広告代理店におけるプレゼン前夜の修羅場:失業中コピーライター(54歳)の告白

このコラムの著者、マーク・ダフィ(54)は、広告業界辛口ブログ「コピーランター(コピーをわめき散らす人)」の運営人。米大手Webメディア「BuzzFeed」で広告批評コラムを担当していたが、2013年に解雇を通達された、失業中の業界通コピーライター。

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クライアントへのプレゼン前日。その日の朝、2組のクリエイティブチームは、上司のクリエイティブディレクター(以下CD)に、それぞれのキャンペーン企画案を提出した。CDはその案をいたく気に入り、承認した……はずだ。このまま企画にケチをつけないでくれ! と、チーム一同は祈る気持ちでいたが、望みは薄れつつある。

「すごくいい。気に入った。これで完了だ」と、CDは言ったのである。言ったときは、本気だったはずだ。

同日の午後6時に時計を進める。1万ドルの高級オフィスデスクに企画案を広げ、何度も何度もじーーーっと見入っているCD。1日中、もう7時間も、同じことをしている。今朝の「気に入った」を撤回する気マンマンなのがわかる。

中華のテイクアウトと抗不安薬

こんな時間になってから、CDはクリエイティブチームの4人を集め、企画案が指示書の意図をイマイチ外しているとのたまう(気に入ったと言ったのはどこの誰だ)。原稿には、ヘッドラインですらない「ディレクション」ラインのようなものが書き込まれ、何のまとまりもないアイデアと、意味不明なラフレイアウトの走り書きが付け足されている。無言でその走り書きを受け取り、自分の席に戻る。茫然自失状態でコンピュータのスクリーンと向き合う俺。

またこれかよ……もう何度こんな目にあったか思い出せないくらい、お馴染みになってしまったシチュエーションだ。吐き気が襲い、パニック発作の予感のなか、怒りと絶望と恐怖が入り混じった感情が渦巻く。長い1日がやっと終わるどころか、あと12時間以内に、まったく新しいキャンペーンを考え、動画、印刷版、デジタルコンポーネントも一式すべて作り直さなければならない。頭の中が臨界に達し、もはやまともにものを考えることができない。

火曜日の午後7時45分。メシの時間だ。一応鶏肉が入ってはいるらしい中華のテイクアウトがオフィスに届く。

コーラの缶を開け、クロノピン(抗不安薬)とアデラル(興奮薬)を流し込む。クロノピンを開発してくれたロシュ製薬は救世主だ。ちなみに、このふたつを混ぜて飲むと、こんな脳内効果がある。

メシを終えると、CDは自分のオフィスに引っ込み、ソファに横になる。ソファの上には、聞いたこともないアーティストの抽象画が飾られている。CDのオフィスは、防音のガラス張りなので、全部丸見えだ。開放状態のズボンの前に手をつっこんだまま、安らかにおやすみになっている。

深夜になっても空っぽのアイデア

午後8時45分。接待でイタリアンのタダ飯をたらふくつめこんだ営業部長が顔を出した。やり手の営業マンに特有なあの傲岸な笑みを浮かべ、徹夜組の腕に栄養剤を注射するジェスチャーをし、「君たち、明日のプレゼンはバッチリだな! じゃ明日! 」と言うと、そのままエレベータホールに消えていった。

バッチリなものか。若手の第2チームがバッチリ決めてくれればいいのに、バッチリどころか、「コールオブデューティ(戦争ゲーム)」で遊んでいやがる。俺らどうせ若手だから〜ここは先輩たちの腕の見せ所ですよね〜と思っているのだ。くそー、ガキめら。

午前1時、CDが目を覚まし、「コンビニへGO!」と吠える。男部屋の臭気から逃れて外の空気を吸うべく、アートディレクターの女性がパシリを買って出る。義務付けられているドリトス2袋、チョコレートバーを数個、ハニーナッツ味のチェリオ1箱、激甘の缶入りスターバックスダブルエスプレッソがオフィスに持ち帰られる。

1時間後。割れるような頭痛、胸焼け、激烈なすかしっ屁の波状攻撃に襲われる。しかし、アイデアはひとつとして降りてこない。いや、ヘタレなアイデアがひとつだけあることはある。世界中のやる気のないクリエイティブ労働者が、誰でも一度は思いついたことがあるマトリョシカのネタだ。

CDは最高のセールスマン

午前3時半。アートディレクターとともに、CDの走り書きに何らかの意味を見出すという芸当を試みるうち、もしかすると、面白くないこともないかもしれない動画コンセプトをなんとかひねり出す。

当然のように、今度はCDのお気に召す。その後3時間をコンセプトの肉付けに費やすと、朝日が差す時刻となった。おはよう、今日も素敵な1日になりそうだね。カンプの校正をすべて終え、フラフラした足取りでオフィスを出ると地下鉄に乗り、数時間の睡眠をとりに自宅に帰る。後でオフィスに戻ってからプレゼン前の最終仕上げだ。

いったい、何度こんな徹夜をしただろう? 50回? 100回? 狂気じみた高揚感はもうやってこない。ただひたすらに疲弊するだけだ。いまや一度徹夜をすると、回復に数日かかってしまう。徹夜明けにはいつも、しまい込んでいたドラムを引っ張り出して、またへたくそなパンクのカバーバンドでもやろうかな、と思う自分がいる。

そしてプレゼン本番。もちろん、クライアントは、CDに気に入られたハンパでぬるい企画を買うのである。俺らの上司は、クリエイティブディレクターよりは、セールスマンに向いているわけだ。

筆者註:この記事は、実在の人物を描いたものではなく(へたくそなパンクのカバーバンドについての記述を除く)、25年にわたる業界経験と、友人および同僚の武勇談に基づいたフィクションである。ただし、ここに描かれたシチュエーションおよび心情は正確なものである。

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Mark Duffy(原文 / 訳:片岡直子)
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