「学歴神話」の崩壊進む、英エージェンシーの新人採用:求められる多様性と本当の実力

広告は労働者階級にルーツがあるものかもしれないが、昔からその職に就くには大学の学位が求められてきた。それが現在、教育費の高騰と多様性の欠如が問題視されるようになり、大卒採用スキームへの依存を見直す動きが、英国のいくつかのエージェンシーで進んでいる。

電通イージス・ネットワーク(Dentsu Aegis Network)、ジェイ・ウォルター・トンプソン(J. Walter Thompson:以下、JWT)、CHI&パートナーズ(CHI & Partners)は1月、学位を持たない入社希望者をはじめて受け入れた。またJWTとCHI&パートナーズは、成績や職歴を見るのではなく、(「当エージェンシーによる力が大いに必要だと考えるブランドをひとつ挙げ、その理由を説明しなさい」といった)4つの質問に対する応募者の回答を評価し、業界の理解度を測る。採用チームはそのうえで、50名の候補者を面接し、そこから新入社員を選ぶ。候補者50名は中等学校よりうえの学位をもっている必要は必ずしもない。

英国で採用の見直しが進む理由

「大卒という条件のせいで優れた人材を逃しているような気がしていた」と説明するのは、WPP傘下のエージェンシーであるCHI&パートナーズで人材責任者を務めるファーン・ノット氏。「広告業界にふさわしい人材であるために学位は必要ない」と、同氏はいう。

英国では現在、若者とその家族にとって大学の経済的負担が増大している。大学教育の費用は、2012年の授業料の引き上げ以降、急激に上昇した。これにより2016年は、大学卒業生1人あたりの借金の推計が4万4000ポンド(約600万円)と、5年前より171%増加している。大卒者以外にも募集枠を拡大するだけで、より多様性のある人材が確保できる。

「親にそれだけの金銭的余裕がないからといって、広告業界で素晴らしいキャリアを築いてはいけない理由などあるだろうか?」と、ノット氏は述べた。

履歴書を廃止するという動き

エージェンシーが大学に進学していない求職者を集めようとするのは、これがはじめてではない。ただ、メディアコム(Mediacom)の会長であるカレン・ブラケット氏やマクサス(Maxus)のアンナ・ヒッキー氏といったエージェンシーのリーダーたちは、エージェンシーは十分な文化的多様性を自慢できる状況にはほど遠いと、声を上げ続けている。ブランドでも、スタッフの採用条件を見直そうという気運が高まりつつある。たとえば、食品会社のマーズ(Mars)などは、エージェンシーの社内チームに(中流階級の白人ばかりではなく)ターゲットとなるオーディエンスの構成を採用に反映させるよう要求している

もっとも、求職者のためだけの戦略というわけでもない。電通イージス・ネットワークによると、履歴書をやめてスピード面接とセミナーにしたことで、新入社員の離職率が前年比で9%低下したという。また、広告会社オグルヴィ・ワン(OgilvyOne)も履歴書の廃止を進めていて、CEOのジョー・クームス氏はこれで胸をなで下ろしている。「この方法なら、昔ながらのエージェンシーで、昔ながらのポートフォリオを見て、昔ながらの採用活動をするということを避けられる」と同氏はいう。

エージェンシーのオグルヴィは5月から、同社のインターンシッププログラム「パイプ」のモデルにならって、アカウントプランナーとプロジェクトマネージャーの応募者を対象としたエントリーレベルのフェローシップで、履歴書の重要度を下げることにする。パイププログラムではまず、140文字以内の自己紹介と、クリエイティブ作品の提出を応募者に求めた。そこで選ばれた者がグループステージに進み、オグルヴィのキャンペーンを制作するよう求められた。その後、50名の候補者が選ばれ、最終ステージである上級幹部12名との面接に臨んだ。

実習プログラムで「節税」狙いも

メディアコムは実習プログラムを6年間にわたり実施しているが、同社のなかで多様性の維持を担う、ナンシー・レングソーン氏が「型にはまらない」と評するこの採用ルートをたどってこの業界に入ってきた人材のほうが転職などのぐらつきがなかった。このメディアコムの実習生はこの業界に留まる可能性が20%高いとレングソーン氏は考えている。

「成績オールAの学生はあまりリスクをとらず、少しおとなしいところがある。より困難な、あまりアカデミックではない道を歩んできた人には、ほかの人にはない渇望がある。履歴書にだけ注目していた時は、それを見過ごしていた」とレングソーン氏は語った。

メディアコムは2年前、エントリーレベルのスキームで学位の条件を撤廃した。まもなく、賃金総額が300万ポンド(約4億円)を超える英国企業は、賃金総額の0.5%が英国政府から徴収されることになる。しかし、実習者を雇えば、実習者の訓練に対する還付金として税金の払い戻しを請求できる。「そこで、『よし、しばらくサボっていたが、やろうじゃないか』とみんながいいはじめた」と、レングソーン氏は補足した。

人生の課題を乗り越えてきた人を

もちろん、エントリーレベルのスキームで選ばれた人が、たまたまみんな学位を持っているということが起こらない保証はない。マクサスで人材と企業カルチャーの責任を担うポール・ミー氏によると、エントリーレベルのスキームへの応募は大卒と非大卒が半々ぐらいだという。しかし、これは学校や慈善団体と協力した草の根運動の大変な苦労と実習制度の成果だ。

一夜にしては変わらないだろう。WPP、MEC、ピュブリシス(Publicis)の中核スキームでは、まだ大卒が求められているからだ。しかし、典型的な学位要件は、一部においてはすぐに時代遅れになるだろう。

「学識がありかつ実務的な人、人生の本当の問題を乗り越えてきた人を我々は必要としている。こうして常に新しい状態ているのだ」とクームス氏は付け加えた。

Grace Caffyn (原文 / 訳:ガリレオ)
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