記者・編集者のエージェンシー移籍が加熱、その理由とは?:「活気があって楽観的だから」

匿名を条件にこの記事の取材に応じてくれたある編集者は、業界誌に2年以上勤めたあと、大手エージェンシーのコンテンツストラテジストという新しい役割を引き受けることに決めた。彼はいま、とてもホッとしている。前職では、勤めていた出版社の大規模レイオフを生き抜いた数少ない編集者のひとりだったが、ことあるごとに失職を心配していた。

新しい職場は雰囲気が違う。エージェンシーのほうがずっと「活気があって楽観的」だ。前の職場は、仕方がないのだが、何ごとにもピリピリしていた。

「予算カットやレイオフの影響で荒んだものだった。一番の違いは、エージェンシーは繁栄しているということだろう。それがカルチャーに影響している」と、この編集者は言う。

最近では、どのブランドやエージェンシーも、自らがパブリッシャーになりたがっている。その一方、メディア企業は記者をよりよい待遇で満足させるのに苦労しており、ジャーナリズムに見切りをつけたのは、この人物だけではない。

今年の8月、Vogue.comのサイトディレクターだったベン・ベレントソン氏は、エージェンシーのコードアンドセオリー(Code and Theory)が新設した編集および組織開発担当シニアディレクターを引き受けた。また、アドエイジ(AdAge)の記者だったモーリーン・モリソン氏は、サンフランシスコのエージェンシーMUH-TAY-ZIK|HOF-FERに移籍している(モリソン氏の新しい仕事の詳細はまだ不明)。

ライティングの技術がしっかりしていて、業界についてそれなりに知っている多くのジャーナリストにとって、エージェンシーの世界に移っても適応は難しくない。ただ、エージェンシーとニュースルーム(編集部)とのあいだにカルチャーの違いを感じるという声はある。

大きな違いは士気だ。ニューヨークタイムズ編集センター(The New York Times Editing Center)でコピーエディターとページデザイナーを務め、現在はエージェンシーであるキャロット・クリエイティブ(Carrot Creative)でアカウントスーパーバイザーを務めるマット・ウェルチ氏は、「ニュースルームは悲観的で、エージェンシーは楽観的だ」と語っている。

記者が転職する理由

この記事のために7人のジャーナリストにインタビューしたところ、別の業界に移りたい理由はさまざまであることがわかった。ある者は、メディアのビジネス環境が厳しく経験のある記者の求人があまりなく、エージェンシーがその不足を埋めることができるからだという。またある者は、エージェンシーとの長い関係を考えれば、ごく自然な流れだとする。

エージェンシーには、あまり知られていないが、年齢差別のようなものがある。しかし、今年に入って、エージェンシーに移ったある編集者によると、メディア企業ではこの問題がさらに顕著だという。この編集者は、「記者の仕事に就くのは年齢が上がるにつれて難しくなる。経験を積んだジャーナリストを雇い続けるとお金がかかることから、パブリッシャーは若者を求めている。BuzzFeedやViceになら雇ってもらえるかもしれないが、賃金の低い仕事か契約制がほとんどだ。働き口はエージェンシーの方が多い」と述べた。

記者が逃げ出すケースばかりではない。エージェンシー側から記者を引き抜くこともある。

デジタルエージェンシーのヒュージ(Huge)は2015年、当時ビジネス月刊誌「ファスト・カンパニー(Fast Company)」のシニアエディターだったエリン・コリアー氏に、コンテンツ制作の方法を変えようと思っており、そのためのチームを作りたいと持ちかけた。そしてコリアー氏は2016年5月、エグゼクティブエディターとしてヒュージに加わった。

「ヒュージとはファスト・カンパニーのときに、記事についてたくさん話し合っていた。だから、私が移ったのは、単にこのエージェンシーと関係があったからというのもある。また、ゼロから何かを作ることへの参加に魅力を感じたというのもある」と、コリアー氏は言う。

