「ストーリーテリングの変革は、まだこれからだ」:グレイのビッキー・マグワイア氏

ビッキー・マグワイア氏は、「できそこないで、陳腐で、男性的」と、同氏が呼ぶ、広告の世界の固定概念と戦いながら、キャリアを積んできた。28歳でこの業界に入ったマグワイア氏は、これまでに3カ国13社以上のエージェンシーで働いている。

2017年3月にグレイ(Grey)の共同最高クリエイティブ責任者に就任したマグワイア氏は、2016年には優れた広告やエージェンシーを表彰する団体、クリエイティブ・サークル(Creative Circle)で初の女性議長に選ばれている。

ロンドンのイーストエンドでスイーツの店も営んでいる同氏に、トップに登り詰めるまでを語ってもらった。このストーリーには、長さを整えて内容を明確にするために少し編集を加えている。本記事は以降、彼女の一人称でお届けする。

私はレスターの労働者階級の家庭の出身です。アイルランド人である父親譲りの口達者で、小さい頃から市場の屋台で働きながら、早口でまくし立てて商品の値段をつり上げる術を身につけていました。学校の成績は振るわなかったが、人の話し方を聞く耳は肥えていた。皮肉なことに、いまこうしてライターをやっているけれど、英語の成績は平均以下でした。

学生時代にポール・スミスと出会う

最初はファッションの道に進みたくて、ファッションの学位を取ろうとニューキャッスル大学に入学しましたが、そのとき私はとんだ間抜けだった。絵が描けなかったのです。幸いにも、デザイナーのポール・スミスと出会い、私のアイデアを彼が絵にしてくれました。卒業後、就職先を見つけることに問題はなかったが、どこの大手ファッションブランドに入ってもすぐに解雇されてしまいました。これは私にとっては想定外の出来事で、驚きでした。しかし、職場を去るようにと、丁寧に言われるほど、私はどんどん失敗を恐れなくなっていきました。

当時、広告代理店という仕事があることは知りませんでした。ハウエル・ヘンリー・チャルデコット・ルリー・アンド・パートナーズ(Howell Henry Chaldecott Lury and Partners)の人たちと知り合いになり、楽しそうな本やオモチャに囲まれて、デスクのうえに足を投げ出して座っているだけの彼らが、多くの報酬を得ているところを見るまではね。ほかのことにはことごとく失敗していたので、私は思い切って広告の世界に飛び込むことにしました。

それからの数年間は、自分のエネルギーと素朴さを頼りに働きました。タダ働きも厭わなかったし、トーストと紅茶だけの暮らしでも全然気にしませんでした。その当時は、広告について知識も経験もない労働者階級の若い女性として、自分がどれほど異質な存在だったかに気付いていなかったのです。ファッション業界にいた頃は、たとえばヴィヴィアン・ウエストウッドのように、会社を経営している強い女性たちのもとで働いてきました。彼女たちはオフィスのドアに自分の名前を掲げ、人からナメられることもなかったが、私が行き着いた先は、奇妙で古くさいボーイズ・クラブだったのです。自分で声を上げなければ、すぐに衛生用品か赤ちゃん用品を押しつけられてしまったでしょう。

人と違うことは誇るべき

自分の履歴書が3ページにも及ぶことが気に入っている。面白い読みものでしょう? あるエージェンシーでは、ミーティングの最中にナプキンに辞表を書いてやったこともある。良いか悪いかは別として、すべてがストーリーです。心をオープンにして、正直であれば、なんでも紡ぎ出すことはできる。ただし、お給料の3カ月分くらいのお金を後ろのポケットに用意しておくことは大切です。私はそのお金を「クソ食らえ」資金と呼んでいるわ。

私がいちばん自慢にしている仕事は、ハンズオンリーCPR(人工呼吸を伴わない心臓マッサージによる心肺蘇生法)をテーマにした英国心臓病支援基金(British Heart Foundation)のCM。チャリティーはやりやすいと思う人もいるだろうが、そんなことはありません。他人のお金を使って活動するのだから、KPIがちゃんとなければならない。この広告のことを思い出した誰かが、「Stayin’ Alive」を歌いながら1分間に140回のペースで心臓マッサージを施したおかげで、命を救われたという人に私は会ったことがあります。

私個人の視点や個性を曲げて現状に合わせることは、気にするべきことではありませんでした。ヘアケア製品を担当している綺麗なボブヘアの女性として収まるつもりはなかったのです。しかし、私がイーストエンドで経営しているスイーツの店で宝石のように美しいお菓子を勧めることもできるし、それが私の得意分野だと思っています。とはいえ、もちろんそのやり方が通じるクライアントもいれば、通じないクライアントもいます。そんなとき、グラハム・フィンク(有名なマルチメディアアーティスト)のような社外の人と知り合えたことは、私にとって非常に幸運でした。フィンクは何かと私の面倒をみてくれました。自分に対して違う見方をしてくれるエージェンシーや人を見つけるべきです。私にとって、そのひとつがグレイだし、ワイデン+ケネディ(Wieden + Kennedy)もそうです。

エージェンシー業は人がすべて

優良なエージェンシーを作るのは人間です。私は今年53歳ですが、ペースダウンはしていません。以前と変わらず不安だし、ハングリーで、神経質で、腹を立てることがあります。年齢や性別、人種の異なる個性をきちんと受け入れれば、相手もこちらを人間として尊重してくれるはず。テキスト入力作業のために誰かを雇うことは、エージェンシーにとっても、クライアントにとっても、業界全体にとっても無意味なこと。我々は取り残されているし、いまはそれに戸惑いを感じています。

私もいろいろ変わりました。人々は、コピーライティングはもう過去のものだと考えている。その後、デジタルがもてはやされ、それから、コンテンツという嵐を乗り切ろうとしてきた。だが、文化やストーリーテリングに関わる変革はまだこれからです。多様なバックグラウンドがない人間が語るストーリーには、ひとつの味わいしかありません。私のスイーツショップで売っているスイーツが1種類だけだったら、お客を呼び込むことができないのと同じです。

Grace Caffyn(原文 / 訳:ガリレオ)
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