレプレナーシップ(企業精神)とチームワークという価値観を大切にしています。この両方に興味をもつ人材を育てていきたい。デジタル業界が従来のあらゆる業界のマーケティング手法を変えてしまうことを、会長自身が充分に認識しているからです。

たとえば、ビューティーケア業界の一番大きなリスクは、まったくの業界外のベンチャーがスキンケアやビューティーの概念を変えてしまうことです。インフラ無しで商品を作ることができるベンチャーが、パーソナライズ化されたパッケージング技術とデリバリーシステムを確保したら、巨大なビューティケア企業になり得る。いまや工場をもたなくても、ブランドは作れるからです。そういうデジタル企業が脅威になる可能性は十分あります。

このようなデジタルの脅威を常に意識し、対応していくためには社内の意思決定スピードをベンチャー並みに上げていかなければならない。最終的に競合となるのは、デジタルベンチャーだからです。その上で接客とクリエイティブ能力をさらに高めなければいけない。我々は、自分たちの過去の成功が弱みになるのを理解している、また、それをブレイクスルーするのがデジタルであることも認識しています。

 

digiday2016_0228_fin▼西口一希
ロクシタンジャポン株式会社 代表取締役社長

 

1967年、兵庫県生まれ。大阪大学経済学部卒業後、P&Gジャパンのマーケティング本部に入社。約17年間の在籍中、ブランドマネージャー、マーケティングディレクターとしてパンパース、パンテーン、ヴィダルサスーン、ヴィックス、プリングルズ等のブランドマネジメントを担当。日本初のECRプログラム導入のマーケティング担当や、日本と韓国におけるショッパーマーケティング部門の創設にも携わった。2006年、ロート製薬に入社し、執行役員マーケティング副本部長を経て本部長に。肌ラボ、OXY、オバジ、50の恵、デオウや、メンソレータムブランド、ロート目薬ブランド等、ブランドマーケティングを担当。2015年4月、ロクシタンジャポンの代表取締役社長に就任。

 

Text by 中島未知代
Photo by 渡部幸和