コラム:私は「プログラマティック」という言葉が大嫌いだ

本記事は、デジタルマーケティングエージェンシーの360iにおいて、プログラマティック広告担当のバイスプレジデントを務める、コリン・クレベノ氏による寄稿となります。

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告白すべきことがある。私は「プログラマティック」という言葉が大嫌いだ。この言葉は、使われすぎているだけでなく、誤って使われている。業界団体、アドテクベンダー、パブリッシャー、エージェンシーのそれぞれが、自分たちにとって都合がいいようにこの言葉を使っている。この言葉の定義を統一し、この言葉を正しく使うようにする必要があるのだ。

ふたつの基本的な要素

プログラマティック広告は、13年以上のあいだに大きく進化してきた。いまやリアルタイム入札でバナー広告を売買できるだけでなく、テレビ、ラジオ、屋外広告など、ほかのメディアの広告も取引できるようになっている。だが、ここに問題がある。プログラマティック機能が進化を続けているため、誰もが勝手気ままにプログラマティックの定義を作り出しているのだ。その結果、この言葉はあまりにも多くの意味をもたされている。

プログラマティックという用語の基本的な意味は、自動化されたツールを介してデータドリブンメディアを売買することだ。データドリブンと自動化というふたつの要素を兼ね備えていることが、プログラマティックをほかの種類のメディアバイイングとは根本的に異なるものにしている。

だが、エージェンシーもアドテクベンダーも、このふたつを別々の要素に分けてしまい、どちらか一方の要素が含まれてさえいれば、それをプログラマティックと呼んでいる。そのような定義が単純すぎる場合であってもだ。「プログラマティックTV」で、実際には何ができるのかを明確にしようとしたマーケターに聞いてみればいい。

使い倒され、意味がゆがんでいった

この問題をさらに深刻にしているのは、プログラマティックの利用が急増していることだ。もともとの機能であるリアルタイム入札で利用されるだけでなく、プライベートマーケットプレイスや保証型のバイイングで利用されるものへと進化したために、業界の新しい流行語となっている。

プログラマティックという言葉が、2014年に全米広告主協会(Association of National Advertisers:ANA)によってその年のマーケティング流行語大賞に選ばれたことは、この言葉がありとあらゆるところで使われる時代の到来を示す出来事だった。それ以来この言葉は、パネルディスカッション、クライアントへの説明会、(この記事のような)業界向け解説記事で頻繁に登場するようになった。

そして、あちこちで使われ語られるたびに、この言葉の意味はさらにゆがめられていった。プログラマティックという言葉の定義は現在、曖昧かつ複雑なものになっている。プログラマティックは、いまやあまりにも多くの意味を持っているため、何を意味しているのかわからない状態なのだ。

マーケターへのアドバイス

我々の作り出したこの混乱状態を業界の専門家たちが収束するまで、私はマーケターたちにこうアドバイスしたい。プログラマティックにまつわるさまざまな情報に惑わされて、自分たちの目的を見失わないようにしよう。

ターゲットオーディエンスを見つけ出してリーチし、彼らの行動を喚起することが、いまでも広告の最終的な目標だ。その目標がどう達成されるかということや、その遂行にプログラマティックが利用されるかどうかで、目標自体を変更してはならない。プログラマティックは、実行すべき目標ではなく、メディアを購入するための手段に過ぎないのだ。

プログラマティックをメディアプランに含める場合は、プログラマティックを透明に統合する必要がある。自ら学習を続け、自分が考えるプログラマティックの定義についてほかの人たちが何をいおうと、鵜呑みにしないようにしてほしい。

いまこそ言葉の定義の統一を

プログラマティックバイイングに携わる人の多くが、「プログラマティック」という言葉の使われ方はひいき目に見ても曖昧という意見に同意するはずだ。だからこそ私は、この状況を変えることを提唱している。前述のとおり、「プログラマティック」はデータドリブンと自動化というふたつの要素を兼ね備えたものだ。誰かが「プログラマティック」について話しているときは、このふたつの基本的な要素が含まれているかについて確認しよう。

これから5年あまりの間に、(従来型TVを除く)メディアの大半が、プログラマティックによってプランニング、購入、販売されることになるだろう。だからこそ、「プログラマティック」という言葉についてもう一度考え、言葉の定義を統一することが、業界の発展にとって必要なのだ。

Kolin Kleveno(原文 / 訳:ガリレオ)