育児休暇ポリシーで遅れをとるエージェンシー:「母親や父親は混乱している」

WPP系列のマクサス(Maxus)で、メディアディレクターを務めながら、2人目の子供を出産したリンジー・カバルッツォ氏。睡眠時間は減り、やるべきことは増え、全体的な報酬は減ったものの、幸運にも12週間の有給休暇を取得できた。その後、一時的にパートタイムで働く移行プログラムを経て、仕事に復帰することができたという。しかし、業界でこのようなケースはまだ珍しい。

業界の人たちに話を聞いていくと、カバルッツォ氏はラッキーだったことが明らかになる。有能な人材をかき集めているシリコンバレーや米国全体で育児休暇が話題になるなか、寛大で柔軟性のある育児休暇制度について熱く語る者もいるが、業界で働く多くのスタッフは、エージェンシーはこの分野で大きく遅れていると不満を漏らす。

あるものは貧弱な育児休暇制度のプログラムを嘆き、あるものは、エージェンシーがまだ父親の育児休暇を採用していないと困惑する。この業界の育児休暇方針は混乱していてまとまりがない。そこには完全に不公平なケースもあることを、多くの人が認めている。

とあるエージェンシーに勤務する、4週間前に妻が出産したある父親社員は、「とても困惑している。会社は進歩的だと自称し、実際、業務上はそうであることがほとんどだと思うが、育児休暇制度については遅れている」と語った。

現状の育児休暇制度への不満は全米に共通するが、エージェンシーの場合、仕事への要求が厳しく「クライアントありき」となる文化が、新しく親になる人たちの状況を悪化させている。

ニューヨークのエージェンシー、ヒュージ(Huge)で人事部門の責任者を務めるアンドレア・ブレドー氏は、「我々は孤島にいるわけではない」と表現する。ヒュージでは最近、勤務時間を短縮する移行スケジュールを作り、新しい母親を対象とした6カ月のリモートワークのオプションを設けた。「働く時間が減る者が、ヒュージでどう働くのかだけではなく、クライアントとどう仕事するのかも考えなければならない」と、ブレドー氏は説明する。

各エージェンシーの現状

大きな問題は、制度が標準化がされていないことだ。持株会社は、傘下エージェンシーに方針のようなものをほとんど義務づけていない。たとえば、この数年間、多様性と柔軟な勤務形態を優先しようとしてきたWPPは、文書では柔軟な勤務形態を支持しているものの、具体的な方針は各エージェンシーのレベルで決められている。

オムニコム(Omnicom)は、エージェンシーにガイドラインを示しているが公開はできないと広報担当は説明した。つまり、組織内ごとに「囚人のジレンマ(参考:Wiki)」が働き、上司やマネージャーは自分たちのニーズを、従業員たちは自分たちのニーズを優先してしまう。そうした結果、上司や部門によってバラバラの育児休暇制度になってしまっているのだ。

各エージェンシーの、従業員の出産に対する対応を見れば、そのバラつきはわかる。WPP系列のエージェンシーでさえ、社内に規定がない場合もあり、同グループの中核エージェンシーであるジェイ・ウォルター・トンプソン(J. Walter Thompson:JWT)は、中心的に育児介助を行う者は、在職期間次第で最大12週間の休暇を取得できるとされている。

マーケティングコミュニケーションの会社、オグルヴィ・アンド・メイザー(Ogilvy & Mather)は、出産育児休暇が平均6週間で、なかには8週間から12週間の取得を行っているケースもあった。そして冒頭のマクサスは、最近の見直しで在職期間にかかわらず、すべての従業員が調整支払い付きの12~14週間の休暇を取得できるようになっている。

WPP以外はどうだろうか。広告エージェンシーのハバス(Havas)は、母親になると4年間以上勤めている場合だけ、12週間まで休暇を取得できる。PRコンサルタントのヒル・アンド・ノウルトン(Hill + Knowlton)は、母親になると16週間の育児休暇。広告エージェンシーのドイッチェ(Deutsch)は、12週間(オプションで16週間に延長可能)の育児休暇に加え、さらに12週間、母親も父親も全給で週4日勤務にできる。

