「50歳以上お断り?」:エージェンシーにおける年齢差別の実態

ジョン・グレイナー=フェリス氏が、ボストンのエージェンシーで働いていた2008年のある日、同僚がワゴンを押して、ビールと氷入りのプラスチックカップを運んできた。フロアすべてのワークスペースで立ち止まる、そのワゴン。しかし、彼のもとに、立ち寄ることはなかったという。

そのとき、グレイナー=フェリス氏は53歳。同僚は全員が27歳未満だった。

「さながら学生の社交クラブだった」と、グレイナー=フェリス氏は振り返る。「なぜ私だけが除外されたのか、理由をすべて考えた。候補はたくさんありそうだったが、どれも違うとわかった。明白な理由はひとつ。私が年を取っていたということだ。だから、彼らには私が見えていなかったのだろう」。

年齢による差別はあるのか?

グレイナー=フェリス氏のこの話は、ミレニアル世代に属さないエージェンシー業界の人たちにとって、驚きではないはずだ。米DIGIDAYはエージェンシー業界の幹部たちと話をして、50歳を超えたスタッフに対する差別がエージェンシーで増えていることを認識できた。

こうした年齢をもとにした業界の悪習慣は、さまざまな形で聞こえている。たとえば、会社の平均年齢が27歳と若いことを誇らしげに宣伝する幹部が在籍するエージェンシー、50歳や55歳になったときにエージェンシーを辞めさせられたと話す人々、などだ。「年齢差別は、男女を問わず広がっている」と、匿名を望んだ元エージェンシースタッフは話す。

この問題には2つの要素が絡んでくるという。第1に、年配スタッフはソーシャルメディアを理解できないという誤った憶測があること。第2に、若いほどコストがかからないという事実があることだ。

年配者がソーシャルを使えない、使わないという呪縛

デジタル化の加速により、世間一般の人々は、年輩の人が「デジタルを扱えない」、あるいは「ソーシャルになじめない」と考えがちになっていると、グレイナー=フェリス氏は指摘する。同氏は50代半ばのころ、ボストンに拠点のある会社の採用面接で、ソーシャルメディアの使い方をどこで「学んだ」のかと質問された。「まるで『脳外科手術をどこで学んだのか』と尋ねられるような感じだった」と、同氏は語る。「ソーシャルメディアを理解するのは、そんなに難しいことではない」と、同氏はその失礼な体験を思い出した。

あるエージェンシー幹部によると、最近は往々にして、クライアントに若いデジタル担当者を会わせたがる傾向があるそうだ。そうすることで、会社の能力をより「信頼」してもらえると考えている。

メディアエージェンシー「ノーブル・ピープル(Noble People)」のCEOグレッグ・マーチ氏は、若さがスタッフの利点とされることについて、ある要因をあげた。業界関係者はプラットフォームを絶賛し、若者だけが理解できるものだと力説しているのだ。しかし、その背景には、クライアントに締めつけられているエージェンシーが、マージンの少ない仕事を断れないことにある。「この実態が予算を圧迫している」と、マーチ氏は話す。

年齢以外のすべて

「若い人ほど安く上がる」と議論は明白に見える。「この業界には、若いほどよいという感覚があるが、それは十中八九、経済的効率の観点によるものだ」と、あるエージェンシースタッフは話す。(多くの経営者は、若いという理由だけで採用し、若者が安く働くことを期待している。その後、長い年月をかけて若者たちを昇進させることになる)。

実は今年、奇しくも業界内の差別に対して、人々が認識をもつようになった年でもある。ジェイ・ウォルター・トンプソン(J. Walter Thompson)の元CEOグスタボ・マルティネス氏が、長いあいだ同氏のもとで最高コミュニケーション責任者(CCO)を務めたエリン・ジョンソン氏に訴訟を起こされたことで、この業界の根深い性差別問題に大きな注目が集まった。さらに、話題は人種差別の問題にも広まった。

2016年8月には、性差別行動をとったとされたピュブリシス(Publicis)子会社のCEOケビン・ロバーツ氏に対する休職勧告が広く報道された。あるインタビューでジェンダーの議論は「終わった」と主張していたロバーツ氏は、その発言を非難され、社会における業界の現状について説明するよう求められる事態になった。

証明されにくい年齢差別

5月には、エージェンシーRAPPの元米国プレジデント、グレッグ・アンデルセン氏が、同社元CEOのアレクセイ・オルロフ氏を、不当な解雇、報復、差別があったとして訴えた。注目の大半は、オルロフ氏からスタッフへの性的なハラスメントと人種的なハラスメントの疑惑に集中したが、アンデルセン氏はオルロフ氏から「会社を40代や50代でいっぱいにしたくない」といわれたとして、年齢差別も主張した。

この訴訟では、年齢差別への言及は付加的なものだったが、ある重要なポイントが明確になった。それは、性差別の方がある程度、認定が容易だということだ。そしてエージェンシーとしては、問題の修正に取り組んでいると言いやすい。翻って人種差別は証明するのがより困難になり、年齢差別の告発となると、会社がもっともらしく否認する余地はいくらでもある。だから、証明するのがさらに難しいのだ。

