米エージェンシーに流行する「スマートドラッグ」とは何か?:シリコンバレーから火がついた新トレンド

ある金曜日の午前8時半。インフルエンサーマーケティングに注力するエージェンシー、ナック(Gnack)でCMOを務めるディーン・トーマス氏は、その日のToDoリストを眺めた。

その後、マーケティングチームに電話し、プレスリリースを執筆。インフルエンサー500人にも連絡して、フィードバックを収集する。さらにFacebook広告キャンペーンの進捗を確認しつつ、トーマス氏は水の入ったグラスを手に取り、スマートドラッグ(向知性薬、ヌートロピックとも)のカプセル2錠を飲み込んだ。そして、そのまま5時間ノンストップで働き続ける。同氏が午前中の時間を生産的に過ごせるのは、このスマートドラッグのおかげだ。

「気が散るのを抑え、集中した状態を維持できる」と語るトーマス氏は、今年の1月からスマートドラッグを飲みはじめ、現在は週に2回服用している。「栄養価の高いエスプレッソのようなものだ」。

スマートドラッグとは何か?

スマートドラッグは、記憶、創造性、生産性、学習能力を向上させる目的で開発された。いくつかタイプがあり、利用者は自分好みに調合することも、特定の効果(たとえば、不安低減や集中力アップなど)がある市販薬を購入することもできる。

アメリカではスマートドラッグは栄養補助食品扱いなので、FDA(米食品医薬品局)の認可は受けていない。スマートドラッグはまた、しばしば娯楽目的で使用される覚醒剤のアデラル(アンフェタミン製剤)の「安全な」代替品とみなされている。集中力向上をアピールするのはどちらも同じだ。

最近の広告業界ではよくあることだが、スマートドラッグもシリコンバレーから火がついた。2015年ごろから企業家やソフトウエアエンジニアのあいだで人気が高まり、いまでは広告業界やマーケティング業界の幹部たちも愛用している。立ち上げて間もないエージェンシーやマーケティング会社のような目まぐるしい環境では、高いストレスにさらされるためだ。

「私が属する新興企業の世界では、誰もがすべてを最適化しようと試みる。ほかの起業家のように、有利な状態でより多くを達成するためにはスマートドラッグが必要だ」と、トーマス氏は語る。

効果は疑わしいという声も

エージェンシーのメディアストーム(MediaStorm)で最高デジタル責任者を務めるチャーリー・フィオダリス氏は、2013年に自分専用のスマートドラッグの調合をはじめた。その後、コメディアンのジョー・ローガン氏がポッドキャストで紹介したのをきっかけに、「アルファブレイン」と呼ばれるスマートドラッグにも手を出した。フィオダリス氏は現在、アルファブイレインを毎朝、カフェインとテアニン(茶葉などに含まれるアミノ酸の一種)を毎日午後3時に服用している。

「スマートドラッグを飲んでいないと、長時間のミーティングで疲れてしまう」と、フィオダリス氏は語る。「この業界では、長いミーティングで有能さを示し、毎時間スマートなことを言い続けなくてはならない」。

もちろん、集中力を高めるとアピールする薬はたくさんあるが、効果はまちまちだ。薬理学者の多くは、注意欠陥障害などの認知機能の問題を抱えていない健康な大人の場合、効果は疑わしいと指摘している。

「認知機能向上を示唆するデータはあまりない」と、薬理学者のミシェル・アーノット氏は、トロントのニュースメディア「ナウ(Now)」に語った。「スマートドラッグ、ヌートロピック、コグニティブエンハンサーなど、呼び名はさまざまだが、少なくとも健常な集団において、我々は刺激薬のこうした効果を確認していない」。

いまや年間数百万ドルの市場

米掲示板サイト「Reddit(レディット)」では、ユーザーがスマートドラッグのオリジナルレシピを公開したり、市販品の感想を書き込むコミュニティが活況を呈している。スタンフォード大学を卒業し、2014年にスマートドラッグの製造を手がけるヌートロボックス(Nootrobox)を共同で創業したジェフリー・ウー氏は、初期の購入者は主にプログラマーだったと振り返る。いまでは、シリコンバレーやマディソン街の経営幹部、ハリウッドの大物も得意客だ。その結果、ヌートロボックスはいまや「年間数百万ドル(数千億円)を売り上げる」と、ウー氏は豪語する。

「顧客は、著名人や、テレビでおなじみの人物ばかりだ」と、ウー氏は語る。「エージェンシー幹部から、我々に感謝のコメントが届く。スマートドラッグは、多くの人にとってまだ新しいコンセプトだが、主流になりつつある」。

支持派は、スマートドラッグは安全で、映画『リミットレス(Limitless)』でブラッドリー・クーパーが演じた主人公のように、薬を飲んで脳の潜在能力すべてを活性化させるような効果があると主張する。しかし反対派は、頭痛、高血圧、脱水症状などの副作用を指摘する。過剰に服用すると、無気力になったり、酩酊する恐れもある。

メディアストームのフィオダリス氏は、スマートドラッグを好む理由として、サプリメントであり糖分をあまり含まないことを挙げる。同氏が意識して避けている「レッドブル(Red Bull)」とは違う点だ。

本当に必要なものか

フィオダリス氏もナックのトーマス氏も、スマートドラッグが本当に自身を活性化するのか、単なるプラシーボ効果なのかはわからないとしながらも、同僚を含む周囲の人々に使用を勧めている。一方、この記事のために取材したエージェンシー幹部のなかには、スマートドラッグの存在を知らない人や、効果に懐疑的な人もいた。

昔ながらのやり方を好む人もいる。ボストンに拠点を置くマレンロウUS(MullenLowe U.S.)のプレジデント、ジェフ・コトリル氏は、スマートドラッグについては聞いたこともないと話す。彼の強壮剤は「ダイエットコーク(Diet Coke)」だ。エージェンシーのチームワン(Team One)でエグゼクティブクリエイティブディレクターを務めるアラステア・グリーン氏と、デジタル管理責任者のジョー・デミエロ氏はこう口を揃える。「カリフォルニアには、太陽、美味しいコーヒー、美味しいワイン、サーフィン、新鮮なアボカド、美しい車がある。これらが集中力と活力を保つのに役立つのさ」。

「私は一度もスマートドラッグを飲んだことがない」とデミエロ氏は語り、自虐ジョークを飛ばした。「だから我々はダサくて退屈なんだよ」。

Yuyu Chen (原文 / 訳:ガリレオ)
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