「広告制作はエクササイズ、痛みを伴うが気分はよくなる」:ドイチュCEOのキャリアインタビュー

アメリカのエージェンシー、ドイチュ(Deutch)のCEOであるマイク・シェルダン氏が同社に勤めはじめたのは、1997年に西海岸オフィスをオープンした約20年前だ。

彼がCEOにまで上り詰めたのはただの偶然ではない。ミシガン州立大学の学内新聞の広告部で働いたあと、広告業界でのキャリアを目指してシェルダン氏はロサンゼルスに移った。成功の秘訣は、広告に関して病的なまでの執着心をもっていたことと語る。彼によると広告業界で働くには、そうした性質は非常に重要だという。

業界20年のベテランに、そのキャリアについて語ってもらった。以下、一人称で紹介する。

「ドイチュとは一緒に働きたくはない、と言ったんだ」

私はデトロイトの郊外で生まれた。父はゼネラル・モーターズの役員でビジネスマンだった。子どもながらに自分もそうなりたいと思ったのがはじまりだ。その一方で、自分はクリエイティブに向いているという理解も常にあった。そこでミシガン州立大学では広告について学んだんだ。面白いことに、学校にいた学生の99%は広告業界で働くことになんて興味がなかったようだが、コマーシャルを作り、プロデュースし、業界のクリエイティブな部分に関わることは、私にとっては何かセックスアピールのような魅力があった。

ロサンゼルスには昔から住みたかった。ロスにはいとこが何人かいて、時折バイクに乗ったり、バギーカーで砂丘を走ったり、海に行って楽しんでいる様子を写したビデオを送って来た。それを私はミシガンで凍えながら観ていたわけだ。学校を卒業するとY&R(WPPグループ系列の代理店)で仕事を得ることができた。ちょうどスズキモーターサイクルの案件を獲得したばかりで、私は小さいころからずっとバイカーだったから1週間ずっとバイクの広告に携わって、週末もバイクに乗るといった生活になったんだ。あの頃は30ドル(約4000円)のスーツを着て、年収も1万2000ドル(約150万円)程度だったけれど、心配事なんて何ひとつなかった。あのとき、ポッくり逝ってしまってても笑ってたと思うよ。

1997年、友人から電話があり、ドニー・ドイチュがロサンゼルスにオフィスを立ち上げようとしていて、人材を探していると教えてくれた。そのときはドイチュとは一緒に働きたくはない、と言ったんだ。彼はせっかちで大げさな人間だったから、私と気が合うとは思えなかった。でも友人はしつこくこの話をしてきたんだ、せっかちで大げさなのは、ただ表向きの性格にすぎないんだって言ってね。結局、ビバリーヒルズのホテルでドニーと一緒に朝食をとることになった。そして5分も経たないうちに、仕事を一緒にすることになるって確信したんだ。彼はしっかりと地に足の着いた人間で、とても賢く、人間を引きつける魅力があって、インスピレーションを放っていた。そして、賢くリスクを取ることに対して、非常に忍耐強かった。

「すべて趣味は、キャリアの助けになった」

セールスマンとしての働き方はドニー・ドイチュから学んだ。昔のパートナーで、現在はアクティビジョン(Activision:ゲーム開発企業)CEOのエリック・ハーシュバーグからは、ビジネスの取引に人間の心をどうやって注ぐのかを学ばせてもらった。シャイアット・デイ(Chiat/Day:オムニコムグループ系列の代理店)では、ちょうど人格形成に重要な年齢を過ごさせてもらい、そこでは情熱について学んだ。仕事を完遂するためには情熱をもたないといけない。周りの人間に自分と一緒に働きたいと思わせるには、心をもっていないといけない。そして、新しい案件を手に入れて、良い仕事を提供するには、セールスマンシップをもっていないとできないのだ。

私が一度何かをすると決めると、それしかしない。私は執拗にそれだけを追いかける。ほとんどの場合それは良いことなんだけど、頭がどうにかなりそうになることもある。ほかのことは何も考えないから、妻にも迷惑をかけてしまう。私は趣味に熱中してしまう性格で、バイクはずっと乗っているし、飛行機も操縦する。ボートも持っているし、ゴルフもスキューバダイビングもやる。でも、これもすべてキャリアの助けになったんだ。

タコベルの案件を勝ち取るのにはすごく長い時間がかかった。彼らにはエージェンシーを雇うつもりはないと、何度も断られたんだけれど、私はとにかく諦めなかった。断られても何度も新しいアイデアをもって訪ねて行った。ブランドブックも何冊も作ったもんだよ。最終的には、タコベルのロビーでずっと待ち続けたあとに私たちの事務所を雇ってもらうことに成功したんだ。勝つということに、私は非常に執着心がある。そうあるべきだと思っている。広告はとても競争の激しいビジネスだからだ。

「広告はエクササイズみたいなものだ」

ツラい時期もたくさんあった。クライアントから契約を切られたときや、ビジネス案件を勝ち取れなかったときはツラい。クライアントとの関係が悪かったり、自分がしている仕事の質が悪かったりするときは、向こうは自分のことを憎んでいるし、自分は相手を憎んでいる。とても胸が痛くなる経験だ。TGIフライデーズに何年も前に契約を切られたことがある。ラジオシャック(Radioshack)には提案を2度持ちかけて、2度とも断られた。どちらも全力を尽くして働いて、負けてしまった。全力を尽くしても、上手く行かないときというのはある。これはそういうときだった。

広告はエクササイズみたいなものだ。痛みを伴うこともある、でも数を重ねることで気分がよくなるんだ。この業界で上に登っていくためには、頼まれたこと以上のことをするしかない。昔なら才能があれば性格が悪くても許されたものだけれど、私は人に対して敬意をもって振る舞うことはとても大切だと固く信じている。才能を活かすために性格が悪くある必要はない。

前回やったことと同じことをしない、というのが私の哲学だ。いつも違うことをする。クリエイティブでも新しいビジネスでも、やっていることが何であれ真っ白なキャンバスを前にしたとき、どうやったら違うことができるか、自問自答したいと思っている。映画『マネーボール(Moneyball)』にはすごく良いセリフがある。「試合に勝つだけだと十分じゃない。試合ってものの根本を変えてしまわないといけないんだ」。これをモットーに私は生きている。

Tanya Dua(原文 / 訳:塚本 紺)