とはいっても、採用過程で若さが評価されるのは周知の事実だとされている。幹部のスカウトを専門とするグレイス・ブルー(Grace Blue)の創業者、ジェイ・ヘインズ氏は以下のように語る。「この業界でもっとも過小評価されているのは、経験だ。光り輝く真新しさが選ばれて、熟練した経験が見過ごされている」と同氏。

だが問題は、若さだけでは会社を経営できないということだ。エージェンシーは数10億円規模の事業を経営でき、デジタルで15年キャリアを積んできたような人材を必要としている。それなのに、採用する段になると、50歳や55歳をふるいにかけてしまっている。

「私はいつも、こうした無意識の偏見によって、若い才能や成長株が次々に雇われるのを目にしている」とヘインズ氏。同氏が最終候補に残した経験豊富な人材は、往々にしてすぐに消されるという。そうした人材はしばしば、エージェンシー業界に残るとしても「非上場の二流企業」行きになってしまう。

業界のめまぐるしい変化も大きな要因

その一方、アドエージェンシーGSD&MのCEOダフ・スチュアート氏は、責任の一端は年配のスタッフ自身にあると指摘する。昨今の文化に見られる若さへの執着は、近々はじまった問題ではないというのだ。問題は、テクノロジーの進化が加速していること。それなのに、50代半ばになって満足してしまう人がいる。時代に追いつくことをやめるから、「淘汰」がはじまるのだ。

スチュアートCEOは「好奇心をもち、絶えず自分を駆り立てる必要がある。安住してはいけない。素晴らしい印刷広告をつくれる人は常に必要とされるが、22人もいらないだろう」と説く。経営幹部にならなかったスチュアート氏の同僚はおおかた、転職してより小さな市場に移るか、教える側に回った。

しかし、年齢を理由に差別されるべきではない。年配者が会社を去ることで人間関係の重要な要素が失われることを、業界幹部たちは惜しんでいる。経験が求められる難しい状況では、年季がものをいう。若い従業員のために年配者を切れば、エージェンシーとクライアントの関係性が失われることもあると、マーチ氏は話す。同氏によると、同僚やクライアントの担当者と息が合うまでには何年もかかるという。「会社が利幅の大きい仕事に注力を続けられれば、若さを売りにせずにすむ。年配のスタッフの雇用を長く維持できるだろう」。

カットウォーター(Cutwater)の共同創業者クリスチャン・ヒューズ氏は、それゆえエージェンシーと従業員は、新しいスキルの再研修に力を入れる必要があると話す。「当然、誰もが時流についていく必要がある」とヒューズ氏。

年齢差別は訴訟で認知されにくい

若くないというだけで日常的に解雇される人々が続出するなか、現在、法的手段はほとんど通用しない。雇用問題の法律事務所、オッティンガー・ファーム(The Ottinger Firm)のロバート・オッティンガー氏は、年齢差別は証明するのがひときわ難しいと語る。「若いほうが安い」といった抗弁は、実は完全に合法なのだ。

また、「真正な職業要件」という議論があり、雇用主はこれを用いることで、デジタルのスキルは若い人により普及していると主張して優位に立てる。さらに、過去の判例がわずかしかない。生命保険会社のFBLファイナンシャルサービシズ(FBL Financial Services)を相手取り、従業員のジャック・グロス氏が起こした訴訟では、2009年に最高裁が下した判決により、年齢差別の主張を通すのは事実上ほぼ不可能になった。オッティンガー氏は、年齢差別で裁判に勝つには「(年齢差別による)組織全体での配置転換があったと主張する必要がある。そのため通常は集団訴訟が必要になるだろう」と指摘する。

年齢差別の訴訟が非常に少ないのはこのためである。グロス対FBL訴訟は実質的に、年齢差別を理由に訴えを起こすためには、年齢が唯一の原因でなければならないとする判例となった。たとえば、ジェンダーと年齢で差別された、という訴訟は起こせない。これが、年齢によって職を失った人――当然にせよ、不当にせよ――を区別できない理由だ、とオッティンガー氏。そんな同氏の事務所は、年齢差別の裁判をほとんど扱っていない。

冒頭で紹介されたグレイナー=フェリス氏は、エージェンシーの世界をその後去ったが、考えるまでもなく訴訟は起こさなかった。「私が勤めた会社には裁判で戦う金があったが、私には金も時間もなかった」。

それでもグレイナー=フェリス氏は、自分は多くの人より幸運だと考えている。「妻はフルタイムで働いているから、私には『いいさ、別のことを試そう』と考える余裕がある。一部の知人たちは、解雇されたとき、私ほど恵まれていなかった」。

グレイナー=フェリス氏はその後、劇作家集団ボストンパブリックワークス・シアターカンパニー(Boston Public Works Theater Company)を共同で立ち上げ、やはり自ら開設した劇場アレイキャット・シアター(Alley Cat Theater)でアートディレクターとして働いている。「シアターのひとつは全国的に認知されている」と、グレイナー=フェリス氏は語る。「どうやったかって? ソーシャルメディアだよ」。

Shareen Pathak(原文 / 訳:ガリレオ)