デジタルマネーは日本で普及するか?:国家は通貨を手放せない

インターネット以前に作られた金融機関のシステムが、大きな転換点を迎えている。

ビットコインのようなデジタルマネーには非中央集権がコアの思想として組み込まれており、国家や金融機関がデジタルマネーを活用することは、自らの中央集権的な事業を解体しかねないという矛盾がある。内外の金融機関は自らの事業形態にあったクローズドなブロックチェーンの活用に大きく投資している。ブロックチェーン関連の投資は2015年で、10億ドル(約1060億円)、2016年も10億ドル程度と予測されている。6月のイーサリアムの分散型投資ファンド「TheDAO」で起きたクラッキングのように技術的な脆弱性が露わになっているが、「勢い」は強いままだ。

デジタルマネーが流通すれば人、モノ、カネの動きがよりグローバルになる。資本移動の障壁がなくなったり、国際的なビジネスの障壁が減ったりするだろう。決済、送金、納税などの行政上の処理などすべてが簡易化する可能性があり、公・民によるサービス提供コストも安くなるはずだ。人々が現金により得ている、お金の物質的な感覚も無くなるかもしれない。少額決済もできるし、クラウドファンディングや人々から融資を受けることも簡単になるかもしれないのだ。

生活者行動の大きな変化になりうる。

人が自分らしく、個人としてお金の使い先を決められるようになるかもしれない。会社に入り「会社員」になり「会社員らしく」同僚の異性と結婚し「会社員が所有すべき」乗用車、住宅を購入するというライフサイクル自体も変わるひとつの契機になるだろうか。

しかし、そのためにはデジタルマネーを支える技術の進歩(別記事で触れる)もそうだが、既存の国家、金融機関とデジタルマネーがどう折り合いをつけていくのかという点が重要だ。東京都渋谷区で7月5〜6日に開かれたTHE NEW CONTEXT CONFERENCE 2016 TOKYOでは、日本銀行金融機構局金融高度化センター長の岩下直行氏は「国内銀行のビフォアインターネット時代に整備されたシステムを開放していくべき」と指摘している。マネックス証券代表取締役会長CEOの松本大氏は「通貨は国家最大のビジネスのため、国家は絶対に手放さない。通貨の機能をアンバンドル(解体)することはありうる」と語っている。

ビフォアインターネット

日本銀行金融機構局金融高度化センター長、岩下直行氏は日本の金融機関の基幹系システム(勘定系システム)の課題とデジタルキャッシュの活用についてこうまとめた。

  • フィンテック企業への投資は大幅に拡大しているが、日本の金融機関はまだ準備が十分ではない。なぜなら金融機関のシステムはビフォアインターネット時代に構築され、「インターネット以降」の外部のオープンな仕組みとかけ離れた造りをしている
  • 各金融機関で分断された閉域のネットワークが構築されている。銀行システム全体でみると、日銀ネットと言われる仕組みを頂点としたピラミッド型の構造だが、インターネット黎明期のセキュリティの脆弱性から、ネット利用は避けてきたが、いまや遅れをとった
  • 外部連携先を金融機関に限定することによって、セキュリティ侵害のリスクを低下させ、万一問題が発生した場合の責任分担を明確にしている。しかし、裏を返すと一般利用者との接続による新しいサービスの提供には不向きだ
  • 銀行はこれらの構築に関してITベンダーに外注していた。新しい技術を入れていこうとするときに自分でできない
  • オープンAPIなど共通化の仕組みが必要。プライベート、コンソーシアムという閉じたブロックチェーンの活用が進んでいることを支持するが、今の流れはパブリックブロックチェーン(ビットコインなどで活用される技術)がもつ可能性を見失う必要がある

ネットワークの閉鎖性を含めた、さまざまな分野における既存金融機関の閉鎖性が、テクノロジー企業・スタートアップが金融業界に参入できる大きな余地になっている(関連記事)。金融機関は閉鎖性を保全すればテック企業の侵入を許すが、開放すれば規制面の優位性で収益化できたサービスが無料に近くなっていく――このトレードオフは苦しいが、テクノロジーの進歩を追いかける以外の選択肢はないと思われる。

