企業保有データの9割は無駄という「ビッグデータ」の現実:なんのために集めるのか?

本記事は、WPPグループ最大のデジタルエージェンシー、VMLの日本法人の代表と、株式会社FICCの代表取締役を兼務する、荻野英希氏による寄稿コラムとなります。

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あなたの会社にはどれだけのデータがありますか? いままでそのデータにいくらの投資がされましたか? ビッグデータ市場は2020年までに6兆円に達し、広告市場の1割以上の規模に成長します。マーケティングROIの向上や、競合優位性の確立を期待し、世界中の企業が競ってデータ保有量を伸ばしているのです。しかし、大量のデータを保有することが本当にビジネスの成功につながっているのでしょか? 現実はそこまで単純ではないようです。

データの価値は量では計れない

ビッグデータは本来ほとんどの企業にとって無縁なものです。実際に企業が保有するデータの9割弱は、活用どころか集計すらされていません。世界中のWebページを評価するGoogleであれば、確かにビッグデータを必要とする課題を多く抱えているのかもしれません。しかし、同様に巨大なテクノロジー企業のFacebookでさえ、ほとんどのタスクに必要なデータの量はノートPCでの処理が可能なMB〜GBの規模であると言います。

データの価値はその量ではなく、抽出できる情報で決まります。ソーシャルデータからカスタマー・エクスペリエンスを最適化するリチウムテクノロジーズのマイケル・ウー博士は「データから抽出できる情報は、データ量の増加に伴い漸近的に減少する」と述べています。価値ある情報を得るための計算や分析は、データ量の増加とともに難しくなるため、「大量なデータを分析すれば、いままで見えなかったパターンや、予想外のインサイトが得られるだろう」という考えは、非現実的なのです。

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過去にもバーコードのスキャニングやCRMなど、新しいデータ技術が登場するたびに、多くの企業が計画性のない投資を行なってきました。Webキャンペーンなどから数十〜数百万人規模の詳細なデータを収集したのにも関わらず、いまでは定期的なメルマガの配信にしか活用していない企業も少なくはないはずです。戦略なしに新しい技術に投資をしても対価が得られず、いずれ盲目にイノベーションを求めることが愚策であることに気付くはずです。この失望と投資削減の段階を乗り越えることができれば、現実的なデータへの投資と活用を実現することができるはずです。では、新しい技術が登場するたびに、企業が同じ間違いを繰り返してしまう理由は一体何なのでしょうか?

ビッグデータ施策成功の秘訣

問題はデータの活用に対する企業の手法先行型のアプローチです。データに対する成熟度が比較的高いアメリカでも、多くの企業がデータの活用法に悩んでいます。多額のデータ投資を行うフォーチュン1000企業のうち63%は、データがビジネスに貢献しているかがわからないと言います。ROIを実感している企業も、その大半は1%程度の収益成長しか見込んでいないのが現状です。これは多くの企業がデータに対して、いまだ場当たり的な対応をしていることを意味するのではないでしょうか?

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いくつかの企業はROIの高いビッグデータ施策を実現しています。AMEXやT-Mobileは、ユーザーの行動から解約の予測と防止に成功しています。詳細な顧客データをオフラインのビジネスに活かせていないウォルマートも、ユーザーの検索行動の予測からECの売上を数千億円単位で伸ばしています。UPSは配送ルートの最適化から1500万リットルの燃料を削減。デルタは乗客自身が荷物のトラッキングを行えるサービスを提供し、ロイヤルティの向上に成功しています。P&Gはソーシャルメディアや購買データなどから新商品開発のための市場トレンド予測に成功していると言います。これらの企業の違いは、データを活用する目的が明確であることです。データからROIを得ている企業は解決すべき課題を定義し、そのために必要なデータを収集しているのです。

1000億円のビジネス課題

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来園者のプロフィールや行動データから、接客対応を最適化するディズニー・パークスのマジックバンドも、ある課題を解決するために開発されました。すべての財務指標が順調であったにも関わらず、1000億円以上を投じてディズニー・パークスが解決したかった課題は「初回来園者満足度の低下」です。パークの将来を左右するこの指標を改善するために、ディズニー・パークスは最大のアセットであるキャストの最適化を戦略とします。そして、キャストが一人ひとりの顧客を識別し、パーソナライズされた接客を提供できるよう、顧客データを収集するマジックバンドの開発を決断するのです。

データのマーケティングに活用を考えると、私たちはついデジタルという小さな枠に囚われてしまいます。しかし、デジタル広告比率の低い日本において、バナーのCPA改善などは優先的に解決すべきビジネス課題であるとは言えません。マーケティングの成功を決定付けるそもそもの戦略の立案や、市場を変える新商品の開発、多額の広告費を要するテレビ広告の最適化など、より重要な課題がほかにたくさんあるはずです。

課題解決に必要なデータとは

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例:性別・年代ごとの広告反応データ

課題を定義してはじめて、その解決に活用すべきデータを選定することができます。たとえばマーケティング戦略を立てる場合、工程ごとに活用すべきデータの種類は異なります。セグメンテーションを行うためには、正確なデモグラフィックやカテゴリーに適した属性(車カテゴリーの場合は年収データなど)を含むオーディエンスデータを活用します。データを通じて配信された広告への反応から、最適なセグメントの分類方法やセグメントごとに適した訴求軸を割り出すことができるのです。ターゲティングにはセグメントごとの人口、ブランド認知率、購入意向率、購入率などのデータを活用します。投資回収に必要な顧客獲得数を軸に、達成の見込みがもっとも高いセグメントの特定や、マーケティング施策のKPIとなる量的、質的、価値指標の設定を行います。ポジショニングには、ターゲットが重視するニーズの重要度、需要規模、そして競合による充足率などのデータを活用し、ホワイトスペースの特定や、理想と現状の差異を埋める差別化、同質化要因を割り出すことができます。

オープンデータの公開と活用を推進するオープン・ナレッジ・ファウンデーションのルーファス・ポロック氏は、「ほとんどの企業にとって価値のあるデータとは、特定の課題解決にフォーカスした小規模なスモール・データである」と述べています。企業がデータからROIを得るためには、まず課題が何であり、次にその解決にどのようなデータが必要かを理解しなければなりません。

データから利益を得る体制

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課題を定義することはできても、データドリブンマーケティングの経験が少ないマーケターには、データの選定や分析方法の定義ができません。これには定量的に物事を捉え、因子分析に長けたアナリストのサポートが必要になります。目的から手法を考える戦略的思考プロセスに加え、マーケターとアナリストが密接なコラボレーションを行う環境がなければ、データからROIを得ることはできないでしょう。

たとえ世界中のデータを保有していても、解決すべき課題がわからなければ、データからROIを得ることはできません。ましてや活用できないほど肥大化したデータはその収集、保管、分析に多くのリソースを要し、企業に損失を与えるものへと変化してしまいます。「データの有効活用法を考えて欲しい」「マーケティングにビッグデータを活用したい」このようなリクエストを出す企業は一度根本に立ち返り、解決すべき課題と必要となるスキル、人材、そして体制について考え直す必要があるのではないでしょうか。

Written by 荻野英希
Photo by Thinkstock / Getty Image