最も多い有給の出産育児休暇の期間は2週間

アメリカ広告業者協会(AAAA)のマネジメントサービス部門(エージェンシー事業を調査し、競争相手の動向について会員に報告する部署)による調査によると、回答したエージェンシー173社の半数は、有給休暇と連邦指定の一時的な労働不能休暇(就業不能休暇)とは別に、有給の出産育児休暇を何らかの形で設けていた(2010年の30%から増加している)。もっとも多かったのは2週間だが、なかには12週間というエージェンシーもあった。

AAAAでマネジメントサービス部門のバイスプレジデントを務めるトム・フェラン氏は、「出産や育児に関するポリシーが、わずかながらも寛大になっている傾向は紛れもなくある」と話す。ほとんどのエージェンシーは、連邦で義務づけられた一時的な労働不能休暇(ディスアビリティー)に加えて、なんらかの有給休暇を組み合わせる方向へと少しずつ進んでいる。

しかし、標準化されていないことは、海外から来た従業員からすると特にショックなようだ。ドイッチェのグランドプランニングディレクターとして働く英国人のケルシー・ホジキン氏の場合、友人たちは妊娠すると9カ月も仕事から離れていた。

ホジキン氏は、2015年にドイッチェに入社してわずか1カ月で自分が妊娠したとわかったとき、「とても恐ろしかった」という。上司はホジキン氏に「必要なだけ休暇をとる」ようにいった。彼女は16週間休み、その後、3カ月は全給でパートタイムで働いたという。

ほとんどのエージェンシーは「柔軟な」勤務形態を謳っている。しかし「柔軟」とは「一貫性がない」という意味にもなると、エージェンシーで働く従業員たちはいう。ある従業員は、自分は上司から「必要なだけ育児休暇を取る」ことができるといわれていたが、ほかの部署の同僚は、「有給休暇と6週間の一時的な労働不能休暇にプラスして2週間」という規則に従って休暇を取るようにといわれたと語った。

「父親の育児休暇」という文化などない

注目が高まっているのは父親の育児休暇制度だ。Facebookは、CEOのマーク・ザッカーバーグ氏が2015年後半に父親になり、休暇を取ると決めた後、育児休暇(4カ月)を性別に関係なく、全従業員に拡大すると発表した。

しかし、ほかの企業では、父親の育児休暇制度に対する明確な決まりがない。

企業が男性と女性で異なる手当てを与えることは法的にできない。そこで、企業は、父親に対し、制度自体を与えないことにしている。母親には連邦が定める6~8週間の一時的な労働不能休暇が認められていることから(父親は一時的な労働不能休暇を認められていない)、ほとんどの企業は、これ以外の休暇を付与していないのだ。

AAAAの調査では、エージェンシーの約6割が何らかの形で、有給の父親の育児休暇を付与している。2010年の4割から増加はしているが、その大半は育児休暇期間が約2週間だ。

これが紛らわしく、誰もが損をすることになっている。大手持株会社傘下のエージェンシーで働くある新しい父親が、匿名を条件として米DIGIDAYに語った。この男性は2015年秋に息子が生まれたとき、自身が勤めるエージェンシーは母親の一時的な労働不能休暇しか付与していなかったため、1年分の有給休暇(5週間)を消化することになったという。「社内ではそれが普通だとされていた」と、この父親は語った。

例外はある。たとえば、先述のJWTは、母親と父親を区別せず「主な育児者」に12週間の休暇を与えており、その後は最大16週間は週20時間勤務で仕事に復帰できる。JWTのシニアHRビジネスパートナーであるマイケル・スタイガー氏は「実に素晴らしいのは、ジェンダーの壁を取り払って同性愛カップルも対象にしており、養子も同じように扱うところだ」と話す。また、ヒル・アンド・ノウルトン(Hill and Knowlton)は、父親になると10週間の有給休暇が与えられる。ヒュージの場合は6週間だ。

前述の2015年秋に父親になったエージェンシー従業員によると、彼は5週間の有給休暇をすべて消化したが、このエージェンシーでは、わずか数日で仕事に復帰した父親もいるという。育児者の地位と手当てに「主要な介助者」と「補助的な介助者」の区別をつけることで、男性を対等ではないパートナーとして扱っているエージェンシーも複数ある。「父親の育児に対する重要性は低い」と、見なしているわけだ。