暗号通貨による「大損」を許容できるか

中央銀行、金融機関がブロックチェーンに関する議論をするときに重要なのは、ブロックチェーンには非中央集権の設計思想が織り込まれていることだ。仮にビットコインがサトシ・ナカモトのホワイトペーパー通りスケールすれば、中央集権のなかで機能している中央銀行、既存金融機関の存在意義は消えてしまう。このため銀行には「ブロックチェーンで既存のシステム・ビジネスを強化していく方向」が明確だ(関連資料)

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日本銀行金融機構局金融高度化センター長、岩下直行氏

日本の金融機関も管理者を配置できるプライベートブロックチェーンの活用に投資を始めている。テックビューロによると、住信SBIネット銀行はプライベートブロックチェーン構築プラットフォーム「mijin」の実証実験を行った。住信SBIネット銀行が、銀行システムである勘定系システムにおいて、ブロックチェーン技術による置換を想定した試験を行い、実際の業務に適用可能であることを実証した、という。

中央銀行発行のデジタルマネーは商業銀行を必ずしも必要としない

MITメディアラボ所長の伊藤譲一氏は米国の銀行にはテクノロジーをわかっているバンカーがいるが、外注に依存し、ツールを使っている人と作っている人が離れてしまうと、ツールの発展が遅くなると指摘した。中央銀行がデジタルキャッシュを発行し、その設計を上手くやれば、その人のおサイフのなかで、金利に応じて通貨が増減する仕組みが作れるとする論文に触れた。つまり、中央銀行は先進国では卸売の立場だが、エレガントに設計されたデジタルキャッシュの活用により、小売の商業銀行を介さずして通貨を管理できる可能性がある。

岩下氏は「いまから白地に画を書いて金融システムを描くとすると、お金を集めて融資する機能をいちから設計するとは思わない。100%リザーブというのは決済と資金仲介を分離しようという試みだ。決済機能は経済を回していく重要な機能のため、中央銀行か100%の国債をもっている民間の銀行でもいいのだが、そこに任せる。資金仲介に介しては、P2Pレンディング(仲介者を挟まない個人間協調融資)でもいい。分離させるのは設計の仕方としてはありだ。先進国に関しては、そうじゃない仕組みとして商業銀行が発達したため、そういう設計をすることが難しいだろう」と回答した。

伊藤氏は国際通貨基金(IMF)が、課税をほぼしない産油国ドバイに対し、VAT(付加価値税=日本の消費税)の導入を求めている例を挙げ、もともと徴税がない徴税の仕組みをつくるよりも、デジタルマネーに切り替えて自動的に徴税する仕組みを構築した方が効率がいいと主張した。

伊藤氏は自身のブログで金融システム(主にウォールストリート)が市場の歪みを利用して設けており、適切なシステムを暗に必要としていないことを批判している。

現代の複雑な金融システムは、投資家や当の企業が、まちがった想定をやったのを推測する方法を考案した企業だらけだ。こうした企業は、不正確な値づけをされた企業の逆張りをしたり、情報ギャップを利用して、それを自分たちの金銭的な儲けに変える。こうしたまちがいがシステムの至るところで繰り返されると、それは変動の増幅を引き起こし、市場が上がるときだけでなく下がる時にも、そうした変動をうまく予想できれば企業が儲けられるようになる。実際、このシステムがすべて崩壊しなければ、賢いトレーダーたちは安定性よりは変動で大儲けするわけだ。

既存の方法では「価値」を上手く測れないとも指摘している。

金融的な「価値」はとても限られた意味を持つ。家は、人がそこに住めるし、役に立つので、明らかに「価値」を持つ。でも、だれもその家を買いたがらず、市場に出ている似たような家をだれも買っていないなら、それに値段をつけられない。流動性がなうその「公正な市場価値」を決めるのは不可能だ。一部の契約や金融商品は譲渡禁止で、「公正な市場価値」など持たず、今すぐお金 (またはリンゴ)が必要になったときにはまったく無価値かもしれない。混乱の一部は、法的・数学的な考え方を日常言語で説明するのがむずかしいせいもあるし、また文脈とタイミングの果たす役割もある。

