ピュブリシスの壮大なAIプロジェクトに当惑する広告業界:「マルセル」とは何か?

フランスの大手広告企業ピュブリシスグループ(Publicis Groupe)が、来年から受賞イベントを廃止し、「マルセル(Marcel)」の開発に労力と資金を注ぎ込むことになった。同社の最高経営責任者(CEO)アルチュール・サドゥーン氏がそう発表したのは、ほんの数週間前の現地時間6月20日のことだ。「マルセル」について我々が得た情報は、それが「AIプラットフォーム」であるということだけだが、紹介動画では次のように説明されている。

  • 「これは史上初のプロフェッショナルなアシスタントだ。AIと機械学習テクノロジーを利用して、8万人の従業員がさまざまな方法で互いにつながり、共同で制作活動を行い、情報を共有できるようになる」(最高戦略責任者のカルラ・セラーノ氏)
  • 「これは国境を越えて才能と創造性を活かすためのプラットフォームだ。しかし、それだけにはとどまらない。無限の可能性を持ったアイデアを生み出すための足がかりでもある」(最高コミュニケーション責任者のマーク・タッツェル氏)
  • 「これは一体化することによってパワーが得られることを証明する究極の存在だ。我々と我々のすべてのクライアントのために、テクノロジーを才能や大きなアイデアの役に立つようにする。あらゆるサイロが破壊されることになるだろう」(グローバル事業開発担当責任者のローレン・ハヌラン氏)

さて、これで理解できただろうか。

サドゥン氏はその後、Twitterで質問を受け付けて混乱を解消しようとしたが、さら混乱を招く結果になったようだ。8万人を超えるピュブリシスグループの従業員にとっては、特にそうだったろう。

要するに「マルセル」とは?

何人かの人が「マルセル」とは要するに何なのかと尋ねたところ、これは才能をさらに引き出すものであり、人員削減を行うわけではないが、業界に変化をもたらし、従業員、クライアント、エージェンシーの役に立つものだとサドゥン氏は答えた。また、「マルセル」はピュブリシスの各従業員のスキルに関するデータを保持し、スキルに合ったプロジェクトを見つけてくれると、サドゥン氏はツイートしている(ただし、繰り返しになるが、「マルセル」が仕事を奪うわけではないらしい)。

だが、デジタルエージェンシー、デジタスLBi(DigitasLBi)のある従業員は、このチャットが終わった後に、「これが実在するものなのか単なるコンセプトなのか、どうにもわからない」と述べている。また、「マルセル」の説明会に参加したピュブリシスの従業員は、自分の上司たちも、「マルセル」がどのようなもので何のためにあるのか「まったくわかっていない」ようだったと語っている。

ピュブリシスの別の従業員は、業界の掲示板の「Fishbowl」にもっと簡潔な説明を投稿した。「(『マルセル』は)『世界中のオフィスをつなげ、複数のオフィスの垣根を越えて打ち合わせができるようにする』ために作られたものだ。(中略)これは『予算を削減し、クリエイティブの位置づけを低下させる』ということをPR風に表現したものだ」。

困惑する人々の反応

華々しく紹介されたこのスキームは、PR的な意味での話題作りに成功しているが、その発表は大きな混乱を招き(カンヌライオンズでの発表は、ほとんどの幹部や従業員にショックを与えた)、その導入に向けても当惑を引き起こしている。

また、特に注目されるのは、今回の混乱をもたらしたのがピュブリシスだったということだ。この大手広告持株会社は、古くて時代遅れの企業というイメージを何とかして払拭しようと努力してきた。2年前には、モーリス・レヴィ会長の指揮の下で「ビバテクノロジー(VivaTechnology)」というカンファレンスをはじめたが、これはCESとカンヌを一緒にしたようなイベントで、いまだにプレスリリースをPDFで配信している(サドゥン氏がTwitterで質問を受け付けていたときに聞かれた、もうひとつの大きな不満は、同氏がハッシュタグを誤った形で使っていたことだった)。

サンフランシスコを拠点とする代理店レディー・ステート(Ready State)の最高マーケティング責任者(CMO)スティーブ・ウォン氏も、ピュブリシスが大手ネットワークであるという事実が混乱のひとつの要因だと考えている。「変化はますます加速しているが、小規模なエージェンシーなら、その気になれば対応できる」と、ウォン氏は言う。「だが、ネットワークは規模が大きいため、はるかに大きな変動に直面することになるだろう。彼らが変化を嫌うとしても責めることはできない」。

ライバルたちの見方

ピュブリシスの観測筋は、今回の発表を単なる大がかりなスタンドプレーと考えているかもしれない。

見たところ、「マルセル」は非常に多くの労力とお金が必要としそうだ。ピュブリシスは、受賞イベントなどの各種イベントに年間200万ドル以上を費やしていたといわれており、その費用を節約することでお金を作るのだろう。それでも、財務的にはうまくいきそうにない。同社は、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)やユニリーバといった北米の大手ブランドのメディア事業を失い、四半期連続で売上が減少したと報じられている。

ピュブリシスの外では、ライバルたちが喜んでもみ手をしている。筆者と朝食をともにしたあるエージェンシーのCEOは、「ピュブリシスが一体何をしようとしているのか見当もつかない」と述べていた。だが、その人物は舌の根も乾かぬうちに、ピュブリシスが実は何か興味深いことを見つけたのかもしれないと、不安を口にしはじめた。「これが心配すべきことなのかどうか、いつも考えてしまう」というのだ。

現時点での良い点・悪い点

だが、良い面もある。「マルセル」が一体何であれ、ピュブリシスは大々的なPRに成功しているのだ。

「広告という不思議な世界では、よくわからないものほどセンセーションを引き起こす」と、アクセラレーターエージェンシーのブリッシュ(Bullish)でマネージングディレクターを務めるマイケル・ドゥーダ氏は言う。「『マルセル』は、大手広告持株会社が8万人の従業員を団結させるために行った善意に溢れた取り組みなのかもしれない。問題は、このよくわからないソリューションのおかげで、従業員がSXSWやCESなどのカンファレンスに参加し、好奇心のままに質問して回ることができないという点だ。なにしろ、そこに参加しているのは彼らのクライアントなのだから」。

一方、エージェンシーのジェイ・ウォルター・トンプソン(J. Walter Thompson:以下、JWT)は、誰もが驚いていることに戸惑いを感じているという。WPPの子会社であるJWTは、独自のAIアプリとウェブサイトを所有しており、「パンゲア(Pangea)」という自社ネットワークを通じて従業員が共同作業できるようにしている。「『マルセル』の発表は驚きではない」と、JWTでデジタル担当責任者を務めるジェニファー・マクブライド氏はいう。「これが、ピアツーピアのネットワークと積極的なコラボレーションに向けた次のステップであることは明らかだ」。

Shareen Pathak(原文 / 訳:ガリレオ)