前述の父親は、「必要な日数を休んで復帰でき、復帰時にはもとの仕事に戻れて、人々が協力してくれるような環境は、私の職場では、どこにもそんな文化がなかった」と語った。

人材獲得競争

論争が続く一方で、2つの点で育児休暇が注目を受けている。まず、世論の風向きが父親の育児休暇制度の容認へと変わった。そして、人材獲得競争の激化と、Google、Apple、新興企業に本物の才能が集まっている事実から、それに負けないような制度を持つことが欠かせなくなったのだ。

「我々は、社内制度をほかのトップの雇用主たちのそれと競争しなければならない」とは、ヒル・アンド・ノウルトンCEO、マイク・コーツ氏の結論だ。同氏は2014年、スタッフへのメールで同社の変更方針を説明した。

挙げてきたエージェンシーの数字を、テクノロジー企業のものと比較してみれば、Googleは母親に18~22週間の有給休暇を付与している。Facebookは母親と父親の両方に16週間を付与し、現金4000ドル(約46万円)を支給する(さらに最近、卵子凍結保存の費用を援助するプログラムを導入した)。

Appleは母親に18週間だ。ネットフリックス(Netflix)は、先駆的な無制限の有給の育児休暇制度を導入。シリコンバレーと争うように人材をかき集めている金融業界も寛大だ。ゴールドマン・サックス、ドイツ銀行、モルガン・スタンレーの有給の育児休暇は16週間。クレディ・スイスは2015年11月、米国の従業員に20週間の有給の育児休暇を付与すると発表した。

もちろん、こうした企業はエージェンシーと違って資金が潤沢だ。しかし、従業員にも妥協点はあるし、それを模索すべきだと従業員たちは話している。2016年に妊娠を考えているストラテジストは、妊娠したらどんなことになるのか「ぞっとする」と話す。「社内には移行制度があるが、復帰時に同じ仕事があるかはわからない。『去る者は日々にうとし』という文化が多分にあるのだ」と彼女は語る。

業界の文化の問題

エージェンシーには特有の文化がある。ひとつは、会社で過ごす時間が長いという点だ。会社の方針には柔軟な対応が書き込まれているかもしれないが、プレッシャーを与えてくるチームで働いているとそれは難しい。『ワーキングマザー(Working Mother)』誌の編集長を務めているワーキングマザー研究所(Working Mother Research Institute)のジェニファー・オーエンズ氏は、実際には20週間の休暇を貰えるのだが、会社の文化が12週間以上の休暇を取らないように押しつけている場合があると話す。また、同誌の優良企業ベスト100を見てみると、エージェンシーとしてはオグルヴィ・アンド・メイザーしか入っていない。

カバルッツォ氏は次のように述べている。「自分が勤務時間を減らすことをチームは了承してくれないと思っていた。そんなことになれば、チームに負担のしわ寄せが行くことになる。これからチームがどうやっていくのか悩み、育児休暇を楽しむことができなかった。最悪の状況だった。私が災難を招いていたのだ」。

カバルッツォ氏がマクサスの人事責任者、クリスティン・ムーニー氏に電子メールを出すと、ムーニー氏は彼女に時短のオプションがあることを教え、ともかく試すように促した。こうして、カバルッツォ氏は6カ月の育児休暇をとり、これでうまく行かなければ、やめなければならなかっただろうと語った。しかし、この制度を活用し、わずかな調整を行うことでうまくいったという。

カバルッツォ氏は、担当する職務を変えることにしたという。また、自分が中心となるプロジェクトを減らしていったことも述べた。同氏によると、いまのところ就業時間が減ったため、仕事中の生産性は上がっているという。「母親でもやれるのだとみんなに示したいと心から強く思っている」と彼女は語った。ドイッチェのホジキン氏も同じだ。少ない時間でより多く働き、ワークフローをうまく管理できるようになった。

娘が生まれたカバルッツォ氏は、家にいる時間を増やす必要があると要求しても、聞き入れられることではないと思っていた、と話してくれた。「たしかに大騒ぎをしていたと思う。それでも、出産後に自分を奮い起こすのは簡単なことではなかった」と彼女は語った。

Shareen Pathak (原文 / 訳:ガリレオ)
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