コードアンドセオリーのベレントソン氏も同じような体験を語ってくれた。同氏の最近の転職は「酒の席で話していたことを実行に移した」だけだという。一方、アドエイジの元編集者で現在はエージェンシーの360iでCMOを務めるアビー・クラーセン氏は、新しいことにトライしたかっただけだった。

「もう15年ほどジャーナリズムの世界にいた。私が転職したのは、違うタイプの会社で働くことで、自分自身にチャレンジして成長したかったからだ」と、クラーセン氏は語る。

エージェンシーはこれまでも元記者を採用していた。しかし、パブリッシャーとして力を発揮することを目指すブランドが増えたことで、最近、この傾向が強まっている。キャンペーンに基づいて広告を配信するだけでなく、価値をもたらしてくれるさまざまなチャネルに渡ってコンテンツを制作することの重要性にクライアントが気付きはじめたのだと、MSLグループのマネージングディレクター、アミー・チェロニス氏は説明する。

「クリエイティブに考えてよい物語を語ることができ、ニュースのサイクルを理解できる人間を私は求めている。こうしたコンテンツ駆動型の世界に(ジャーナリストを投入する)チャンスに目を向けるエージェンシーが増えてきていると思う」とチェロニス氏は語った。

カルチャーの違い

エージェンシーとニュースルームはどちらも情報がベースであり、仕事の機能の点では類似点が多い。しかし、この2つの業界は、文体、会議の数、全般的な雰囲気など、カルチャーが微妙に違う。

匿名を望んだ冒頭の編集者は、「実は移るのは簡単なんじゃないかと思っていたが、実際にはまったく別物だ。ずっと署名記事を書いてきたが、現在はゴーストライターをやることが多いので、自分を出さない方法を勉強しないといけない」と語った。

一方で、エージェンシーにはニュースルームのような切迫感はない。ニュースルームでは出遅れないように可能な限り記事を早く出す必要があると、この編集者は続けた。

ヒュージのコリアー氏も、エージェンシーでの生活はニュースのサイクルに付いていく部分が少ないことには同意した。代わりに、クライアントに影響があるかもしれないテクノロジーやデザインのトレンドに対する気の利いた視点が重要になる。しかし、コリアー氏にとって最大の「カルチャーショック」は、メディア業界におけるビジネス環境の変化を心配することがなくなったことだ。

同氏は次のように述べている。「ファスト・カンパニーでの仕事は好きだった。しかし、メディア企業は、大手であっても、利益を生み出すビジネスモデルを見つけるのに躍起になっている。ジャーナリストはそれが自分のキャリアにどう影響してくるのかを心配してしまうし、残念ながら、ライターと編集者の日々の判断にも影響を与えないわけがない」。

コリアー氏はまた、ヒュージの同僚たちはファッションセンスが非常に尖っていて、スニーカーも自分のよりずっとアカ抜けていると感じている。「ファッションは全部グレードアップさせる必要があるみたいだ」と、同氏は語った。

ファスト・カンパニーとアドエイジの元編集者で、現在はニューヨークのエージェンシー、ワイデン・アンド・ケネディ(Wieden+Kennedy)でPRとパブリッシングのディレクターを兼務するテレッサ・アイエツィ氏は、一番大きいカルチャーギャップは会議の数だという。

「ジャーナリズムは、書くという部分に少し孤独なことがある。編集会議、編集者との作業、インタビューなどはある。しかし、最終的には、自分の担当はほとんどひとりでやることになる。広告はもっと共同作業が多い」と、アイエツィ氏は語った。

これから

この記事でインタビューした記者は全員が、ニュースルームで働くのはとても楽しかったと語った。しかし過半数は、マーケティングや、ブランド化や戦略に関するあらゆることについて、より深く理解できるエージェンシーの世界を気に入っているようだ。

ジャーナリズムから脱出した冒頭の匿名の編集者は、メディアに戻る可能性はあるのかという質問に、慎重にこう答えた。「ひょっとしたら。でも、大いに注文をつけさせてもらうことになるだろうね」。

Yuyu Chen(原文 / 訳:ガリレオ)
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