クリエイティブの価値は変わらない:博報堂DYHDがIDEOを買収した背景

博報堂DYホールディングス(以下、博報堂DYHD)の戦略事業組織「kyu(キュー)」は2016年2月、「デザインシンキング」で世界的に有名なデザインコンサルティング企業IDEOの株式30%を取得した。将来的に同社株式の過半数を取得するオプションに関しても同社株主と合意した。博報堂DYHD執行役員、赤木直人氏はDIGIDAY[日本版]の取材に応じ、マーケティング業界にM&Aの強風が吹き荒れるなか、kyuが向かう先はクリエイティブ、デザインへの投資だ、と話した。

「より大きな事案にタックルするのにIDEO1社では難しくなっていた」。赤木氏は買収の背景についてこう語った。IDEOは独立性を保ったまま、Kyuの一員として活動するという。

なぜ、IDEOを含むKyuのメンバーは博報堂DYHDの買収・出資を受け入れたのか。マーケティング業界ではいま、M&Aの風が吹き荒れていることと無関係ではないだろう(米国ではさまざまな業界でM&Aが進み寡占傾向が強くなっていると言われる)。M&Aを仕掛けるのは、広告会社以外にも、コンサルティング企業、テックベンダーなど「新顔」が含まれている。業界の垣根は曖昧になっているが、マーケティングの効果に大きく関与するのがクリエイティブであることは変わりがない。

優れたクリエイティブ、デザインを生む企業は引く手あまたとなる一方、ビッグプレイヤーが増えるにしたがい、独立系であり続けることがリスクになりかねない。「IDEOは他社からも多数オファーが届いていたと聞いている」。その状況で選んだのが博報堂DYホールディングスだった。「(他社に買収されたとして)120社目、200社目になると、グループが自分のしたいことを吸い上げてくれるのかということは、期待しづらい。鶏口牛後ではないが、Kyuでは各社がグループ全体にイニシアチブをもてるようになっている」と赤木氏は説明した。

Do Makeに投資していく

各業種が融合する現在「テーブルに席をもつ」ことと独立性の両天秤を達成することが、Kyu参画の大きな要因になる。当面の展開は北米が中心だ。KyuのなかにはIDEOのように世界中に支社をもつ企業もあるが「クライアントリソースは北米にあるため、まず北米に注力したい」という。博報堂DYHDの海外売上比率は10%以下とみられ、他社のグローバル化を追いかける立場だ。

では次はどこをKyuに加えるのか。「どこと競合するかというと、ボストンコンサルティング、マッキンゼーのようなコンサル企業が競合に入ってくるのがわかっている」と赤木氏は話した。「データを活用した領域に入っていかないと、とは言われるが、いまから入っていって、成功している会社とすぐさま競い合えるとは思えない。次の買収先に関しては1年をみて考えていく」。

赤木氏はKyuの方針について「Do Makeに投資していく」と語った。「最終的に(マーケティング)は商品に落ちないといけない」。競合が進めるような買収とは異なる方向を目指すと説明する。「メディアバイイング機能がなくともうまくやれる。メディアはどこから買っても最終的にはサーチュレート(飽和)していく」。

デザインシンキングは長期的利益を生める

IDEOはCEOのティム・ブラウン氏が提唱する「デザインシンキング」で有名だ。米ビジネスウィーク誌で「世界でもっともイノベーティブな企業」に選ばれたこともあり、ビジネス、教育、ヘルスケア、社会テーマなどの幅広い領域でデザインのコンサルティング業務を展開している。

IDEOとデザインコンサル企業SYパートナーズ(SYPartners)は富裕国で進む高齢化をポジティブにとらえ、暮らしをリデザインしようというプロジェクト「ザ・パワフル・ナウ(The Powerful Now)」を立ち上げている。

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ザ・パワフル・ナウのスライド。「2013年、50歳以上の人々に提供されたヘルスケアの経済的価値は4兆7500億ドル(約520兆円)」(プロジェクトサイトより)

IDEOが取り組むペルーでの教育プロジェクトでは、IDEOは29校、生徒2万人規模の私立学校法人「イノーバ」と協力し、包括的な「学校のデザイン」を進めた。その結果、ペルー教育省のテストで、イノーバの生徒の平均点は数学が平均の3倍、コミュニケーションの科目が平均の2倍をマークしたとIDEOは説明している。

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イノーバでの教育風景(IDEOサイトより)

「『ペルーに中間層をつくりたい、マーケットをつくらなくては』というコンセプトのデザインが最初にある。次に『そのために教育を変えたい。先生が教える、のではなく、生徒をサポートする、に変える』というシステムのデザインがある。次にそれをどう受け入れてもらえるかと考え、『生徒を上手くサポートできている先生をほめる』などの導入のデザインにつなげ、コンセプトを現実に落とし込む」。

赤木氏はこのようなIDEOのアプローチを、長期的な投資とみている。「長いタームでみると、リターンを得るまで我慢しなくてはいけないが、その分大きなものを得られる。資本主義が善になると実証したい」。

Written by 吉田拓史
Image by World Economic Forum