通貨は国家が刷る「借金の証書」

マネックスグループ取締役会長の松本大氏は「スウェーデンはキャッシュレス化しているけど、スウェーデンは日本の1県のような規模だ」と話している。スウェーデンでは現金決済の比率が一桁台になっており、主要銀行が現金決済の禁止を要求するほどだ。日本は世界でもまれに見る現金国家であり、決済の8割は依然としてキャッシュでされている。

松本氏は国家が通貨を手放すことはないとの立場だ。「通貨は国にとって巨大なビジネスだ。数百兆円、数千兆円の紙幣が刷られている。通貨は中央銀行からみると、デット、借金の証書として使われている」

「(そういった証書が)一度武器の売買などのブラックマーケットのような場所に入ると、二度と戻らない。そうするとデットが消えてエクイティになる。デッドエクイティスワップ(債務の株式化)のようなもの。通貨はすごいビジネス。国がそういうものを失おうとするだろうか」。債権(通貨)が焦げ付いて回収できないときには債権を放棄する以外に、債権を会社の株式と取りかえて、企業再建にかけるのが、デッドエクイティスワップ。松本氏の発言は、「国は借金の証書を誰に命令されることもなく刷ることができる(民間セクター全員に金を貸せられる)から、いくらでも儲けられる。ブラックマーケットに入っても資産に化ける。絶対に手放せないビジネス」という意味合いがあるだろう。

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MITメディアラボ所長の伊藤穰一氏

松本氏は「イギリスのEUからの離脱などの経緯からも分かる通り、通貨のコントロールは主権国家にとって極めて大事。法定通貨がデジタルキャッシュになるとき、ユニバーサルなもののほうが便利だとなるが、うちは通貨のコントロールを持っておきたいという国が出てくる。中央銀行がデジタルキャッシュを扱うことは、大きな国ではありえない」と語っている。

セッションでは、韓国は1997〜98年のアジア通貨危機以降、クレカ決済を奨励し、クレカ決済記録を税務当局に引き渡すことで徴税率を飛躍的に高めたことにも触れられた。人々にはクレカ決済の税率を下げるなどのインセンティブを与えることで、クレカが韓国の決済方法の中心になっており、これらは日本の現金主義をよりなめらかな方向に向かわせることの参考になりそうだ。

通貨機能はばらすことができる?

伊藤氏は通貨の機能として「価値の貯蔵」「決済」「価値を測る」の3点があるとした。石油会社のやり取りは石油建ての社債でした方が安定する可能性がり、決済機能としても通貨は完全ではなく、GDPに主婦の労働が含まれておらず企業の価値を測定する際も果たして通貨は本当に良い物差しなのかと疑問を呈した。必ずしも通貨は万能ではないかもしれない。これに対し、松本氏は通貨機能のアンバンドルはありうる、と語っている。

日銀は量的緩和を続けている。一時期は日米欧の3カ国でヘリコプターマネー政策をしていたし、日欧はまだやっている。マイナス金利環境では、日本の商業銀行は長らく重視してきた国債以外の新しい収益源を見つける必要がある。

WSJによると、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)は仮想通貨の管理・決済サービスを提供するコインベースへ出資し、ビットコイン業界に参入することを決めた。コインベースは7月8日、アジア事業の拡大に向け三菱東京UFJ銀行と三菱UFJキャピタルを含む投資家から約1050万ドル(11億円)を調達するという。

MUFJはこれまでも独自の仮想通貨「MUFG」を発行していたが、ビットコインへの参入は、商業銀行もよりオープンな仕組みに足を踏み入れようとする兆候とも受け取れる。

Written by 吉田拓史
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