「長篠の合戦」に学ぶ、デジタルという「鉄砲隊」の扱い方:マーケターは手段に踊らされてはいけない

本記事は、資生堂ジャパン株式会社の執行役員でありマーケティング本部長(CMO)の音部大輔氏による寄稿コラムとなります。

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「ブランドから新製品が出るので、SNSで拡散してください」「YouTubeでバズらせたいので、動画を作ってください」「競合がやってたので、うちもスタンプ作りたいです」「セクシーリトルデータとかビッグデータが重要そうなので、データベースを整備してください」。こんなリクエストを代理店にお願いしたり、クライアントからお願いされたり、提案したことがあるかもしれません。ここにちょっとした問題がひとつあります。手段が目的化しています。

あらゆるビジネス・アクションには、本来、達成すべき目的があります。そのような目的のない仕事というのは、やらなくていい仕事です。むしろ、やってはいけない仕事だと言ってもいいでしょう。

「今回のサンプリングの目的は、サンプルを多くの人に配布することです」と、説明を受けたことがあります。「サンプルを多くの人に配布すること」はアクションの描写で、サンプリングの目的ではありません。そのアクションがある場合とない場合を比較したときの違いが、多くの場合、達成すべき目的です。もし、ある場合とない場合を比較しても大差ないのであれば、そのアクションはなくてもいいです。

長篠の戦い

1575年に、長篠の戦いという合戦がありました。勇猛果敢で知られた武田の騎馬隊を織田信長が鉄砲隊で殲滅した戦です。日本史上ではじめて鉄砲が使用されたわけではないようですが、大規模な鉄砲運用の事例として有名です。弾を込める隙を減らすために、兵を三列に並べて間断なく斉射したという「三段撃ち」が知られています。

これは1543年に鉄砲が種子島に伝来してから約30年後のことです。ちなみに、インターネットの商用サービス開始が1988年だそうです。こちらもそろそろ30年です。鉄砲は、重要な軍事技術革命のひとつで、その浸透によって軍事戦略のありようが大きく変わりました。デジタルのマーケティング利用も同様です。

デジタル技術やSNSなどの各種サービスが導入され、浸透することで、ブランド戦略のありように大きな変化が起きています。テレビも雑誌も見ないからモバイルで広告すべきだ、ECが大きくなってオムニチャネル時代が来る、スマホにお金が掛かるから若者がお金を使わなくなった、などとよく耳にします。

信長の目的

信長が新しいもの好きだったという描写はよく見られますが、鉄砲の構造に詳しかったとか、鉄砲の名手であったという話はあまり聞きません。でも、彼は鉄砲で何ができて何ができない、といった強みや弱みは十分に理解していたようです。ヨーロッパの戦争で鉄砲がどのような運用をされたのか、宣教師を通して先行事例を学んでいたという考察もあるそうです。まるで、我々がデジタルの先進市場であるアメリカなどの事例から学ぶ、といった感じです。

きっと、何のために鉄砲隊を使うのか明確に理解していたことでしょう。でなければ鉄砲鍛冶はどのようなものを作ればいいのか分かりませんし、鉄砲隊はどこに向けて撃てばいいのか戸惑ってしまいます。

いうまでもなく、鉄砲を使う、というのは目的ではなく手段です。信長は武田軍の騎馬隊を警戒していたようですから、突撃してくる騎馬隊と接触する前に殲滅する、という目的を持っていたと思われます。

進撃路に障害物を設置してもその進撃は阻止できますし、遠距離から打撃を与えたいのであれば弓でもよかったかもしれません。鉄砲を使うことで、殲滅するという目的を達成できると考えたのでしょう。鉄砲をよく知らなかった武田軍にはうまく対応できない、という利点もあったかもしれません。

明確な目的があったからこそ、鉄砲という新技術の有効な使い方、つまり「突撃してくる騎馬隊に隙を見せぬよう、三段にして間断なく弾幕を張る」というイノベーションに気付けたのでしょう。漠然と「敵に打撃を与える」というだけでは、この采配を振るうのは難しかったかもしれません。

手段の誘惑

IoTな新技術、消費者向け新アプリ、マーケター向け新サービスなど、アドテク周りは日進月歩です。結果、流通する情報量がとても多く、激しく変化し続けています。せっかく覚えたことも、すぐに陳腐化してしまいます。

また、ブランドマーケターにはデジタル領域以外にも気になることがあります。毎日の出荷、市場シェア、競合の動向、組織の諸問題、新製品プロジェクトの進捗、工場の生産キャパシティ、営業の士気や流通の意向などなど、盛り沢山です。最新事情についていくだけでも大変ですが、新兵器をうまく使った側に戦局が有利に動いた、という戦訓は多くあります。競合より早く新技術を導入して競争を有利に進めるためにも、知識は重要です。

そうして苦労をして手に入れた知識は、すべての新しい道具がそうであるように、使ってみたくなるものです。「使ってみたい」。この欲求は、高い確率で手段を目的化します。新しい技術に魅了され、あるいはなんだか焦ってしまって、手段が目的化してしまうことはよくあります。そして前述のように「うちもスタンプ作りたいです」といった、リクエストを出すことになります。

こうした欲求を感じたときには「そもそも何を達成したいのか」と、目的を明確にすることです。「どう実行するのか」は、専門家に任せてもいい部分です。むしろ、専門家に任せた方がいいこともあります。最適解はスタンプではないかもしれません。鉄砲隊にいい仕事をさせられるよう、ブランドマネジャーは目的とそれを達成する戦略を持っておくことが大事です。

鉄砲隊の選び方

デジタルが本業ではないブランド担当者がデジタルエージェンシーを選ぶのは簡単なことではありません。鉄砲をあまり知らなければ鉄砲鍛冶や鉄砲隊を選ぶのは難しそうです。もしエージェンシーの専門性を測れるほどデジタルに熟知しているなら、自分でやればいいのです。

これはデジタル以外のあらゆる専門家を選ぶ際にも感じられるジレンマです。家を建てる、医者を選ぶ、テレビ広告を作る。すべて、自分に専門性のない分野の専門家を雇う行為です。こういった場合でも「目的を明確にする」ことが役に立ちます。

そもそも彼らを雇う目的はなんでしょう。自分のブランド戦略のデジタル分野での実行を代わりにやってもらうためです。であれば、まずは、「自分とコミュニケーションが成立するかどうか」が最重要です。彼らが言っていることが理解でき、こちらが言っていることを理解してもらえる。コミュニケーションが成立していれば、たとえ1回目のプランでうまくいかなかったとしても、2回目には問題点を議論して改善することができます。

もし、そのエージェンシーがあまり知識を持っていなかったとしても、コミュニケーションが成立していれば、一緒に成長してもいいし、別の方法を考えることもできます。うまくコミュニケーションできる腕利きエージェンシーを見つけているなら、大事にすべきです。誠実で以心伝心な鉄砲隊は、きっと役に立ちます。

まとめ

デジタルをマーケティングでうまく使うために最初にすべきは、マーケティングの目的を明確にすることです。ついで、共通言語でコミュニケーションをとることができる専門家を見つけます。この2点ができれば、デジタルをマーケティングに使うための十分条件が揃ったと言ってもいいでしょう。

デジタル手法の仔細な知識もあった方が断然いいですが、必要条件ではありません。信長が鉄砲を使う理由を明確に理解して、意思疎通のできる鉄砲隊を有していたのと同じことです。効果的に鉄砲隊を指揮して軍事技術革命をうまく成し遂げた先人に習うことでもあります。

Written by 音部大輔
Photo by 長篠合戦図屏風(Wikimedia Commons)