書かせるな危険! ジャーナリストのネイティブアドは毒物だ:失業中コピーライター(54歳)の告白

このコラムの著者、マーク・ダフィ氏(54)は、広告業界を辛口批評する人気ブログ「コピーランター(コピーをわめき散らす人)」の運営人で、現在、失業中のコピーライター。米大手Webメディア「Gawker」でも週刊コラムを担当し、直近では、世界一のバイラルメディア「BuzzFeed」で「広告批評」記事を担当していたが、2013年に解雇を通達された。

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ハンター・S・トンプソン(70年代のニュー・ジャーナリズムの旗手)のようなジャーナリストになら、ブランドの「ネイティブ」アドを書いてもらいたいかもしれない(編集部注:突撃取材のようなものになるだろう)。いや、ぜひともやってもらいたい。しかし、トンプソンは、ネイティブアドを書くほど落ちぶれた真似はしないだろう(それに、ハンター・S・トンプソンはもうこの世に存在していない。2005年の彼の自殺は、スミス&ウェッソン製品の効果を訴求する衝撃的な広告にして、途方もないアンビエント広告であった)。

コロンビア大卒のお坊っちゃまたちでは、ハンター・S・トンプソンの再来になれるはずもない。アリアナ・ハフィントン(「ハフィントンポスト」創業者)にすらなれない。速報ツイートを見逃したら困る! 「誰よりも先に」重大ニュースを「リツイート」「リブログ」せねば! と、トイレに行く以外はデュアルモニタを据えたデスクから離れようともしない彼らは、無駄に学歴が高いだけの小物である。

なぜ、私ごとき公立大卒のアドハックが、畏れ多くも名門アイビーリーグ出身者によるデジタル「ジャーナリズム」の世界にいちゃもんをつけるのか。それは、学生時代ホッケーに明け暮れていたにしろ、私の卒業証書にはちゃんと「ジャーナリズム専攻」と書いてあるからだ。まだインターネットが普及していなかった1980年代のはじめ、広告業界に転んでアドスクールに入り直すまでの6年間、私はポータブルタイプライターをかついだ新聞記者だったのである。当時の時給は5ドル+交通費(1マイルあたり25セント)であった。しかし、少なくとも私は毎日記事にするニュースを追いかけて自分の足で歩いていた。そのニュースが、郡の地主の会合とか、恒例の収穫祭の記事だったにしろ。

コピーライターの文章は「商品が売れる」

ときは流れ、いまどきの高学歴で薄給のジャーナリストたちは、コピーライターよりも上手にものが書けると勘違いしている。一流大学卒は、何においても人より優れていると思っている彼らが、そう思ってしまうのも無理はない。こういうタイプを山ほど身近で見てきたので、二流大出の自分にも一流大出の思考形式がわかるようになった。

「ハフィントンポスト」や「Mashable」「Gawker」といったメジャーなサイトが、ジャーナリストに金を出してネイティブアドやPR記事を書かせるようになった理由は2つある。1つは、ジャーナリストに書かせれば、金をもらって記事を書いている事実があざとく見えないと思っている。もう1つの理由は、コピーライターは、長文の記事をジャーナリストのようにうまく書くことができないと思っているからだ。

いずれの理由も愚の骨頂である。

ジャーナリスティックな広告は、記事なのか広告なのか見分けがつかないだけに、あざといどころか、姑息で汚いやり方である。ジャーナリストは、一般的に、コピーライターよりもジャーナリズム調の文体に長けているかもしれないが、腕のいいコピーライターは優れた長文のコピーを書くことができる。ただし、コピーライターとして訓練された文体は、読んで面白いだけでなく、商品が売れる文章だ。商品が売れなければ(あるいはブランドの知名度が上がらなければ)、ネイティブアドに何の価値があるというのだ? まったく無意味である。

ジャーナリスティックなネイティブアドは消費者に「安心感を与える」という怪しげな調査結果を披露し、無意味なクリック数の統計を並べ立てるパブリッシャー諸君。ジャーナリスティックなネイティブアドがいかに「読み手に敬意を払っている」とか、気が済むまで偉そうな講釈を垂れるがよろしい。効果がないものはないし、いずれしっぺ返しを食うに決まっている。

ところで。マーコム(マーケティング・コミュニケーション)だのマーテク(マーケティング・テクノロジー)だのを名乗る人々に、バズワードに満ちた情緒のかけらもない「ブランドコンテンツ」を書かせるのは、ジャーナリストに任せるよりもさらに悪い。比較にならないほど悪い。

ニール・フレンチに学ぶ長文コピー

長文の広告文は、正しい文法など無用な会話調で語られる。ジャーナリストはこういった文章を書く訓練を受けていない。以下、優れた長文広告コピーの例を挙げるが、これは物議を醸しまくっているイギリスの広告マン、ニール・フレンチがマレーシアの航空会社エアアジアのために書いたものである。これは、もしかしたら(フレンチの得意技だという噂の)架空の広告かもしれないが、実際に使われた広告かどうかは、この際どうでもよろしい。

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ファーストクラスの旅もいいけど、結局のところ公共交通機関ってことには変わらない。ファーストクラスだろうと、脂がコテコテに固まったステーキをプラスチックのナイフとフォークで食べることには変わりないし、隣に口の臭い態度の大きなデブ外人が座る可能性だって高い。それでも、飛行機の一番前に座って酸っぱい炭酸入りワインを飲む、それだけのことにエコノミーの10倍ものお金を払う人がいる…そんな田舎成金レベルの小金持ちを羨ましいと思う前に、ファーストクラスに乗る成金も羨む金持ち、つまり神様よりも金持ちの超富裕層、大富豪レベルの大金持ちについて、ちょっと考えてもらいたい。大富豪は、ファーストクラスになんか乗らない。プライベートジェットを持っているから。その大富豪の悩みについて考えてもみたまえ。ジェットにかかる巨万の維持費はともかく、個人で航空機を保有する上で発生する途方もない責任と果てしない心労。数億円もしたのに、しょっちゅう不具合が発生する自家用ジェット。故障したジェットを開腹したお抱え修理工が、「これが不具合の原因だけど」と差し出した部品のお値段はグアムの国内総生産(GDP)に匹敵する額。あ、それにメーカーではもうこのその部品を作っていないらしい。キャビアを腐らせてしまったという悩み。83年もののルイ・ロデレール・クリスタルが底をついたので、より質の低い84年で我慢しなきゃいけないという深刻な悩み。ああ、なんという悲劇。さて、彼らが羨むのは誰だと思う? そう、普通の庶民だよ。君や僕と同じ、フツーの庶民。エアアジアのフライトに乗って、1時間やそこらで目的地につき、飛行機をおりたら2度とその飛行機の心配なんかしなくていい。そしてフライト料金は大富豪が1回のランチに払う額よりも少ないときてる。金持ちは普通の人とは違う、確かに。普通の人よりお金を持ってはいても、幸せとは限らない。(編集部注:赤字はニール・フレンチによるデザインに従った)

この文章は読んで面白いうえに、ターゲット層へのエアアジアの売り込みに成功している。

これは、優れた広告コピーライターがブランドのネイティブコンテントとしてどんなものを書けるか、という一例である。フレンチは、史上もっとも優れた長文コピーライターとは言い難いが、言いたいことはわかっていただけると思う。ジャーナリストは、ブランドコンテンツをこんな風には書かない。ジャーナリストが書く広告は、間違いなくブランドにとって毒になるだけである。

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Mark Duffy(原文 / 訳:片岡直子)
photo by Thinkstock / Getty Images