メンタルヘルス認識をあらためる、イギリスの大企業たち:応急処置講習の実施企業が増加

ユニリーバ(Unilever)の社員が役員による人事査定を受けるとき、最初にチェックされるのは「気持ち」だ。スーツだらけの会社のなかで、役員たちはメンタルヘルスに関する個人的体験を打ち明けるよう促されていて、社員にも同じことが奨励されている。

マインドフルネスの流行は英国ブランドにも及んだ。ミレニアル世代はワークライフバランスを重視するようになり、企業もそれに合わせたオフィス環境の改革に着手している。現在、メンタルヘルス・ファーストエイド(応急処置)実施者になるための講習を実施する企業が増えている。人知れず苦しんでいる社員が、最初に相談できる窓口を設けるためだ。英DIGIDAYでは、そんな大企業の姿を追った。

関心が増えたのはごく最近

苦悩を抱えている人を見つけて支援するメンタルヘルス・ファーストエイドというアイデア自体は、目新しいものではない。社会事業メンタルヘルス・ファーストエイド・イングランド(Mental Health First Aid England:以下、MHFAイングランド)の発足とともに、10年前に紹介された概念だ。しかし、MHFAイングランドの最高経営責任者(CEO)、ポピー・ジェイマン氏によれば、公的機関ではすでに浸透しているこのアイデアに、企業が関心を寄せるようになったのは最近だという。MHFAイングランドの講師たちは現在、会計事務所EY、食品会社マーズ(Mars)、チャンネル4、小売企業マークス&スペンサー(Marks & Spencer:以下、M&S)など、約200社で講習を行っているという。

企業には、社員が心穏やかに過ごせるようにしたいと思う動機がある。国家統計局による労働力調査の最新結果によれば、2015年の英国における病欠理由の45%がストレスだった。また、メンタルヘルスの不調による損失は推定で年間 260億ポンド(約3兆3000億円)。しかし、ジェイマン氏によれば、企業がこの問題の根本原因への対処を考えるようになったのは最近だという。

家庭用品大手ユニリーバでは、メンタルヘルスが社員の医療保険請求のトップ3に常にランクインしていることに、幹部社員が気づいた。現在、同社では全ラインマネージャーに半日のメンタルヘルス・ファーストエイド講習を受講することが義務づけられている。プログラム発足以降、ユニリーバの病欠日数は減少し、メンタルヘルス関連の支出が10分の1に減少したと、ジェイマン氏は言う。

「もっと前に学んでおけばよかった」

M&Sの福利厚生担当マネージャー、べス・ライダー氏によれば、同社の人事担当は全員がメンタルヘルス・ファーストエイド実施者の講習を受けている。その目的は、管理職が「メンタルヘルスの問題に対処する能力と自信を育む」のを支援するためだ。具体的には、苦悩の初期兆候を発見したり、危機的状況(たとえば社員がパニック発作を起こしたなど)で手助けしたりするのが、彼らの仕事だ。また、適切なカウンセリングサービスを紹介し、回復状況のチェックも行う。

講習制度こそ新しいが、M&Sはここ数年この分野で精力的に活動している。同社が最初にメンタルヘルスに関するポータルサイトを立ち上げたのは2008年で、毎年10月、世界メンタルヘルスデー(10月10日)前後に車で普及啓発キャンペーンをおこなっている。昨年、M&Sは実物大のゾウのフロートをオフィス周辺に設置して、部屋のなかのゾウ、すなわちメンタルヘルスについて話し合うように人々に促した。そして現在、M&Sは社員にメンタルヘルスの問題を申告するよう促すことで、メッセージが正しく浸透したかを確認している。

M&Sと同じく小売企業のWHスミス(WHSmith)も、現在1100人のラインマネージャー全員に講習を受けさせ、12月には社内講習をおこなう予定だ。WHスミスの戦略計画責任者、アリソン・ガーバット氏によれば、これまでのMHFAイニシアティブの普及イベントでは、社員からの「素晴らしい」反応が得られているという。

「メンタルヘルスの問題に以前より詳しくなって、もっと前に基礎を学んでおけばよかったと思っている」と、ガーバット氏は言う。

ガーバット氏にとって、この決断はビジネス面で理にかなっているだけでなく、個人的にも意義深い。同氏は4年前に友人を自殺で亡くしているのだ。「当時、私はその友人に話しかけてどう感じているのかを尋ねたら事態を悪化させるのではないかと考えていた。いまではそうではなかったとわかる」。

意識向上と問題対処は別モノ

現在では社内カウンセリングをおこなう企業は多い(社員を職場にとどめておけるから)が、MHFAイングランドのジェイマン氏によれば、それだけでは不十分だという。助けを求めることが大切だという最重要の「メッセージ」が浸透しても、実際に助けを求めた社員が安心できるようには必ずしもなっていないと、同氏は指摘する。メンタルヘルスへの意識向上と、緊急事態に問題に対処できる人物がいるかどうかは別モノなのだ。

「多くの企業幹部はメンタルヘルス問題の基礎を理解し、この面でリーダーシップを発揮していると考えているが、それが現場レベルまで伝わっていない」と、ジェイマン氏は言う。

ブランドコンサルタンシーのシンキングルーム(Thinking Room)創業者、バーブラ・ライト氏も同意見だ。同氏は、「企業でストレスや多忙について話すと、『まさにそのとおり!』の大合唱になる」と言う。だが、その処方箋のなかには、仕事を忘れて何もしない場所をつくるなど、企業にとって大変なものもあるという。それに、社員に義務を負わせるのは社員の期待に背くことでもある。企業は組織レベルで変わる必要がある。たとえば瞑想だけに専念する時間を設けるとか、夕方のある時刻以降はメール禁止にするというように。

「(マインドフルネスを)個人にまかせてしまえば、ほかに山ほどあるやるべきことに押されて、まっさきにToDoリストから抜け落ちてしまう」と、ライト氏は言う。

状況は変わりつつある

メンタルヘルスを重視するブランドのなかにも、公の議論を避けるところもある。たとえば、MHFAイングランドの講習を受けた企業のなかには、社員が限界に達しているとか、働きすぎであるように見られるのを嫌がる企業もある。

「社員が大丈夫ではないという事実を口に出したがらない人はいる。とくに、それに対して責任を感じている人はそうだ」と、ライト氏。

しかし、状況は徐々にではあるが変わりつつある。ジェイマン氏は次のように述べている。「メンタルヘルスに関する知識が浸透し、いまではメンタルヘルスへの配慮が行き届いた組織というブランドイメージを確立させようと、企業の人々は積極的に変わろうとしている」。

Grace Caffyn(原文 / 訳:ガリレオ)
Image via Thinkstock / Getty Images